日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 P (宇宙惑星科学) » P-PS 惑星科学

[P-PS08] 太陽系物質進化

2024年5月26日(日) 17:15 〜 18:45 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 6ホール)

コンビーナ:川崎 教行(北海道大学 大学院理学研究院 地球惑星科学部門)、松本 徹(京都大学白眉センター)、橋口 未奈子(名古屋大学)、竹之内 惇志(京都大学)


17:15 〜 18:45

[PPS08-P17] 火星の表層環境史解明に向けた火星隕石の局所窒素化学種解析

大西 健斗1、*小池 みずほ1、中田 亮一2黒川 愛1住谷 優太1菅原 春菜3臼井 寛裕3 (1.広島大学、2.海洋研究開発機構(JAMSTEC) 高知コア研究所、3.宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所)

キーワード:火星隕石、窒素、局所化学種解析、X線吸収微細構造法(XASF)

火星の環境進化と生命存在可能性を探る上で、揮発性元素(水素、炭素、窒素、硫黄など)の同位体化学情報は重要な手がかりとなる。本研究では、特に「火星の窒素化学種」に着目する。
現在の火星において、窒素分子(N2)は大気の約3%を占める。N2は化学的に不活性だが、火山噴火や隕石衝突等に伴う無生物窒素固定により反応性の高い窒素化合物が生成されると、惑星環境へ多大な影響を与えうる。火星探査機キュリオシティによるゲールクレーターの調査では、約35億年前の堆積物に硝酸塩などの窒素化合物が保存されていることが報告された (Stern et al., 2015, 2017)。また、40億年前の火星隕石ALH 84001 の分析では、隕石中の炭酸塩鉱物が火星の有機窒素化合物や炭酸塩構造置換態硫酸(CAS)を含むことが示された (Koike et al., 2020; Kajitani et al., 2023)。本研究では、より若い火星隕石の記録を読み取ることを目的に、局所X線吸収微細構造法 (µ-XAFS) を用いて、3種類のシャーゴッタイト隕石 (Tissint、NWA 13367、NWA 2975)と1種類のナクライト隕石 (Yamato 000749) の窒素化学種解析をおこなった。
各隕石のインジウム包埋試料をアルミナ研磨粉と超純水を用いて研磨した後、SEM-EDSとEPMAによる組織観察・主要元素定量分析を行った。シャーゴッタイト中の衝撃溶融急冷組織 (衝撃ガラス) と、ナクライト中のカンラン石水質変成脈 (イディングサイト) を窒素化学種解析の対象として選定した。その後、FIBにて試料表面の汚染を除去した後、大型放射光施設SPring-8 の軟X線ビームラインBL27SUにて、窒素K吸収端X線吸収端近傍構造 (XANES) スペクトル測定をおこなった。未知試料と合わせて様々な窒素化合物試薬の参照スペクトルも測定した。得られたXANESスペクトルの比較から、各隕石に含まれうる窒素化学種を推定した。
 SEM観察の結果、TissintとNWA 2975では、それぞれ2 mm程度の衝撃ガラスが見つかった。Tissint の衝撃ガラスにはφ~1–10 µmの微小な気泡が見られた。一方、NWA 13367には200µm程度の急冷組織がわずかに含まれ、再結晶した鉱物微粒子が内部に含まれているのが観察された。Y-000749では、巨大なカンラン石結晶を横切るように幅5–10 µmのイディングサイト脈が観察された。イディングサイト内部に <1µmスケールの微細な組成の差がみられたが、今回はまとめてXANES測定をおこなった。
Tissintの衝撃ガラスのXANESスペクトルでは、硝酸塩、有機窒素、N2の吸収ピークがみられた。一方、NWA 13367とNWA 2975の衝撃ガラスでは、有機窒素の存在が示唆されたものの、硝酸等の寄与は見られなかった。Y-000749のイディングサイトにも有機窒素が見られたが、N2や無機窒素化合物は検出されなかった。先行研究にて、Tissintの衝撃ガラスが火星由来の水や有機物を含むことが指摘されている (Chen et al., 2015; Jaramillo et al., 2019)。今回見られた硝酸塩や有機窒素も、火星の地下水や堆積物の窒素化合物がTissint母岩に取り込まれたものと推測される。一方、サハラ砂漠で発見されたNWA 13367やNWA 2975は風化を顕著に受けており、これらに含まれる窒素は地球由来の可能性が高い。Y-000749のイディングサイトは火星の水質変成起源であることが知られているが、流体中の窒素化学種(硝酸やアンモニウムなど)が検出されなかった。これは、火星の流体にそもそも窒素が含まれていなかったか、あるいは隕石落下から分析までの過程で窒素化学種が失われたためだと考えられる。イディングサイトは脆く、SEM/EPMA、FIB、µ-XAFSによるダメージを受けやすい。一連の分析により元々保持していた揮発性成分が失われた可能性は否定できない。一方、イディングサイトに見られた有機窒素は流体由来と思われ、約6–7億年前の火星の地下水に有機窒素化合物が含まれていたことが示唆される。