日本地震学会2022年度秋季大会

講演情報

記念講演

一般セッション » S20. 受賞記念講演

[S20] PM-1

2022年10月24日(月) 13:30 〜 15:18 A会場 (1階(かでるホール))

座長:前田 拓人(弘前大学)、西村 卓也(京都大学)

14:08 〜 14:28

[S20-02] [招待講演]多角的アプローチによるスロー地震を中心とした沈み込み帯地震学研究

*矢部 優1 (1. 産業技術総合研究所 地質調査総合センター)

沈み込み帯では大小様々な普通の地震やスロー地震など多様な断層滑り現象が発生している.これらの現象の複雑な発生メカニズムの理解は,学術的に興味深い研究対象であると同時に,社会防災上も重要な研究対象である.地震研究における困難の一つは,震源全体の直接観察が難しい点である.そのため,地震動や地殻変動などの地球物理学的観測,数値モデルで地震発生を再現するシミュレーション研究,陸上に露出する過去の地震断層(陸上アナログ)の地質学的観察,限定的ながらも現世の地震断層を直接観察しようとする科学掘削など,様々なアプローチを組み合わせて震源物理や地震発生環境の解明が試みられている.著者は学生時代から現職に至るまで,東京大学大学院理学系研究科,海洋研究開発機構(JAMSTEC),産業技術総合研究所地質調査総合センター(GSJ)の3機関において,それぞれの機関の特色に合わせたアプローチで研究を行ってきた.本講演では,著者のこれまで・現在の研究活動について紹介する.

・東京大学大学院理学系研究科(大学院生)
東大では,深部スロー地震,特に低周波微動を研究対象として地震学的な研究に取り組んだ.国内外の沈み込み帯の大量の地震観測データを用いて,複数の沈み込み帯における微動サイズの空間分布を系統的に明らかにし,スロー地震の多様性を明らかにした (Yabe et al., 2014, JGR).また,震源決定や地震波エネルギー推定などの地震波形解析だけでなく, 沈み込み帯の温度構造計算(Yabe et al., 2014, EPS)や,潮汐応力との比較によるカタログ解析(Yabe et al., 2015, JGR)など,地震学の中でも多角的なアプローチを用いてスロー地震の震源物理や地震発生環境の解明を目指した.また,数値モデルを用いた断層破壊計算にも取り組んだ.スロー地震で提案されていた細かな空間スケールの摩擦不均質というアイディアを通常の地震発生断層に取り入れることで,多様な前駆的地震現象(Yabe & Ide, 2018, PEPS)や本震縁辺部での余震生成(Yabe & Ide, 2018, GRL)などを説明できることを示した.

・JAMSTEC(ポスドク)
JAMSTECでは,DONETなどの海域地震観測データを用いたスロー地震解析に取り組んだ.様々な環境(温度・圧力など)のスロー地震を統一的な解析手法・指標を用いて比較することで,スロー地震に共通の性質と発生環境に左右される特徴を抽出することを目指した.その結果,スロー地震のScaled Energyが発生環境に依存しないスロー地震共通の性質であることを明らかにした他,南海トラフでは低周波微動サイズの空間分布が巨大地震の固着域を挟んで対称的になっていることを見出すなど,スロー地震が発生環境に系統的に左右されている様子も明らかにした(Yabe et al., 2019, JGR; Yabe et al., 2021, Tectonophysics).また,地球深部探査船「ちきゅう」への乗船機会を契機に,それまで地球物理学の範囲で閉じていた自身の研究領域が地質学を含む広い領域に拡張された.岩石試料のCT画像解析や物性測定データ解析により,現世のスロー地震断層の変形挙動(Kimura et al., 2022, G-cubed)や付加体形成に伴う岩石圧密過程(Yabe et al., 2022, JGR)について検討を進めた.

・GSJ(現職)
GSJは西南日本において歪観測網を展開している.歪は地殻変動から地震動に至るまでの広帯域観測データとして有効である.地殻変動データとしてはGNSSよりも小さな地殻変動に感度があり,スロー地震の広帯域な振る舞いを詳細に明らかにできるのではないかと考えている.また地震動データとしては,モーメントテンソルの推定精度向上に資するのではと期待している.また,地質調査のナショナルセンターであるGSJの一員として,スロー地震の陸上アナログ研究にも取り組み始めている.四万十帯のスロー地震陸上アナログにおいて,スロー地震震源域やその周囲のプレート境界周辺における変形や流体の関与を系統的に明らかにしていきたいと考えている.他に,地質データを統計的なモデルを用いてクラスタリングすることで,定量的な地質図作成を目指した研究も進めている(Yabe et al., 2022, EPS).沈み込み帯地震学とは別に,GSJ在籍中に始まったコロナ禍を契機として,地震計を用いた人間活動モニタリング研究にも着手した.コロナ禍開始当初の人間活動低下に伴ってMeSO-netで生じた地震計ノイズ低下(Yabe et al., 2020, EPS)を明らかにした他,サッカースタジアムでサポーターがジャンプすることにより励起された振動を用いて都市環境下の地下構造を推定できる可能性を示している(Yabe et al., 2022, EPS).