17:15 〜 18:45
[U15-P73] 2024年能登半島地震によって石川県珠洲市〜能登町に形成された津波堆積物
キーワード:能登半島地震、津波堆積物、津波痕跡
2024年能登半島地震(Mw 7.5;気象庁,2024)では,能登半島の北部を中心に強振動と津波によって甚大な被害がもたらされた.本講演では,津波の直後に石川県珠洲市から能登町の沿岸地域において実施した津波痕跡および津波堆積物についての現地調査結果を報告する.津波の緊急調査の目的は,現地でしか得られない津波痕跡や津波堆積物の情報から,地震や津波の全体像を明らかにすることである.また,現世の津波堆積物に関する知見を増やすことは,地層中に残された古津波堆積物から過去の津波を正しく理解することに繋がる.今回の津波は中規模津波(波高4〜6 m程度で多数の家屋が流出する;羽鳥,1986)に該当する.これまでの現世津波堆積物に関する調査報告の多くは,2004年インド洋大津波や2011年東北地方太平洋沖地震津波など,マグニチュード9クラスの地震による巨大津波が対象とされてきた.中規模津波による堆積物の分布や構造にはどのような特徴があり,巨大津波による堆積物とどのような相違点が見られるのかを明らかにすることは,様々な場所で実施されている古津波堆積物研究にとって有益な知見を提供するだろう.
我々は,能登半島の北東部に位置する石川県珠洲市宝立地区,能登町内浦地区,能登町白丸地区の3つの沿岸地域において,1月から4月の期間に3回の現地調査を実施した.現地調査では,津波痕跡の測定を行った.津波の浸水限界は最も内陸へと運搬されたデブリの分布から測定し,浸水深は家屋などに残されたウォーターマークから測定した.津波の流向についても,倒れた稲などの方向などから推定を行った.また,これらの津波痕跡を記録すると同時に,スコップを用いて津波堆積物を掘削し,層厚や粒度,堆積学的特徴を記載した.
宝立地区と白丸地区は,沿岸に民家が集中している地域であり,空中写真の判読からそれぞれ海岸線から400 mおよび300 mまで浸水したと推定されている(令和6年能登半島地震変動地形調査グループ(日本地理学会),2024).ここでの最大浸水深は,それぞれ280 cmおよび250 cmであった.宝立地区では,最大層厚3 cmの砂質津波堆積物が見られた.最も顕著な津波の浸水と土砂の堆積が認められた内浦地区では,内陸約750 mまで津波の浸水がしたと推定されている(令和6年能登半島地震変動地形調査グループ(日本地理学会),2024).現地調査で測定した津波の浸水深は,330 cmを超えていた.また,推定された浸水範囲外でも津波によって運搬されたデブリや砂泥が確認された.このことは,空中写真判読でおおよその浸水範囲を知ることは可能であるが,正確に浸水範囲を決定するためには現地調査が重要であることを示している.内浦地区には,河川を隔てて海側と内陸側に2つの低地が存在している.推定した流向から,海側の低地には海から直接津波が侵入していたのに対して,内陸側の低地では河川から越流した流れが卓越していたことが分かった.内陸側の低地では,河川堤防の内陸側が顕著に侵食された場所が2地点認められ,その背後には最大層厚16.0 cmの津波堆積物が認められた.海側の低地における津波堆積物の層厚は5 cm程度であり,河川からの越流が内陸側の低地での土砂の堆積を増幅させたことが明らかになった.
今回の調査結果から,中規模津波は巨大津波と比較して限られた場所でのみ広範囲への浸水と多量の土砂堆積を生じさせることが特徴的であると言える.津波堆積物が広範囲に残されていた内浦地区は,小さく浅い内湾に面しており,この地形条件が津波の波高を増幅させた可能性がある.また,津波が河川を逆流したことも浸水範囲が広くなった要因であると考えられる.今後,今回取得した現地データを説明できるように,津波の浸水計算や土砂移動計算を実施すれば,津波の波源域と地震の破壊域を明らかにすることができると期待される.また,津波堆積物の層厚と浸水深の関係や浸水距離に対する砂質堆積物の分布距離については,巨大津波との大きな違いはなかった.今回の津波に関する今後の研究は,津波堆積物に関する知識を深め,様々なスケールの古津波研究の発展に貢献するだろう.
我々は,能登半島の北東部に位置する石川県珠洲市宝立地区,能登町内浦地区,能登町白丸地区の3つの沿岸地域において,1月から4月の期間に3回の現地調査を実施した.現地調査では,津波痕跡の測定を行った.津波の浸水限界は最も内陸へと運搬されたデブリの分布から測定し,浸水深は家屋などに残されたウォーターマークから測定した.津波の流向についても,倒れた稲などの方向などから推定を行った.また,これらの津波痕跡を記録すると同時に,スコップを用いて津波堆積物を掘削し,層厚や粒度,堆積学的特徴を記載した.
宝立地区と白丸地区は,沿岸に民家が集中している地域であり,空中写真の判読からそれぞれ海岸線から400 mおよび300 mまで浸水したと推定されている(令和6年能登半島地震変動地形調査グループ(日本地理学会),2024).ここでの最大浸水深は,それぞれ280 cmおよび250 cmであった.宝立地区では,最大層厚3 cmの砂質津波堆積物が見られた.最も顕著な津波の浸水と土砂の堆積が認められた内浦地区では,内陸約750 mまで津波の浸水がしたと推定されている(令和6年能登半島地震変動地形調査グループ(日本地理学会),2024).現地調査で測定した津波の浸水深は,330 cmを超えていた.また,推定された浸水範囲外でも津波によって運搬されたデブリや砂泥が確認された.このことは,空中写真判読でおおよその浸水範囲を知ることは可能であるが,正確に浸水範囲を決定するためには現地調査が重要であることを示している.内浦地区には,河川を隔てて海側と内陸側に2つの低地が存在している.推定した流向から,海側の低地には海から直接津波が侵入していたのに対して,内陸側の低地では河川から越流した流れが卓越していたことが分かった.内陸側の低地では,河川堤防の内陸側が顕著に侵食された場所が2地点認められ,その背後には最大層厚16.0 cmの津波堆積物が認められた.海側の低地における津波堆積物の層厚は5 cm程度であり,河川からの越流が内陸側の低地での土砂の堆積を増幅させたことが明らかになった.
今回の調査結果から,中規模津波は巨大津波と比較して限られた場所でのみ広範囲への浸水と多量の土砂堆積を生じさせることが特徴的であると言える.津波堆積物が広範囲に残されていた内浦地区は,小さく浅い内湾に面しており,この地形条件が津波の波高を増幅させた可能性がある.また,津波が河川を逆流したことも浸水範囲が広くなった要因であると考えられる.今後,今回取得した現地データを説明できるように,津波の浸水計算や土砂移動計算を実施すれば,津波の波源域と地震の破壊域を明らかにすることができると期待される.また,津波堆積物の層厚と浸水深の関係や浸水距離に対する砂質堆積物の分布距離については,巨大津波との大きな違いはなかった.今回の津波に関する今後の研究は,津波堆積物に関する知識を深め,様々なスケールの古津波研究の発展に貢献するだろう.