日本地球惑星科学連合2024年大会

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[J] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-QR 第四紀学

[H-QR05] 第四紀:ヒトと環境系の時系列ダイナミクス

2024年5月30日(木) 10:45 〜 11:45 106 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:白井 正明(東京都立大学)、横山 祐典(東京大学 大気海洋研究所 )、吾妻 崇(国立研究開発法人産業技術総合研究所)、里口 保文(滋賀県立琵琶湖博物館)、座長:吾妻 崇(国立研究開発法人産業技術総合研究所)、横山 祐典(東京大学 大気海洋研究所)

10:45 〜 11:00

[HQR05-07] 東北地方太平洋岸南部・真野川下流域における完新世地殻変動

*丹羽 雄一1須貝 俊彦2 (1.慶應義塾大学 経済学部、2.東京大学大学院 新領域創成科学研究科 自然環境学専攻)

キーワード:地殻変動、完新世、東北地方太平洋岸、堆積物コア、14C年代

東北地方太平洋岸では,10万年スケールの隆起傾向と最近数10~100年間の沈降傾向という,観測期間によって異なる地殻変動を,海溝型巨大地震サイクルと関係づける試みがなされてきた(例えば,池田ほか,2012,地質学雑誌)。東北地方太平洋沖地震以降に実施された完新世地殻変動の推定(Niwa and Sugai,2020,Mar. Geol.など)や,10万年スケールの地殻変動の再検討(宮崎・石村,2018,地学雑誌など)によって,東北地方太平洋岸北部(三陸海岸)では様々な時間スケールにおける地殻変動の検討が進みつつある(Niwa and Sugai, 2021,Geomorphology)。しかし,東北地方太平洋岸南部では,MIS 5.5海成段丘の高度分布に基づいて後期更新世以降の平均隆起速度の北方への低下が報告されている(Suzuki,1989,Geogr. Rep. Tokyo Metrop. Univ.)ものの,完新世における地殻変動は不明である。本発表では,MIS 5.5海成段丘分布域の北限付近に位置する,福島県南相馬市鹿島区の真野川下流域(真野川低地)において,低地構成層の解析と合計21試料の14C年代測定値に基づいて,完新世の地殻変動傾向を推定した。
 合計12本のボーリング柱状図(うち2本は堆積物コアも有する)に記載されている新第三紀の堆積岩やそれを覆う砂礫層の分布高度からは,現在の真野川低地南部に低海面期の開析谷が,低地北部に埋没段丘の存在が示唆される。また,現海岸線沿いに浜堤が分布すること,および現海岸線より約0.5 km海側における表層堆積物が砂質であり,現海岸線より約1 km陸側の表層堆積物は砂層を主体とするもののやや泥層になることから,かつて現海岸線沿いにバリアーが存在していたことが示唆される。合計4本の堆積物コアの岩相,珪藻群集組成,全硫黄濃度に基づくと,開析谷を充填する完新統は有機質シルト層を主体とする完新世初期の湿地堆積物,バリアー堆積物の背後に分布する砂泥層である完新世中期のエスチュアリー堆積物,植物痕を含むシルト層や潮汐堆積物(砂泥細互層)から構成され,海水生珪藻を含む完新世中期の潮間帯堆積物,有機質シルト層や上方細粒化を示す砂層を主体とし,淡水生珪藻を多産する完新世中~後期の河川堆積物にそれぞれ区分される。エスチュアリー堆積物は泥質堆積物で海水生珪藻を多産する中央盆底堆積物,より内陸側に分布し砂質堆積物から構成される湾頭デルタ堆積物に細分される。
 潮間帯堆積物の分布高度は,堆積当時の真野川低地における相対的海水準を示すと考えられる。潮間帯堆積物で5740 – 5610 cal BPの較正年代が得られている層準(標高-1.35 m)に着目すると,当時の真野川低地における相対的海水準が,ハイドロアイソスタシーのみを反映しローカルな地殻変動の影響を含まない相対的海水準(標高1.5~3.5 m;Okuno et al.,2014,Quat. Sci. Rev.)と比べて低いことから,当該低地における最近約6000年間の沈降傾向が推定される。約6000年前の潮位差を現在と同程度の約1.5 mと仮定すると,当時の真野川低地の相対的海水準は標高-2.85~0.15 m付近となる。真野川低地の相対的海水準と地殻変動を含まない相対的海水準の差から平均沈降速度は0.2~1.1 mm/yrと見積もられる。一方,約7400年前の湾頭デルタ堆積物の分布高度から推定される真野川低地の相対的海水準の下限(標高約-3.3 m)は,東北地方太平洋岸北部に位置する津軽石平野における同時期の相対的海水準(標高約-11.5 m;Niwa et al.,2017,Quat. Int.)よりも約8.2 m高い。このことから,完新世において,真野川低地は津軽石平野(沈降速度1.1~1.9 mm/yr;Niwa et al.,2017,Quat. Int.)に対して,1 mm/yr程度以上の速さで相対的に隆起していると推定され,潮間帯堆積物から推定される沈降速度とも矛盾しない。
 以上から,真野川低地の完新世の地殻変動は若干の沈降傾向にあると考えられる。ところが,MIS5.5海成段丘分布の特徴(Suzuki,1989,Geogr. Rep. Tokyo Metrop. Univ.)は,後期更新世以降の真野川低地は安定ないし若干の隆起傾向であることを示唆する。真野川低地では,後期更新世から完新世初期のある時期に,安定ないし若干の隆起から若干の沈降へと地殻変動傾向が変化した可能性が示唆される。