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[S21-10] HypoNet Nankai:物理情報深層学習を用いた南海トラフ域での高速震源決定ツール
巨大地震の発生が予測されている南海トラフ域において正確な震源決定解析を行うことは、ハザード予測と地震現象の科学的理解向上の双方の観点において重要である。震源決定の精度向上において重要となるのは、震源から地表の観測点までの走時を正確に計算することである。震源決定のための走時計算には1次元構造などの単純な速度構造モデルを用いた手法が広く用いられてきた。しかし、沈み込み帯のように地下構造が複雑な空間変化を持つと考えられる領域では、より現実的な3次元速度構造を組み込むことは、震源決定精度に大きな影響を与えると考えられる。南海トラフ地域では、3次元速度構造モデルの確立に向けた研究が進展している(例えばNakanishi+2018)。多数公開されているグリッドベースの有限差分的数値計算のプログラムを用いることで、そのようなモデルをベースとした走時の3次元計算も可能である。しかしそのような状況でも多くの研究で単純な構造に基づく震源決定が行われていることは、走時の3次元計算に必要な実用上の計算コストと労力は依然として大きいということを示唆する。3次元速度構造モデルの震源決定への適用を進めるには、このような計算コスト・労力を伴わない、使いやすい震源決定ツールの公開が効果的であると考えられる。従来から知られている手法の中では、事前に計算して保存した走時表を使うというアプローチが候補となる。しかし、この方法には、精度を確保するために仮想的震源を高密度の格子上に用意する必要がありデータ量が大きくなりがちであることや、観測点が追加されると追加の計算による走時表の更新が必要になるという欠点がある。一方、深層学習などの機械学習モデルは、入力と出力の間の非線形関係を代理する軽量なモデルを生成する、より現代的なアプローチを提供する。物理情報ニューラルネットワーク(physics-informed neural networks、PINN、Raissi+2019)は、偏微分方程式で記述された物理法則を学習に組み込むことができ、ラベル付きの学習用データがなくても、走時を高速に計算(推論)する深層学習モデルの構築を可能にする。そこで本研究では、南海トラフ域の3次元速度構造モデルに対して学習させたPINNに基づく、3次元速度構造ベースの高速震源決定ツール「HypoNet Nankai」を開発した。HypoNet Nankaiで用いられるPINNは、速度構造モデルの解析対象領域内の任意の震源と受振点の組み合わせの多数のサンプルに対し、走時を決める偏微分方程式であるアイコナル方程式の残差が小さくなるように学習されている(Smith+2021、Waheed+2021)。アイコナル方程式における伝播速度は、海域地震探査データに重きを置いて構築された3次元 P波速度構造モデル(Nakanishi+2018)から与えられる。学習済みPINNは、震源決定に必要な任意の震源と地表の観測点間の走時を高速に計算(推論)することが可能となる。震源決定のアルゴリズムには、最大事後確率推定とラプラス(ガウス)近似による不確実定量化に基づく手法(Hirata+1987)を用いた。学習済みPINNとそれを搭載したHypoNet Nankaiの精度を検証するために、グリッドベースの数値計算手法との比較による2つの検証テストを実施した。その結果、ランダムに設定した震源に対する地球表面の走時関数において良好な一致が見られ、震源決定においては推定誤差の範囲内で整合的な推定位置が得られた。100以上の観測点における初動走時データを用いた一つの震源決定において、HypoNet Nankaiが要した時間は平均5秒未満であった。HypoNet Nankaiが、南海トラフ域の主に海域における震源決定を行うための、グリッドベースの3次元走時計算や1次元速度構造に基づく従来法に対する有望な代替ツールとなることを確認した。現在、HypoNet Nankaiの一般公開サーバーへのアップロードの準備を進めている。さらに、室戸沖での自動地震検知・震源決定システム(馬場ら、本大会)への組み込みを目標に、S波速度構造も対象とした震源決定ツールの拡張を進めている。発表当日はこれらの最新の結果についても紹介する予定である。