11:00 〜 13:00
[MIS18-P02] 樹木年輪セルロース酸素同位体比にみる過去400年間の東濃地方の気候変動
キーワード:大湫神明大杉、年輪、セルロース酸素同位体比、寛政の渇水
研究目的 古気候学は近代的な気候観測がなされる以前の気候について研究する学問であり,樹木年輪や氷床などから様々な気候復元が行われている.中でも樹木年輪は試料の入手・保管が容易であるため広く用いられている.特に近年では樹木年輪セルロースの同位体比が過去の気候変動を記録していることが示されるようになった.
樹木年輪に含まれるセルロースは化学的に安定した物質であり,年輪形成時の組成を維持していると考えられている.またセルロース中の酸素分子は降水に由来しているとされており,その同位体比を用いた気候復元が発展してきている.しかしながらそれらの多くは年単位の精度による復元である.
そこで本研究では岐阜県瑞浪市大湫町で採取したスギ(Cryptomeria japonica)試料から復元の時間分解能を高めるために1年輪を等分割したサンプルを作成し,樹木年輪セルロース酸素同位体比(δ18O)の年内変動を確認する.また樹木年輪セルロースの酸素同位体比と大気中の相対湿度には負の相関関係があることを活用し,該当地域の約400年分の酸素同位体比変動から長期的な気候変動について検討した.
試料・実験方法 本研究では岐阜県瑞浪市大湫町の大湫神明神社で2020年7月に倒木したスギから試料を採取した.このスギは樹齢約670年だが樹幹の中心部は腐食が激しかったため,1609年以降の年輪を研究対象とした.試料からセルロース薄板を作成し,1年輪を等分割した後に名古屋大学環境学研究科に設置されている熱分解元素分析計と同位体比質量分析計のオンラインシステムを用いて酸素同位体比を測定した.
結果・考察 酸素同位体比の測定結果を図Aから図Fに示す.本研究で測定した酸素同位体比は1年の始めに高い値を示し,終わりにかけて値が低下していき次年の初めに急激に値が高くなる,ノコギリ歯状の変動を示した.長期的な変動としては明確な傾向は見られなかったが図Aより1780年から1800年は比較的年内変動が小さく,かつ同位体比が低い期間が持続している.この時期は天明の飢饉が生じた期間であり,試料木の成長期を通じて湿潤な天候が持続していたことが示唆された.また本研究で測定された酸素同位体比と岐阜地方気象台で1883年以降に観測された相対湿度において,1883年から2020年の内,年層内を6分割できた74年分のデータから相関を調べたところ,年層の第1・第2セグメントと4月中旬,第3・第4セグメントと5月下旬,第5セグメントと7月上旬における負の相関が比較的強いことが明らかになった.このことから試料木の成長期は4月中旬から7月上旬頃と推定された.
東濃地方は中山道の宿場として栄えたため,複数の古日記が残されている.例えば『岐阜県史史料編近世六』に収録されている『恵那郡付知村年代記』には寛政2(1790)年,5(1793)年,6(1794)年の夏に日照りがあったことが述べられている.図Fより1790年,1793年,1794年はいずれの年も酸素同位体比が高い値で推移していることがわかる.そのため成長期を通じて乾燥していたと考えられる.
まとめ 本研究では約400年間の樹木年輪セルロース酸素同位体比変動から近世東濃地方の気候変動について検討した.その結果,年層内を分割することで年単位よりも高い分解能で酸素同位比変動が明らかになり,詳細な気候復元が可能であることが確認された.また古日記の記述と樹木年輪の酸素同位体比変動が一致している年があり,試料木が年輪形成時の気候を記録していたことが確認された.
樹木年輪に含まれるセルロースは化学的に安定した物質であり,年輪形成時の組成を維持していると考えられている.またセルロース中の酸素分子は降水に由来しているとされており,その同位体比を用いた気候復元が発展してきている.しかしながらそれらの多くは年単位の精度による復元である.
そこで本研究では岐阜県瑞浪市大湫町で採取したスギ(Cryptomeria japonica)試料から復元の時間分解能を高めるために1年輪を等分割したサンプルを作成し,樹木年輪セルロース酸素同位体比(δ18O)の年内変動を確認する.また樹木年輪セルロースの酸素同位体比と大気中の相対湿度には負の相関関係があることを活用し,該当地域の約400年分の酸素同位体比変動から長期的な気候変動について検討した.
試料・実験方法 本研究では岐阜県瑞浪市大湫町の大湫神明神社で2020年7月に倒木したスギから試料を採取した.このスギは樹齢約670年だが樹幹の中心部は腐食が激しかったため,1609年以降の年輪を研究対象とした.試料からセルロース薄板を作成し,1年輪を等分割した後に名古屋大学環境学研究科に設置されている熱分解元素分析計と同位体比質量分析計のオンラインシステムを用いて酸素同位体比を測定した.
結果・考察 酸素同位体比の測定結果を図Aから図Fに示す.本研究で測定した酸素同位体比は1年の始めに高い値を示し,終わりにかけて値が低下していき次年の初めに急激に値が高くなる,ノコギリ歯状の変動を示した.長期的な変動としては明確な傾向は見られなかったが図Aより1780年から1800年は比較的年内変動が小さく,かつ同位体比が低い期間が持続している.この時期は天明の飢饉が生じた期間であり,試料木の成長期を通じて湿潤な天候が持続していたことが示唆された.また本研究で測定された酸素同位体比と岐阜地方気象台で1883年以降に観測された相対湿度において,1883年から2020年の内,年層内を6分割できた74年分のデータから相関を調べたところ,年層の第1・第2セグメントと4月中旬,第3・第4セグメントと5月下旬,第5セグメントと7月上旬における負の相関が比較的強いことが明らかになった.このことから試料木の成長期は4月中旬から7月上旬頃と推定された.
東濃地方は中山道の宿場として栄えたため,複数の古日記が残されている.例えば『岐阜県史史料編近世六』に収録されている『恵那郡付知村年代記』には寛政2(1790)年,5(1793)年,6(1794)年の夏に日照りがあったことが述べられている.図Fより1790年,1793年,1794年はいずれの年も酸素同位体比が高い値で推移していることがわかる.そのため成長期を通じて乾燥していたと考えられる.
まとめ 本研究では約400年間の樹木年輪セルロース酸素同位体比変動から近世東濃地方の気候変動について検討した.その結果,年層内を分割することで年単位よりも高い分解能で酸素同位比変動が明らかになり,詳細な気候復元が可能であることが確認された.また古日記の記述と樹木年輪の酸素同位体比変動が一致している年があり,試料木が年輪形成時の気候を記録していたことが確認された.