11:15 〜 11:30
[S13-02] 福島県いわき地方を対象としたS波スプリッティング解析(続報)
地震発生において流体の存在は看過できない要素の一つで、その移動経路や賦存域の解明は、防災・減災の観点のみならず、高レベル放射性廃棄物の地層処分におけるサイト選定などに重要な知見をもたらす。原子力機構では、令和元年度よりS波スプリッティング解析を実施し、地殻内流体をとらえるための手法開発に取り組んでいる。例えば、渡部ほか(2021)は、平成23年東北地方太平洋沖地震(以下、東北地震)の発生後に地震活動が活発となった福島県浜通りから茨城県北部の地域を対象に同解析を実施し、速いS波の振動方向(φ)が東北日本弧に対して概ね平行な方向に並ぶこと、東北地震前後でそれらの方向に変化がないことなどを確認した。また、福島県浜通りの地震後に異常な湧水が確認された温泉近傍(Sato et al., 2020)の観測点で、速いS波と遅いS波の到達時間差(dt)が相対的に大きくなることを明らかにした。本研究では、渡部ほか(2021)で対象とした領域のdtの時間変化が期待されることから、2018年末までのデータを追加し再解析を行った。その結果、φの地域差やdtの時空間変化が明らかとなり、断層や構造線に沿って深部から浅部へと伝搬する地殻内流体を示唆する結果を得ることができた。
本研究では、2004年4月9日から2018年12月30日までに30 km以浅で発生したM1.0~3.4の16437イベントの地震波形を用いて解析を行った。利用した観測点は、福島・茨城・栃木県に位置する防災科学技術研究所、気象庁、東北大学が運営する21観測点である。解析には、Silver and Chan(1991)の手法を用い、SP変換波によるS波到達時の位相擾乱回避のため、入射角が35°以内の震源と観測点の組み合わせを対象とした。そして、速いS波と遅いS波の波形の相関係数が0.9以上となる4543イベントを採用した。なお、地震波速度構造は、Nakajima and Hasegawa(2007)を利用し、hypoDD法(Waldhauser and Ellsworth, 2000)で震源の再決定を行った。
得られたφの空間分布は、沿岸部の観測点で、東北日本弧に対して概ね平行な方向が示され、東北日本の広域応力場である東-西から西北西-東南東方向とは異なる結果となった。これは、先行研究(例えば、Iidaka et al., 2014)と調和的であった。また、dtを震源距離で除した距離規格化dt(以下、ndt)の平均値の空間分布は、福島県浜通りの地震後に異常な湧水が確認された温泉近傍の観測点(IWAKMZ)で最大、付近に断層や構造線が存在する観測点で相対的に大きな値となり、顕著な空間変化が生じていることがわかった。ndtの時間変化については、直下で多くの地震が発生した7観測点で明瞭な時間変化を確認することができた。一方、N.THGH観測点ではndtの明瞭な時間変化は確認できなかったが、それらが速いndtと遅いndtのグループに分離しているような結果が得られた(図a、b)。そこで、暫定的にndtを0.005 [sec/km] で分割したところ、φの平均について、速いndtのグループはN154.1±11.6°E、遅いndtのグループはN26.8±15.6°E方向に分布することが示された(図b-d)。この観測点は、走向N10°Wで東傾斜、東側隆起の逆断層である棚倉構造線と走向N10°Eで西傾斜、西側隆起の逆断層である高萩断層(産業技術総合研究所, 2015)に挟まれた場所に位置し、速いndtのφ分布は西側の棚倉構造線の走向に近く、遅いndtのφ分布は東側の高萩断層の走向に近いことがわかった(図a)。このことから、ndtの遅速は個々の断層付近の流体の多寡(賦存量)を反映しているものと予想される。一方、hypoDD法で再決定した2002年2月から2020年3月までの震源分布は、同観測点付近で経度と深さ方向の断面を南方から見ると「y」字型の分布を示した。これらの震源は、西側の棚倉構造線側で深さ3 kmから7 kmまで、東側の高萩断層側で深さ3 kmから10 kmまで直線状に分布し、約7 kmの深さで互いに交わっている。同観測点で得られたS波スプリッティング解析の結果をこれらの断面にプロットすると、南から北へ向かうにつれてそれらの震源が深部から浅部へと移動する様子が確認できた。Umeda et al. (2015)は、この観測点付近で2013年11~12月に電磁探査を実施し、深さ20~30 kmに低比抵抗体が存在し、そこから上昇した流体が直上の地震活動を生じさせたと結論付けている。以上の結果から、低比抵抗体起源の地殻内流体が、深部まで震源が伸びる高萩断層を伝わって上昇し、深さ約7 kmの分岐点で二つの経路に分かれ、さらに浅部まで上昇したと考えられる。高萩断層側のndtが棚倉構造線側のそれよりも遅い(長い)ことは、高萩断層に相対的に多くの流体が供給されていることを示していると考えられる。
本研究には、経済産業省資源エネルギー庁委託事業「令和3年度高レベル放射性廃棄物等の地層処分に関する技術開発事業(JPJ007597)(地質環境長期安定性評価技術高度化開発)」の成果の一部を利用した。また、本研究では、防災科学技術研究所によって公開されている気象庁一元化地震データ及び連続波形データを使用した。データ収集に携わった研究機関関係者に感謝致します。
本研究では、2004年4月9日から2018年12月30日までに30 km以浅で発生したM1.0~3.4の16437イベントの地震波形を用いて解析を行った。利用した観測点は、福島・茨城・栃木県に位置する防災科学技術研究所、気象庁、東北大学が運営する21観測点である。解析には、Silver and Chan(1991)の手法を用い、SP変換波によるS波到達時の位相擾乱回避のため、入射角が35°以内の震源と観測点の組み合わせを対象とした。そして、速いS波と遅いS波の波形の相関係数が0.9以上となる4543イベントを採用した。なお、地震波速度構造は、Nakajima and Hasegawa(2007)を利用し、hypoDD法(Waldhauser and Ellsworth, 2000)で震源の再決定を行った。
得られたφの空間分布は、沿岸部の観測点で、東北日本弧に対して概ね平行な方向が示され、東北日本の広域応力場である東-西から西北西-東南東方向とは異なる結果となった。これは、先行研究(例えば、Iidaka et al., 2014)と調和的であった。また、dtを震源距離で除した距離規格化dt(以下、ndt)の平均値の空間分布は、福島県浜通りの地震後に異常な湧水が確認された温泉近傍の観測点(IWAKMZ)で最大、付近に断層や構造線が存在する観測点で相対的に大きな値となり、顕著な空間変化が生じていることがわかった。ndtの時間変化については、直下で多くの地震が発生した7観測点で明瞭な時間変化を確認することができた。一方、N.THGH観測点ではndtの明瞭な時間変化は確認できなかったが、それらが速いndtと遅いndtのグループに分離しているような結果が得られた(図a、b)。そこで、暫定的にndtを0.005 [sec/km] で分割したところ、φの平均について、速いndtのグループはN154.1±11.6°E、遅いndtのグループはN26.8±15.6°E方向に分布することが示された(図b-d)。この観測点は、走向N10°Wで東傾斜、東側隆起の逆断層である棚倉構造線と走向N10°Eで西傾斜、西側隆起の逆断層である高萩断層(産業技術総合研究所, 2015)に挟まれた場所に位置し、速いndtのφ分布は西側の棚倉構造線の走向に近く、遅いndtのφ分布は東側の高萩断層の走向に近いことがわかった(図a)。このことから、ndtの遅速は個々の断層付近の流体の多寡(賦存量)を反映しているものと予想される。一方、hypoDD法で再決定した2002年2月から2020年3月までの震源分布は、同観測点付近で経度と深さ方向の断面を南方から見ると「y」字型の分布を示した。これらの震源は、西側の棚倉構造線側で深さ3 kmから7 kmまで、東側の高萩断層側で深さ3 kmから10 kmまで直線状に分布し、約7 kmの深さで互いに交わっている。同観測点で得られたS波スプリッティング解析の結果をこれらの断面にプロットすると、南から北へ向かうにつれてそれらの震源が深部から浅部へと移動する様子が確認できた。Umeda et al. (2015)は、この観測点付近で2013年11~12月に電磁探査を実施し、深さ20~30 kmに低比抵抗体が存在し、そこから上昇した流体が直上の地震活動を生じさせたと結論付けている。以上の結果から、低比抵抗体起源の地殻内流体が、深部まで震源が伸びる高萩断層を伝わって上昇し、深さ約7 kmの分岐点で二つの経路に分かれ、さらに浅部まで上昇したと考えられる。高萩断層側のndtが棚倉構造線側のそれよりも遅い(長い)ことは、高萩断層に相対的に多くの流体が供給されていることを示していると考えられる。
本研究には、経済産業省資源エネルギー庁委託事業「令和3年度高レベル放射性廃棄物等の地層処分に関する技術開発事業(JPJ007597)(地質環境長期安定性評価技術高度化開発)」の成果の一部を利用した。また、本研究では、防災科学技術研究所によって公開されている気象庁一元化地震データ及び連続波形データを使用した。データ収集に携わった研究機関関係者に感謝致します。