The 56th meeting of the Japanese association of educational psychology

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越境の説明をはぐくむ大学教育のための心理学

Fri. Nov 7, 2014 1:30 PM - 3:30 PM 401 (4階)

[JB03] 越境の説明をはぐくむ大学教育のための心理学

富田英司1, 田島充士2, 鈴木宏昭3, 清河幸子4, 犬塚美輪5, 溝上慎一6 (1.愛媛大学, 2.東京外国語大学, 3.青山学院大学, 4.名古屋大学, 5.大正大学, 6.京都大学)

Keywords:越境の説明, 大学教育, 高次リテラシー

【企画趣旨】
本企画のタイトルにある「越境の説明」とは,互いに文脈を共有しない人間の間でおこなわれる言語を中心とした相互理解のプロセスである. 自分の意図や発想が容易に他者に伝わりうる快適な領域から一歩出て,その領域外の他者へと越境していく説明の能力は,いまの社会で最も重要な能力の1つとなっている.
私たちが国内で感じている以上に,グローバル化は進展しており,国内の多くの大学においてもこの数年の間に国際的な教育研究プログラムが急速に立ち上がっている.また,一般的にはグローバル化に対して保守的であると考えられてきた日本国内の雇用においても,小売りや生産,観光,教育などの分野で国際人材が大規模に登用される時代となっている.いまや越境の説明が射程とする能力の育成は,現代の大学教育にとって避けることのできない喫緊の課題になっている.
まさに現代の大学教育のあり方を考える上で重要な概念である越境の説明を副題に冠し,本シンポジウムの企画者らを編者として,『大学教育:越境の説明を育む心理学』(富田英司・田島充士編著,ナカニシヤ出版)が平成26年3月に出版された.本書は越境の説明を軸として,大学内の様々な学びの側面から,大学生の越境的説明を支援するための手だてを紹介している.本書が越境の説明と並ぶもう1つの柱としているのが,理論と実践の深いレベルで結びつけ,教育改善自体が科学的研究であるような大学教育の提案である.そのようなねらいを実現するため,本書は実証データや理論に基づいて教育実践とその改善に取り組む研究者陣によって執筆されている.
本企画では,本書の編者である企画者によって,まず「越境の説明」という鍵概念の概要とその学問的・社会的背景が説明される.その後,大学教育におけるライティングおよびリーディング教育について,本書の当該のチャプターの筆者が紹介し,指定討論者を中心にこれらのテーマについて議論を深めることとしたい.

【話題提供】
「大学教育における教育心理学者の役割」
富田英司(愛媛大学)
教育心理学という学問領域は,大学教育において潜在的に大きな役割を持っている.教育改善の基盤となるエビデンスの収集と分析のための方法,授業設計と改善を支える学習者理解や教授ストラテジーに関する膨大な知見の集積など,教育心理学には,現在の大学が求める知識と技術が詰まっている.教育心理学者が多く奉職する教育学部等の特定の部局を超えて,この専門性を大学教育全体にアピールしようとする試みが『大学教育:越境の説明を育む心理学』で展開されている.
教育心理学の専門性を実践ニーズに応える形にするには,(a)実践領域ごとに何がどこまで分かっているか先行研究の知的集積を明らかにすること,(b)有力な教育的介入に関する詳しい手続きとその結果を示すこと,(c)すぐれた実践の背後にある原則や要因に関する仮説を明確にすること,の3要素が重要である.本書はそのようなニーズを満たす,大学教育研究における初めての専門書として世に出されたものである.
まだ本書は大学教育が担う領域のほんの一部しか扱っていない.今後,本書と同様の試みをさらに拡張し,研究と教育が真の意味で表裏を成すような組織としての大学の実現に貢献することが期待される.
「越境の説明とはなにか」

田島充士(東京外国語大学)
「説明」とは,相手が知らない情報を伝える行為という,我々の言語行為の本質的役割を広くカバーする概念である.しかし同じ活動文脈を共有する者同士と,異なる文脈を背景とする者同士との間の説明行為では,その言語構成に大きな違いが生じることが知られている.前者の説明では,相手と共有すると期待できる知識に関する情報はカットされ,きわめてシンプルな言語構成によっても情報伝達は成立し得る.一方,後者の説明では,そのような共有知識への期待が希薄であるため,話し手が表現しようとする意志の多くを言語により構成しなければ,情報伝達は困難となる.発表者はヴィゴツキー理論の観点から,前者を「域内の説明」,後者を「越境の説明」と名づけ,高等教育機関においては,前者の説明を介して得られる学習者の言語認識を基盤とした上で,最終的には彼らが,様々な活動文脈を背景とする人々との交流を志向する,後者の説明を行えるようになるための支援がなされるべきだと考えている.本発表では,この越境の説明に関する理論的観点について紹介し,現代社会に生きる青年を支援する大学教育の役割について論じる.

「越境の説明をはぐくむライティング教育」
鈴木宏昭(青山学院大学)
大学でのレポートライティングにおいては,様々越境が求められる.過去,未来の自己への越境,親しい他者への越境,一般的な他者への越境,そして当該分野の歴史的な蓄積への越境が必要となる.このような現在の自己から外のより広い世界への越境を遠心的越境と呼びたい.しかし別のタイプの越境も同時に必要になる.それは求心的越境と呼べるだろう.この越境は過去,未来の自己,親しい他者,一般的な他者,当該分野の歴史との対話から,現在の自己を捉え直す越境である.つまりライティングにおいては,遠心的越境による視野,知見の拡大とともに,求心的越境よる自己の境界の絶えざる作り直しが行われねばならない.
こうした2つの越境が大学でのライティング教育に対して示唆するものは,他者との対話および自己という境界の構築・再構築である.幸いなことに他者との対話をベースにした教育については,教育心理学,教育工学,また近年急速な展開を見せる学習科学がもたらしてきた知見が活用できよう.一方,自己の構築・再構築についての知見はさほど多くはない.本報告では,対話を通した初期の気づきを洗練させ,定式化するための枠組みを提案する.

「相互説明を用いた大学における読みの指導:越境の説明を手がかりとして」
清河幸子(名古屋大学)・犬塚美輪(大正大学)
大学教育において専門的な知識を獲得する上で,文章を読みこなすスキルを身につけることは必要不可欠である.しかし,こうしたスキルの指導が中等教育までの間に,十分に行なわれているとは言いがたい.そのため,大学教育においては,論理的文章を読むための基礎的スキルの教授から専門的な論文を批判的に読みこなすスキルの教授まで,幅広く読むことに関する指導が必要となる.このとき,読解方略を明示的に指導することに加えて,「どのように読むのか」,あるいは「何のために読むのか」といった読みの文脈設定が重要だと考えられる.読みの活動を個人で行なう場合にも,実際には「書き手から読み手へ」という方向の越境性が関わっている.しかし,「一人で読む」という文脈設定では,この越境性が十分に意識されにくく,その結果,読解が不十分となってしまうことも少なくない.そこで,我々は,「書き手から読み手へ」という方向の越境に加えて,「読み手から別の他者へ」という新たな越境性を考慮した協同的な文脈を設定することが有効であると主張したい.シンポジウムでは,協同読解における他者への越境の有効性を示し,具体的な指導枠組みとして「相互説明」を提案する.また,この相互説明を用いた大学における実践例を紹介する.