日本地球惑星科学連合2021年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-SS 地震学

[S-SS11] 強震動・地震災害

2021年6月6日(日) 17:15 〜 18:30 Ch.10

コンビーナ:染井 一寛(一般財団法人地域地盤環境研究所)、松元 康広(株式会社構造計画研究所)

17:15 〜 18:30

[SSS11-P02] 「南海トラフ地震臨時情報」発表時の情報伝達における課題の抽出
―科学の「不確実性」を社会にどう伝えるか―

*入江 さやか1、大谷 竜2、兵藤 守3、林 能成4、橋本 学5、堀 高峰6、川端 信正7、隈本 邦彦8、岩田 孝仁9、横田 崇10、谷原 和憲11、福島 洋12 (1.NHK放送文化研究所、2.産業技術総合研究所、3.気象庁大阪管区気象台、4.関西大学、5.京都大学防災研究所、6.海洋研究開発機構、7.環境防災総合政策研究機構、8.江戸川大学、9.静岡大学防災総合センター、10.愛知工業大学地域防災研究センター、11.日本テレビ放送網、12.東北大学災害科学国際研究所)

キーワード:南海トラフ地震、南海トラフ地震臨時情報、不確実性、災害情報

■研究の目的
 国は2017年に「南海トラフ地震に関連する情報」を導入した。駿河湾から九州の日向灘にかけての南海トラフ地震の想定震源域で、通常とは異なる地震活動や地殻変動が観測された場合には「南海トラフ地震臨時情報(以下、臨時情報)」を発表し、巨大地震への「警戒」や「注意」を呼びかける。この情報は、事前の適切な避難行動や地震への備えの再確認などにより、人的被害の軽減を図ることを目的としている。しかし、現在の地震学の知見では、地震の発生日時や規模を正確に予測できない「不確実性」が前提となっている。その「不確実性」ゆえ、この情報が、いわゆる「空振り」や情報の錯綜などで社会に負の影響を与えることも懸念される。そこで本研究は、地震学、防災行政、防災情報などに携わる学際的なメンバーにより、情報伝達上の課題や社会への影響を洗い出そうとするものである1)

■研究の手法
 本研究ではシナリオ手法を用いた。以下の4段階の「ストーリー」構成で、地震学者やメディア、行政がそれぞれの局面でどのような判断・対応をするか、可能な限り具体的に検討することによって、オペレーション上の課題を洗い出していくものである。

①異常現象ストーリー:南海トラフ地震発生の数値シミュレーションによって想定される地震発生パターンの結果を用いて、現実的にありうる地殻変動を模した「疑似観測データ」を時系列に沿って作成、提示する。
②評価・発表ストーリー:提示された疑似観測データを受けて、研究チーム内の別の地震学者が南海トラフ地震情報発表の実際のオペレーションに準じてデータを評価・判定し、臨時情報を発表する。
③メディア報道ストーリー:臨時情報の発表を受けて、研究チーム内の防災情報に携わるメンバーなどが、テレビなどのメディアが臨時情報をどのように報道するのか検討する。
④行政対応ストーリー:防災行政に携わるメンバーなどが、臨時情報発表への自治体の対応や住民の反応などを検討する。

上記の4段階のストーリーに沿ったワークショップを複数回実施した。

■見出された課題
 ワークショップを通じて、以下のような課題が抽出された。また、新型コロナウイルス感染拡大をめぐる社会状況や報道などとの比較も行った。

・臨時情報は、他の予報・警報のように頻繁に発表されるものではなく、まだ一度も発表されていない。そのため、メディアや自治体、住民は、この情報の「不確実性」や「相場観」を十分に理解できているとはいえない。例えば、地殻変動が観測されて「調査中」になった段階でも、テレビやラジオは通常番組を中断して緊急報道を始めるのか、どれほどの切迫性をもって報道するのかなど、事前に想定・検討しておくべき点は多い。
・通常とは異なる地殻変動などで「巨大地震注意」の臨時情報が発表された場合、政府は避難行動までは求めず「日頃からの地震への備えの再確認」などの防災対応を呼びかける。しかし、一部の地域で自主避難の動きなどが報道されれば、それ自体が社会の反応を誘発し、自治体が対応を余儀なくされる可能性も想定される。NHK放送文化研究所の調査によると、2020年に新型コロナウイルス感染拡大にともなって発生したトイレットペーパー買いだめの動きを急加速させたのは、品切れの様子を伝えたテレビの放送だったことが明らかになっている2)
・臨時情報が発表された後、地殻変動の異常を示す観測点の増加や、データの急激な変化などの現象が起きても、地震学的には「地震発生の可能性が“一層”高まった」とは断言できない。一方で、このような「見た目」の変化に対して、メディアや住民は地震発生が迫っているのではないかという不安を抱き、情報ニーズが高まるであろう。例えば、新型コロナウイルス感染拡大の初期段階において、当該ウイルスに関する知見が十分でなかったこともあり、さまざまな「専門家」がテレビや新聞、ネットに登場し、情報が錯綜した。この教訓は、南海トラフ地震臨時情報にもあてはまる。その「不確実性」ゆえに、専門家による多様なデータの解釈や情報発信がなされ、情報が錯綜する可能性がある。政府や自治体、メディア、専門家は、臨時情報発表時の社会の情報ニーズへの対応を事前に検討しておく必要がある。

■今後の研究の展開
 南海トラフ地震については、発生のパターンの「多様性」にも着目する必要がある。本研究チームでは、今後、さまざまな発生パターンを想定し、臨時情報の発表に至るプロセス、報道のあり方、社会への影響などを検討し、新たな課題の抽出に取り組んでいく。


参考文献
1)大谷ほか(印刷中):南海トラフ地震情報を使った防災対応上の潜在的課題群の抽出法の開発―ゆっくりすべりケースに対するテレビ報道を例に―, 日本地震工学会論文集.
2)福長秀彦(2020):新型コロナウイルス感染拡大と流言・買いだめ~報道のあり方を考える~、放送研究と調査,2020年7月号.