[G02-P03] 断層教育がもたらした地震に立ち向かうエネルギー
キーワード:理科教育、熊本地震、小学校、布田川断層、災害の受容、学習指導要領
文部科学省の教育指導要領では、小学校6年生の理科の単元「土地のつくりと変化」では、「土地は,火山の噴火や地震によって変化すること」を学び、「土地のつくりと変化についての考えをもつことができるようにする」ことになっている。
この単元に「地震」が書かれるようになったのは、1995年の兵庫県南部地震の後の学習指導要領の改訂からである。
熊本地震で、2度の震度7に襲われた熊本県益城町では、地元の理科教員が、この単元の材料として、今回の地震を引き起こした布田川断層を取り上げ、子どもたちに教えていた。
地震の後、教え子たちは、そのことを思い出して次のように語っている。「知っていても、実際に起こるといろんな悲しみがありますが、知っているに越したことはないと思います。やっぱり断層の存在を知らずにこの地震にあっていたら、もっとショックが大きかった」。「避難所で、初めての暖かい牛丼の差し入れを小学校の同級生と食ベながら、思い出した。みんなで『先生がいいよった、いいよった』と。私たちは『知ってたんだ』と気づいて、すっきりした、ひもとけた感じがあった」とも語っている。
先生は、防災教育としてではなく、あくまで理科教育の教材としてであり、「もう少し、真面目に授業をしておけば良かった」と語る。ただ、職員として避難所に詰めていて、教え子だけでなく保護者からも、「学校で断層のことを習ったことを家に帰ってから話したのを思い出した」と言われたという。
そして、地震直後から「あの地震が本当に来たね!」と言われた言葉には、「『布田川断層地震はこれだったのか』とまともに受け止め、受けて立つエネルギーのようなものを感じました。訳が分からずおろおろする姿は全くありませんでした。この現実から立ち上がろうとするスタートが、震災直後から感じることができました』と語っている。
口頭発表では、授業を受けた子どもたちのアンケートや授業内容を紹介し、理科教育が果たす役割について論じる。
この単元に「地震」が書かれるようになったのは、1995年の兵庫県南部地震の後の学習指導要領の改訂からである。
熊本地震で、2度の震度7に襲われた熊本県益城町では、地元の理科教員が、この単元の材料として、今回の地震を引き起こした布田川断層を取り上げ、子どもたちに教えていた。
地震の後、教え子たちは、そのことを思い出して次のように語っている。「知っていても、実際に起こるといろんな悲しみがありますが、知っているに越したことはないと思います。やっぱり断層の存在を知らずにこの地震にあっていたら、もっとショックが大きかった」。「避難所で、初めての暖かい牛丼の差し入れを小学校の同級生と食ベながら、思い出した。みんなで『先生がいいよった、いいよった』と。私たちは『知ってたんだ』と気づいて、すっきりした、ひもとけた感じがあった」とも語っている。
先生は、防災教育としてではなく、あくまで理科教育の教材としてであり、「もう少し、真面目に授業をしておけば良かった」と語る。ただ、職員として避難所に詰めていて、教え子だけでなく保護者からも、「学校で断層のことを習ったことを家に帰ってから話したのを思い出した」と言われたという。
そして、地震直後から「あの地震が本当に来たね!」と言われた言葉には、「『布田川断層地震はこれだったのか』とまともに受け止め、受けて立つエネルギーのようなものを感じました。訳が分からずおろおろする姿は全くありませんでした。この現実から立ち上がろうとするスタートが、震災直後から感じることができました』と語っている。
口頭発表では、授業を受けた子どもたちのアンケートや授業内容を紹介し、理科教育が果たす役割について論じる。