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[SVC29-04] 箱根火山における2015年噴火後に発生した異常の特徴と熱水系
キーワード:箱根火山、熱水系、異常、水蒸気噴火、間隙圧、キャップロック
箱根火山では21世紀に入ってから地震活動や箱根を横断する基線長の増加、深部低周波地震の頻発などによって検知される異常(volcanic unrest)が数年に1度の割合で発生している。このような異常がもっとも進展したものが、観測史上初めての噴火となった、2015年のごく小規模な水蒸気噴火であると考えられるが、この噴火後にも異常は2017年と2019年に観測されている。本発表では、噴火前後の異常を比較し、相違点とそれらが生じる理由、および火口域直下の熱水系の様態について考察する。
箱根火山の異常は、地下6~10 km付近を力源とすると考えられる山体の膨脹(以下、深部膨脹)と地下20km付近で発生する深部低周波地震の頻発に始まり、およそ地下6 km以浅で発生する火山構造性地震の頻発が続く。あわせて、噴気中の火山ガスのうちCO2やHeなどマグマ性と考えられる成分が、熱水起源と考えられるH2Sなどとの比率で増加するが、その増減は火山構造性地震の消長と類似する。また、大涌谷にある深さ数百メートルの蒸気井の一部で地下の圧力上昇に起因すると考えられる、蒸気量の異常な増加(暴噴)が見られる場合がある。こうしたことから、箱根火山の噴火警戒レベル2の基準は、地殻変動、地震活動および噴気の異常が規定以上に達した場合とされている。こうした一連の変化は、深部膨脹源へのマグマまたはマグマ性流体の供給と、それに励起された熱水系の増圧と解釈できる(1)。
2015年噴火後に発生した、2017年及び2019年の異常は、深部膨脹と火山構造性地震の頻発、マグマ性・熱水性火山ガス比の変化、深部低周波地震の発生という共通の特徴を持つ。しかし、2015年以前の異常に比べて、大涌谷直下の特に浅部の地震数が極端に少なく、マグマ性・熱水性火山ガス比の変化が以前に比べて大きくないという際立った変化がある。本講演ではこれらの観測が、熱水系を遮蔽してきた地表近くのキャップロックと、脆性・塑性境界付近のシーリングが噴火によって破壊されたためであるとの説明を試みる。
箱根火山の地震は、熱水系内で発生していることが、比抵抗探査の結果から明らかになっているが(4)、異常時の地震活動は熱水の貫入のほか(5)、熱水系の増圧に励起されていると考えられる(1)。大涌谷直下で噴火後の異常で地震活動の低下が認められたのは、噴火によりキャップロックが破壊され、熱水系内の増圧が進行しなくなっている為かも知れない(2)。このことが正しいとすると、キャップロックの再生(噴気の減衰によって示唆されると考えられる)するまで、異常が発生しても大涌谷付近では2015年に見られた地震活動の顕著な増加や局所的な隆起(6, 7)を伴わない可能性がある。
大涌谷の熱構造は、鉱物組み合わせや地震の下限から推定出来るが、間隙水の等エンタルピーを仮定すると、間隙圧はキャップロック直下から静蒸気圧であることが示唆される。熱水卓越系では、深度方向の圧力勾配が大きく、ひとたび地表付近の土砂が取り除かれると、沸点近かった熱水の沸騰と爆発、土砂の放出が発生してそれが深部に進展する(8)。2015年噴火で爆発源が深さ100m付近に留まり(1)、ごく小規模なものに終わったのはこうした蒸気のような圧力プロファイルに起因するのかも知れない。また、箱根火山は熱水活動が活発に見えるにもかかわらず、火山性微動や低周波地震がほとんど観測されていない。こうした特徴も蒸気卓越系の熱水系であることに起因しているかも知れない。
キャップロックの再生が未完で、蒸気卓越型の熱水系であれば、大涌谷付近の水蒸気噴火のリスクは当面低いか、噴火があっても2015年の規模を大きく上回るとは考えにくいかも知れない。一方、深部膨脹は噴火後も解消されておらず、深部膨脹の解消が大規模な水蒸気噴火であった御嶽山の教訓を踏まえると、同様の噴火への警戒が必要かもしれない。
1. Mannen et al. Earth, Planets Sp. 70, 68 (2018).
2. 安部・ほか 温地研報告 50, 1–18 (2018).
3. Mannen et al. Earth, Planets Sp. in review
4. Yoshimura et al. Earth, Planets Sp. 70, 66 (2018).
5. Yukutake, Y. et al. J. Geophys. Res. Solid Earth 116, 1–13 (2011).
6. Doke et al. Earth, Planets Sp. 70, (2018).
7. Kobayashiet al. Earth Planet. Sci. Lett. 491, 244–254 (2018).
8. Browne and Lowless Earth-Sci. Rev. 52, 229-331 (2001)
箱根火山の異常は、地下6~10 km付近を力源とすると考えられる山体の膨脹(以下、深部膨脹)と地下20km付近で発生する深部低周波地震の頻発に始まり、およそ地下6 km以浅で発生する火山構造性地震の頻発が続く。あわせて、噴気中の火山ガスのうちCO2やHeなどマグマ性と考えられる成分が、熱水起源と考えられるH2Sなどとの比率で増加するが、その増減は火山構造性地震の消長と類似する。また、大涌谷にある深さ数百メートルの蒸気井の一部で地下の圧力上昇に起因すると考えられる、蒸気量の異常な増加(暴噴)が見られる場合がある。こうしたことから、箱根火山の噴火警戒レベル2の基準は、地殻変動、地震活動および噴気の異常が規定以上に達した場合とされている。こうした一連の変化は、深部膨脹源へのマグマまたはマグマ性流体の供給と、それに励起された熱水系の増圧と解釈できる(1)。
2015年噴火後に発生した、2017年及び2019年の異常は、深部膨脹と火山構造性地震の頻発、マグマ性・熱水性火山ガス比の変化、深部低周波地震の発生という共通の特徴を持つ。しかし、2015年以前の異常に比べて、大涌谷直下の特に浅部の地震数が極端に少なく、マグマ性・熱水性火山ガス比の変化が以前に比べて大きくないという際立った変化がある。本講演ではこれらの観測が、熱水系を遮蔽してきた地表近くのキャップロックと、脆性・塑性境界付近のシーリングが噴火によって破壊されたためであるとの説明を試みる。
箱根火山の地震は、熱水系内で発生していることが、比抵抗探査の結果から明らかになっているが(4)、異常時の地震活動は熱水の貫入のほか(5)、熱水系の増圧に励起されていると考えられる(1)。大涌谷直下で噴火後の異常で地震活動の低下が認められたのは、噴火によりキャップロックが破壊され、熱水系内の増圧が進行しなくなっている為かも知れない(2)。このことが正しいとすると、キャップロックの再生(噴気の減衰によって示唆されると考えられる)するまで、異常が発生しても大涌谷付近では2015年に見られた地震活動の顕著な増加や局所的な隆起(6, 7)を伴わない可能性がある。
大涌谷の熱構造は、鉱物組み合わせや地震の下限から推定出来るが、間隙水の等エンタルピーを仮定すると、間隙圧はキャップロック直下から静蒸気圧であることが示唆される。熱水卓越系では、深度方向の圧力勾配が大きく、ひとたび地表付近の土砂が取り除かれると、沸点近かった熱水の沸騰と爆発、土砂の放出が発生してそれが深部に進展する(8)。2015年噴火で爆発源が深さ100m付近に留まり(1)、ごく小規模なものに終わったのはこうした蒸気のような圧力プロファイルに起因するのかも知れない。また、箱根火山は熱水活動が活発に見えるにもかかわらず、火山性微動や低周波地震がほとんど観測されていない。こうした特徴も蒸気卓越系の熱水系であることに起因しているかも知れない。
キャップロックの再生が未完で、蒸気卓越型の熱水系であれば、大涌谷付近の水蒸気噴火のリスクは当面低いか、噴火があっても2015年の規模を大きく上回るとは考えにくいかも知れない。一方、深部膨脹は噴火後も解消されておらず、深部膨脹の解消が大規模な水蒸気噴火であった御嶽山の教訓を踏まえると、同様の噴火への警戒が必要かもしれない。
1. Mannen et al. Earth, Planets Sp. 70, 68 (2018).
2. 安部・ほか 温地研報告 50, 1–18 (2018).
3. Mannen et al. Earth, Planets Sp. in review
4. Yoshimura et al. Earth, Planets Sp. 70, 66 (2018).
5. Yukutake, Y. et al. J. Geophys. Res. Solid Earth 116, 1–13 (2011).
6. Doke et al. Earth, Planets Sp. 70, (2018).
7. Kobayashiet al. Earth Planet. Sci. Lett. 491, 244–254 (2018).
8. Browne and Lowless Earth-Sci. Rev. 52, 229-331 (2001)