日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS12] 古気候・古海洋変動

2024年5月29日(水) 17:15 〜 18:45 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 6ホール)

コンビーナ:山崎 敦子(名古屋大学大学院環境学研究科)、岡崎 裕典(九州大学大学院理学研究院地球惑星科学部門)、長谷川 精(高知大学理工学部)、小長谷 貴志(東京大学大気海洋研究所)

17:15 〜 18:45

[MIS12-P15] 東北地方北部におけるヤンガードリアス期
八甲田山田代湿原

*佐々木 菜南1 (1.北海道教育大学函館校)

キーワード:ヤンガードリアス期、花粉分析

1.研究目的
日本におけるヤンガードリアス期は,ヨーロッパや北米と比較して顕著な寒冷化が認められないとする報告がある(Kito and Ohkuro,2012:中川,2023:辻ほか,1983,吉田ほか,2006).これらの研究では,充分な時間分解能で分析されていないものも含まれ,地点数も多くないので,まだ充分に解明されたとは言えない状況にある.そこで本研究では,約20~30年の短い時間分解能で花粉分析を行い,東北地方北部において当時はどのような気候であったのかを考察する.
2.研究方法
本研究では,青森県八甲田山田代湿原(40°41’ 52” N, 140°55’ 11”)より採取された泥炭試料(深度300~390 cm)を用いた.分析層準の年代は,紀藤ほか(2017)より同定されたテフラと依頼したAMS14C年代測定値3件より決定した.
3.結果・考察
高木花粉はTS7-Ⅰ~TS7-Ⅲの3つの花粉帯に区分した.分析層準の結果,分析層準は約13,550 ~11,000 cal BPであった.年代最下位のTS7-Ⅰ帯の下位には,十和田八戸火砕流堆積物(約15,000年前)が横たわり,この火砕流によって当時の植生は壊滅したと考えられている.
TS7-Ⅱ帯におけるトウヒ属,モミ属の微増はヤンガードリアス期の寒冷化に対応していると考えられる.しかし,コナラ亜属は前帯から10%程度しか減少せず,14%前後で安定して産出することから,田代湿原よりも低標高の山地帯で冷温帯落葉広葉樹が生育できる環境であり,寒冷化は顕著なものではなかったと考えられる.また,本帯中部から上部にかけてカバノキ属が減少し,コナラ亜属が増加することから,寒冷化が弱まり田代湿原より低標高の山地帯で寒温帯と冷温帯の中間の気候となり,ダケカンバ帯から冷温帯落葉樹林への移行が始まったと考えられる.また,ヤチヤナギ属花粉の高率での産出とTS7-Ⅲ帯下部でのモチノキ属の高率での産出が見られ,ヤンガードリアス期から更新世/完新世境界の温暖化が開始直後のTS7-Ⅲ帯下部で湿原は乾燥した状態であったと考えられる.TS7-Ⅲ帯上部でミズゴケ属が増加し,ヤチヤナギ属が減少することから湿原は湿潤になったと考えられる.このため完新世開始の温暖化に対し,湿原の湿潤化は遅れて起こったと考えられる.
テフラ層序と炭素年代値,花粉分析結果から,TS7-Ⅰ帯(約13,550~12,300 cal BP)はベーリング・アレレード期,TS7-Ⅱ帯(約12,300~11,300 cal BP)はヤンガードリアス期,TS7-Ⅲ帯(約11,300~11,000 cal BP)は更新世/完新世境界の温暖化に対応していると考えられる.本研究で得られた放射性炭素年代測定値は3件と少なく,年代値の妥当性を十分に議論できていないため,測定した年代値が全体的に若くシフトしている可能性がある.
最終氷期最盛期では野尻湖とアヤメ湿原において寒温帯針葉樹林が,水月湖で寒温帯の針広混交林が成立するような気候であった.ヤンガードリアス期で野尻湖とアヤメ湿原において冷温帯落葉広葉樹の安定した産出や増加があり,水月湖では冷温帯落葉広葉樹林が成立していたと考えられることから,田代湿原と同様に水月湖,野尻湖,アヤメ湿原でもヤンガードリアス期の寒冷化は,最終氷期最盛期に逆戻りするような寒冷化でなく緩やかなものであった.
ヤンガードリアス期の寒冷化の影響は,地域によって異なる.田代湿原とアヤメ湿原でヤンガードリアス期の寒冷化による冷温帯落葉広葉樹の減少は,ヤンガードリアス期の開始から約200~300年しか見られず,その後冷温帯落葉広葉樹は増加していくため,寒冷化は弱まったと考えられるが,水月湖で復元された年平均気温はヤンガードリアス期全体にわたって低下しており,このような寒冷化の弱まりは見られない.