日本地震学会2023年度秋季大会

講演情報

C会場

一般セッション » S17. 津波

[S17] AM-2

2023年11月1日(水) 11:00 〜 12:00 C会場 (F202)

座長:三反畑 修(東京大学地震研究所)、王 宇晨(海洋研究開発機構)

11:45 〜 12:00

[S17-08] アジョイント方程式に基づく津波波動場推定の数値実験

*前田 拓人1 (1. 弘前大学大学院理工学研究科)

稠密な観測網の記録から強い揺れや津波を即座に推定し,対象とする地点において波の到達前にそれを予測する即時技術手法の1つとして,震源や波源のイベント発生時にこだわらず,任意時点における波動場の状態を直接推定するデータ同化に基づく手法をこれまで開発してきた.特に近年我々は,支配方程式に従う予測波形と観測波形の有限時間区間における2乗残差からなる目的関数を最小化する条件から,支配方程式に対するアジョイント方程式を導出し,その時間反転解が,時間区間の初期状態の推定値を更新するための目的関数の勾配になることを明らかにしてきた.本研究ではこの波動場推定法を津波即時予測問題に適用すべく,東北地方を模した現実的な海底地形モデルにおける数値実験を行った.

数値モデルは東北日本太平洋沖の東西700 km・南北1200 kmの領域を仮定し,海底地形モデルとしてはGlobal tsunami Terrain Modelをカーテシアン座標系に投影した上で1 km間隔に再サンプリングしたものを用いた.まず,北北東方向の長軸に200 km,それに直交する方向に100 kmの特徴的空間スケールを持つcos関数型の初期水位を仮定し,線形長波津波モデルを空間グリッド間隔1 km,時間ステップ 1 sの差分法で解くことでS-net観測点を模した位置における模擬津波記録を作成した.この空間離散的な記録のみを用いて,アジョイント方程式による方法で津波波動場の推定を行った.アジョイント方程式による推定では,まず何らかの初期状態をもとに実時空間における津波の予測を数値シミュレーションにより行う.次に,観測点から観測波形と予測波形の残差を放射させつつ時間を逆方向に解き,波動場状態を推定したい時刻におけるアジョイント方程式の解から,実時空間における波動場を更新する.必要に応じて再び実時空間における予測とアジョイント方程式による波動場更新のイタレーション計算を行う.

アジョイント方程式の解からモデル状態を逐次的に推定する際には,モデル状態更新の大きさの適切な選定が必要である.更新が少なすぎると収束まで時間がかかり即時予測の目的には適さず,一方で大きすぎる場合には数値的な発散を起こし,モデル推定そのものが破綻する事例が多数観測された.そこで本研究では,可変刻み法の一種であるArmijoのルールを採用し,更新後の目的関数が更新前よりも必ず小さくなることの要請から,モデル状態更新の大きさを支配するパラメタを動的に変更する方針を採用した.実際には,シミュレーションのサイズ,グリッド間隔,目的関数に用いる観測記録の時間長などにより,モデル状態更新の大きさはほぼ一定値に収束することが観察された.

まずは津波発生の瞬間から一定時間長の記録を用いて,通常の津波インバージョンのように初期水位の推定を試みた.グリーン関数を使わず,かつ拘束条件なしにすべての数値グリッドを推定するという極端な劣決定状態であるにもかかわらず,解析時間窓長300秒以上において,Variance Reduction(VR)の値が99%を超える,ほぼ完全な初期水位分布が再現された.ただし,観測点グリッドからそのまま残差波形を放射する場合には最大1000回程度のイタレーションが必要であった.しかし,数値実験によると多数回のイタレーションは主として波動場の短波長成分を減衰させていく効果を持つことが確認できたため,観測点から輻射する残差波形自体に5x5グリッドの平滑化を実施したところ,収束までのイタレーション数を1/10以下と劇的に減らすことができた.

一方,本手法は原理的には任意の時刻の波動場が推定できるはずであるにもかかわらず,津波発生から500秒〜1000秒の状態を直接推定することは叶わず,真の波動場に類似はしているものの,曲がりくねった形状をもつ偽の波動場に収束してしまった.それでもVR値は90%を超えてしまうため,有限の記録を真の解に近いくらい良く説明ができるような局所解に落ち込んでしまったものと考えられる.すなわち,適切な波動場推定を行うためには,その真の解にある程度近い適切な初期状態から始めるか,あるいは局所最小を乗り越える高度な推定アルゴリズムを用いるかのどちらかが必要となることが示唆される.

そこで本研究では,これまでの予備的な検討を踏まえ,アジョイント方程式による推定を1度行うたびに,推定対象とする時刻と利用する観測時間窓をそれぞれ1時間ステップ未来に平行移動する,という方法を採用した.これは,各時間ステップにおける波動場状態の推定の初期値として,それまでに推定された状態からの予測値を用いるということでもある.推定すべき波動場の状態は時々刻々と変化していくことになるが,その変化よりも素早く状態の推定がなされ,実時間にして数分の経過時間のうちに同化されたモデル波動場の状態が真の波動場に追随するようになり,津波発生から一定時間後の状態もほぼ完璧に再現することに成功した.逐次的なモニタリングに適しているという波動場推定の有用性は維持しつつ,有限の時間幅の記録をもってより適切な波動場の推定ができる本手法は,津波の現況モニタリングならびに即時予測の手法の一つとして有効に用いることができると期待される.