[S01P-07] 小空間スケールにおける散乱減衰構造の推定に向けた解析法の検討
―導入―
地熱発電には高温の流体を含む亀裂の集合体である地熱貯留層の探査が必要である.地震波散乱波の解析による亀裂を含む不均質構造の推定は,低コストで実施可能な探査法として期待できる.これまでの散乱波解析は大きな空間スケールで行われた例が殆どであり(Hoshiba et al., 1993; Carcole and Sato, 2010),地熱貯留層の探査に応用するためには同手法の小空間領域に対する適用可能性について慎重に検討する必要がある.そこで,本研究では解析法の改良を試みるため,火山地帯で発生した微小地震観測記録を用いて検証を行った.
―手法―
地震波の振幅は,散乱現象に起因する散乱減衰と媒質によるエネルギー吸収に起因する内部減衰によって時間的に減衰する.地震波形から不均質構造による散乱の効果を抽出するためには,全減衰から散乱減衰のみを分離する必要がある.本研究では,散乱減衰と内部減衰を分離推定する手法として,Multiple Lapse Time Window 法(以下MLTW法; Fehler et al., 1992)を採用した.この方法では地震波の直達波からの経過時間によって内部減衰と散乱減衰の影響が互いに異なることを踏まえ,観測された地震波形記録を,直達波を含む部分と後続波を含む部分,およびその中間部分の3つのタイムウィンドウに分割して各ウィンドウの平均エネルギーを観測量とする.観測値と理論値とを各ウィンドウで同時に比較することで,散乱減衰と内部減衰とを分離推定することができる.我々は理論モデルとして,輻射伝達理論に基づく近似解析解(Paasschens, 1997)を用いた.
広い領域を解析対象とする場合,震源距離が長く規模の大きい地震は振幅が減衰するまでに数十秒かかることから,Hoshiba et al. (1993)が震源距離120 km以下の地震に対して用いた15 秒のウィンドウ幅が適用されることが多い.本解析で扱う震源距離が20 km以下と短く規模も小さい波形データは,5秒から15秒程度でノイズレベルに減衰してしまうため,より短い窓幅を適切に設ける必要がある.今回は1.0秒,1.5秒,2.0秒,3.0秒,4.0秒の5種類の窓幅を検討した.
―データ―
解析には,神奈川県温泉地学研究所によって観測された箱根火山周辺の微小地震を利用した.同地域では2015年の4月下旬から11月にかけて特に活発な地震活動が観測されており,期間内のマグニチュード-1.7から3.4の微小地震,計4373イベントを用いた.震源はYukutake et al. (2017)によって高精度再決定されている.イベントは全てが箱根カルデラの内部に位置しており,深さは約5 km以浅である.使用した15点の観測点はカルデラ内外に広く分布しており,サンプリング周波数は100 Hzまたは200 Hzである.これらのデータの震源距離は約1 km-20 kmであった.解析には,2 Hz-4 Hz, 4 Hz-8 Hz, 8 Hz-16 Hz, 16 Hz-32 Hzのフィルターをかけた3成分速度波形の2乗合成エンベロープを用いた.全波形データから解析窓内で複数のイベントが重複している記録を目視で除外した上で,SN比が2以上であるデータのみを抽出した.
―結果と考察―
既往研究では,解析から得られる震源距離とエネルギーの関係において,直達波を含む第一ウィンドウだけが他のウィンドウに比べて大きなエネルギーを持つとともに,第二・第三ウィンドウとは距離に対する異なる変化が見られた.二つの減衰がよく分離できている場合,内部減衰が第一ウィンドウのみに,散乱減衰が全ウィンドウに影響を及ぼすことからこのような振る舞いを見せる.本研究の解析結果では,震源距離の変化に対して第二・第三ウィンドウのエネルギーは既往研究と同様の傾向を示した.その一方で,第一ウィンドウも第二・第三ウィンドウとよく似た分布を示し,解析窓による明瞭な違いは見られなかった.また,周波数による大きな傾向の違いは見られなかったが,2 Hz-4 Hzの低周波数帯域では,第一ウィンドウの距離に対する変化が他のウィンドウと僅かに違う様子が確認された.5種類のウィンドウ幅を検討したが,傾向の違いは明瞭ではなかった.この結果から,解析ウィンドウを短くしただけでは散乱減衰と内部減衰の効果を十分に分離しきれていないことが示唆された.
一方,この解析を通じて特定の震源距離にエネルギーの大きい特徴的なデータが見出された.これは特定の領域にある震源群から放射された地震波が局所的な減衰構造の異常から受けた影響を反映している可能性を示唆しており,MLTW法が地震波エンベロープの時空間的特徴を検出する手法となり得ると考える.減衰の分離性能や減衰パラメータの空間割り当てに関して更なる検討を重ねていく必要があるが,地熱貯留層探査に対する散乱波解析の有効性が見込まれる結果となった.
謝辞: 神奈川県温泉地学研究所よりデータのご提供を頂きました.感謝申し上げます.
地熱発電には高温の流体を含む亀裂の集合体である地熱貯留層の探査が必要である.地震波散乱波の解析による亀裂を含む不均質構造の推定は,低コストで実施可能な探査法として期待できる.これまでの散乱波解析は大きな空間スケールで行われた例が殆どであり(Hoshiba et al., 1993; Carcole and Sato, 2010),地熱貯留層の探査に応用するためには同手法の小空間領域に対する適用可能性について慎重に検討する必要がある.そこで,本研究では解析法の改良を試みるため,火山地帯で発生した微小地震観測記録を用いて検証を行った.
―手法―
地震波の振幅は,散乱現象に起因する散乱減衰と媒質によるエネルギー吸収に起因する内部減衰によって時間的に減衰する.地震波形から不均質構造による散乱の効果を抽出するためには,全減衰から散乱減衰のみを分離する必要がある.本研究では,散乱減衰と内部減衰を分離推定する手法として,Multiple Lapse Time Window 法(以下MLTW法; Fehler et al., 1992)を採用した.この方法では地震波の直達波からの経過時間によって内部減衰と散乱減衰の影響が互いに異なることを踏まえ,観測された地震波形記録を,直達波を含む部分と後続波を含む部分,およびその中間部分の3つのタイムウィンドウに分割して各ウィンドウの平均エネルギーを観測量とする.観測値と理論値とを各ウィンドウで同時に比較することで,散乱減衰と内部減衰とを分離推定することができる.我々は理論モデルとして,輻射伝達理論に基づく近似解析解(Paasschens, 1997)を用いた.
広い領域を解析対象とする場合,震源距離が長く規模の大きい地震は振幅が減衰するまでに数十秒かかることから,Hoshiba et al. (1993)が震源距離120 km以下の地震に対して用いた15 秒のウィンドウ幅が適用されることが多い.本解析で扱う震源距離が20 km以下と短く規模も小さい波形データは,5秒から15秒程度でノイズレベルに減衰してしまうため,より短い窓幅を適切に設ける必要がある.今回は1.0秒,1.5秒,2.0秒,3.0秒,4.0秒の5種類の窓幅を検討した.
―データ―
解析には,神奈川県温泉地学研究所によって観測された箱根火山周辺の微小地震を利用した.同地域では2015年の4月下旬から11月にかけて特に活発な地震活動が観測されており,期間内のマグニチュード-1.7から3.4の微小地震,計4373イベントを用いた.震源はYukutake et al. (2017)によって高精度再決定されている.イベントは全てが箱根カルデラの内部に位置しており,深さは約5 km以浅である.使用した15点の観測点はカルデラ内外に広く分布しており,サンプリング周波数は100 Hzまたは200 Hzである.これらのデータの震源距離は約1 km-20 kmであった.解析には,2 Hz-4 Hz, 4 Hz-8 Hz, 8 Hz-16 Hz, 16 Hz-32 Hzのフィルターをかけた3成分速度波形の2乗合成エンベロープを用いた.全波形データから解析窓内で複数のイベントが重複している記録を目視で除外した上で,SN比が2以上であるデータのみを抽出した.
―結果と考察―
既往研究では,解析から得られる震源距離とエネルギーの関係において,直達波を含む第一ウィンドウだけが他のウィンドウに比べて大きなエネルギーを持つとともに,第二・第三ウィンドウとは距離に対する異なる変化が見られた.二つの減衰がよく分離できている場合,内部減衰が第一ウィンドウのみに,散乱減衰が全ウィンドウに影響を及ぼすことからこのような振る舞いを見せる.本研究の解析結果では,震源距離の変化に対して第二・第三ウィンドウのエネルギーは既往研究と同様の傾向を示した.その一方で,第一ウィンドウも第二・第三ウィンドウとよく似た分布を示し,解析窓による明瞭な違いは見られなかった.また,周波数による大きな傾向の違いは見られなかったが,2 Hz-4 Hzの低周波数帯域では,第一ウィンドウの距離に対する変化が他のウィンドウと僅かに違う様子が確認された.5種類のウィンドウ幅を検討したが,傾向の違いは明瞭ではなかった.この結果から,解析ウィンドウを短くしただけでは散乱減衰と内部減衰の効果を十分に分離しきれていないことが示唆された.
一方,この解析を通じて特定の震源距離にエネルギーの大きい特徴的なデータが見出された.これは特定の領域にある震源群から放射された地震波が局所的な減衰構造の異常から受けた影響を反映している可能性を示唆しており,MLTW法が地震波エンベロープの時空間的特徴を検出する手法となり得ると考える.減衰の分離性能や減衰パラメータの空間割り当てに関して更なる検討を重ねていく必要があるが,地熱貯留層探査に対する散乱波解析の有効性が見込まれる結果となった.
謝辞: 神奈川県温泉地学研究所よりデータのご提供を頂きました.感謝申し上げます.