第49回日本理学療法学術大会

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発表演題 口述 » 生活環境支援理学療法 口述

健康増進・予防7

Sat. May 31, 2014 9:30 AM - 10:20 AM 第6会場 (3F 304)

座長:横川吉晴(信州大学医学部保健学科理学療法学専攻)

生活環境支援 口述

[0672] 精神負荷が歩容に与える影響について

小枩武陛1, 岩城隆久2, 大西智也3 (1.大阪河﨑リハビリテーション大学, 2.和歌山国際厚生学院, 3.宝塚医療大学)

Keywords:精神負荷, 歩行, 変動係数

【目的】
近年,転倒予防が叫ばれる中,さまざまな転倒要因が挙げられ,生活活動範囲の狭小化に伴う身体機能低下が大きな問題となっている。しかし,必ずしも運動機能が転倒に関与しているとは言い難い。山田らも転倒した高齢者と非転倒高齢者では歩行速度に差はなかったのに対し,計算を行いながらの歩行速度では転倒高齢者で有意に遅延すると報告している。つまり,高齢者の転倒は運動器の機能低下が必ずしも関与しているのではなく,高次脳機能を加味した複合的な能力によって転倒の発生を予測することが考えられる。同様にPetrellaらも高齢者の認知・精神機能面が転倒と深く関係すると報告している。さらにFerrandezは歩行変動での評価は歩行速度やTimed up and go testに比べ,転倒と密接に関係することが示されている。そこで本実験は精神負荷が転倒を誘引する一つと仮定し,精神負荷が歩容に与える影響を一次予防事業対象の健常高齢者と健常成人(若年者)で比較検討し,精神負荷有無の関係について歩行変動を用いて検討した。
【方法】対象者は,健常高齢者13名(男性5名,女性8名,年齢71.1±3.9歳,身長159.9±9.1cm),若年者23名(男性17名,女性6名,年齢21.6±3.2歳,身長167.2±4.5cm)とした。対象者はトレッドミル歩行に慣れた後,十分な休息をとりその後トレッドミル歩行を行った。歩行速度は至適速度を用いた。対象者は床反力計内蔵のトレッドミルWinFDM-Tで歩行し,歩行パターンと心電図を記録した。心電図はベッドサイドモニターBSM-2400から分析した。歩行パターンは歩行動作解析ソフトWinFDM-T Gait-Analysis version01でStride length,Stride time,Cadenceを用いて分析した。心電図はR-R間隔から心拍数(HR)を算出した。精神負荷はディスプレイ上に1桁の数字を1秒毎に計30秒間提示し,その数字を加算する暗算負荷試験とし,室温25℃に設定した静かな薄暗い部屋で実施した。歩行が安定してから暗算負荷試験30秒間の歩行パターンと心電図を記録した。分析の際には,Hausdroffらによる転倒研究に用いた変動係数(CV)を使用した。統計ソフトStatcel2を使用し対応ある・対応なしのt検定を用いた。その際の有意水準はP<0.05とした。
【倫理的配慮,説明と同意】本実験は中部学院大学大学院大学倫理委員会の承認を得ており,ヘルシンキ宣言を鑑み,実験の概要および公表の有無,個人情報の取り扱いについて同意を得た対象者に実施した。
【結果】精神負荷の有無において若年者と健常高齢者のHRは有意差に増加した(p<0.01)。精神負荷の有無において健常者ではStride lengthの変動係数に有意な増加を示し(p<0.05),健常高齢者ではStride length,Stride time,Cadenceの変動係数に有意な増加を示した(p<0.05)。
【考察】Steptonは精神負荷下では,交感神経活動由来の心臓血管系への変化をもたらすことを報告しており,歩行中に与えた暗算負荷試験が精神負荷にあたることが確認された(心拍変動平均7~8拍/分以上)。若年者は,Stride lengthのCVの増加のみであったが,高齢者ではStride length,Stride time,CadenceのCVの増加を認めた。これは高齢者が精神負荷歩行時に下肢運動による筋活動だけでなく,重心移動を利用した歩容においてバランスを用いているものと考えることができる。若年者のStride lengthのCV増加は,本実験ではトレッドミルによって速度が既定されているために,歩幅を調整することによって歩行速度に適応したものと推察される。これらのことにより,歩行動作はほぼ自動化された動作であるが,年齢の違いによる同等の精神負荷での歩容変化には相違があった。岩城らの先行研究でも暗算負荷による前頭葉機能に対する注意力分配機能が歩容に影響を与えたことが述べられており,今回も同様の結果になったと考えられた。よって高齢者転倒因子の要因として,前頭葉機能の重要性が示唆された。今後は前後に規定される速度規定歩行ではなく,左右も評価できる平地自由歩行での調査が必要と考えている。
【理学療法学研究としての意義】転倒経験者は身体機能低下だけでなく,転倒に対する不安感やそれに伴う,生活範囲の狭小化からくる社会参加の制限も含んでいる。これまで多くの高齢者へのトレーニング方法が考案されてきた。しかし,運動器を主眼としたトレーニングでは,転倒をしばしば繰り返す場合があり,十分とは言い難い。よって,今後は転倒要因である運動機能や物理的環境への介入だけではなく,高次脳機能である前頭葉機能を踏まえた歩行トレーニングの重要性が不可欠である。