日本畜産学会第126回大会

講演情報

共催シンポジウム "畜産研究の成果を獣医臨床フィールドへ"

乳牛の飼養管理と疾病制御

2019年9月20日(金) 09:00 〜 11:10 第I会場 (ぽらんホール(8番講義室))

座長:櫛引 史郎(農研機構畜産研究部門)、佐藤 繁(岩手大学)

09:40 〜 10:10

[SY-III-02] 周産期代謝障害の解析と早期診断

*石川 翔1 (1. 兵庫淡路農技セ)

 乳牛の遺伝的改良に伴う高泌乳化は分娩後の負のエネルギーバランス(NEB)の程度と期間を増大させ,周産期疾病の発生増加にも影響している.周産期疾病は生乳生産や繁殖成績を低下させるため,経済的な損失が大きい.加えて,周産期疾病の増加は治療に要するコストや労力の増大にもつながる.このことから,酪農経営における周産期疾病の低減は非常に重要であり,「治療」・「予防」の両面から技術的な研究が進められている.
 周産期疾病の中には,明確な臨床症状を示さないにも関わらず潜在的な代謝障害を有し,周産期疾病予備群として生産性に影響を与える個体も多く存在する.そのため,対処が遅れやすく,予防効果の判断も難しい.そのような代謝障害の一つに脂肪肝があげられる.NEBによる体脂肪動員を起因とする脂肪肝は,肝機能低下をもたらし,ケトーシス等の疾病の素因となるだけでなく,ホルモン分泌にも影響を及ぼし,繁殖性を低下させる事が知られている.しかし,脂肪肝の確定診断には肝生検が必要となることから,酪農現場における脂肪肝の発生状況およびその程度を日常的に把握することは困難であった.演者らは,判別分析ならびにロジスティック回帰分析を用いた各種生体指標の多変量解析により脂肪肝の間接診断を試み,高い診断精度が得られたので報告する.
 周産期疾病の予防にあたっては,牛群全体の飼養管理の改善が基本となるが,個体毎に疾病の発生リスクを評価する「予知」が可能となれば,高リスク牛に対するより綿密な管理が可能となり,さらなる疾病低減につながる.これまでにも,血液分析値と周産期疾病の発生率との関連性についての報告は多くなされているが,その多くは単一の血液指標を用いて特定の疾病のリスクを個別に評価したものである.また,周産期に発生する各疾病は互いに関連性を示すことが知られている.例として低カルシウム血症やケトーシスは,子宮炎や第四胃変位など,他の疾患に共通するリスク要因となる.演者らは,周産期疾病発生の早期予測につながる新しい診断手法として,複数の血液成分値を組み合わせたクラスター解析による周産期疾病リスクの評価を試みた.その結果,分娩後1週目の血液にクラスター解析を用いることにより,特定の成分基準値に依存せずに,周産期疾病リスクの総合的な評価が可能となる可能性が示されたのでその概要を報告する.さらに,より小項目の血液成分値によってクラスター解析と同様のリスク分類が可能な判別式を検証するとともに,分娩前の血液成分値を用いたリスク評価の可能性についても検証した.
 今後は,各種疾病やそのリスク診断をより簡易に,かつ日常的に行う手段として,生乳分析の際に得られるスペクトルデータの活用が進んでいくと思われる.兵庫県と近畿生乳販連では,今春より乳中脂肪酸組成を分析し,その結果を基にした個体別の周産期リスク情報を牛群検定にあわせて酪農家へ提供している.今後は脂肪酸組成と検定情報を組み合わせる事で,より具体的に疾病リスクを評価する手法も検討する予定である.

略歴:
2008年3月 :大阪府立大学農学部獣医学科卒業
2008年4月~:兵庫県姫路家畜保健衛生所
2011年4月~:兵庫県畜産技術センター 豚の飼養試験を担当
2014年4月~:兵庫県淡路農業技術センター 乳牛の試験研究を担当