[JB09] 青年期におけるアイデンティティとコミュニケーション
青年心理学の新展開(5)
キーワード:青年期, アイデンティティ, コミュニケーション
企画趣旨
Eriksonの漸成発達理論によれば,青年期の発達主題は,アイデンティティの確立であり,青年期は,アイデンティティを確立するために,模索し,役割実験を行うモラトリアム期であるとされている。Erikson(1959, 西平・中島訳 2011)は,アイデンティティの感覚を,「内的な不変性と連続性を維持する各個人の能力(心理学的意味での個人の自我)が,他者に対する自己の意味の不変性と連続性に合致する経験から生まれた自信」と定義している。この定義からも明らかなように,アイデンティティの確立には,内的な不変性と連続性を維持する個人の自我の発達・確立だけではなく,その個人の不変性・連続性を認める重要な他者の存在や重要な他者との関係性も重要である。現在のアイデンティティ研究では,学習やキャリア,基本的信頼感,時間的展望など,自己に関する特性(変数)との関連を検討しているものが多くみられている。他者との関係性の観点から,青年のアイデンティティ形成について検討しているものも散見されるが,アイデンティティ形成に他者の存在や他者との関係性がどのように影響を及ぼしているのか,また,アイデンティティが形成・確立されることにより,他者との関係性はどのように変化していくかなどについては,まだ十分な検討が行われていない。
そこで,本シンポジウムでは,青年期のアイデンティティ形成において,他者との関係がどのように関わっているのかについて,コミュニケーションの観点から,検討し,議論を深めていきたい。
話題提供 青年のコミュニケーションに対する自信はアイデンティティのどの側面と関わるのか: 畑野 快
グローバル化や社会構造の流動化による人々の価値規範が多様化するに伴い,他者と円滑にコミュニケーションを行うことの重要性は増々高まっている(経済産業省, 2006)。文部科学省(2008)が学士課程教育の質として「学士力」を提示し,その中の一つにコミュニケーション・スキルが含まれていることから,このことは大学生(青年)にとっても重要な問題であるといえる。
コミュニケーションは他者の意図を理解すること,他者に意図を伝えること.自らの意図と他者との意図を調整することからなるとされている(Blummer, 1969; 藤本・大坊, 2007; 堀毛, 1993)。それぞれの側面は,スキルや能力,自信として捉えられてきた。そして,コミュニケーション能力やスキルは教育目標として掲げられ,あたかも容易に獲得可能なものとして扱われがちである。ただし,コミュニケーションを効果的に行うための能力や自信は,自己やアイデンティティと深く関わっており(Blummer, 1969),その獲得を支援する方策は慎重に議論するべきと考えられる。
しかしながら,コミュニケーションの諸側面と自己,アイデンティティとの関連について実証的検討はなされておらず,両者の関係については理論的に関連が予測されるに留まっているという限界がある。また,谷(2008)はアイデンティティを幼少期から形成される中核的同一性,青年期に形成されるべき心理社会的自己同一性の2側面から捉えている。谷(2008)を踏まえて,アイデンティティを捉え,コミュニケーションとの関連を検討することは,その支援の方策を模索する上で意義のある知見を提示しうると考えられる。
以上の問題意識から本話題提供では,中核的同一性,心理社会的自己同一性の2側面からアイデンティティを捉えた上で(谷, 2008),コミュニケーションへの自信と両者の関連を実証的に検討し,得られた知見からコミュニケーションに対する自信をサポートする方策について議論できればと考えている。
話題提供 親子間コミュニケーションとアイデンティティ:高橋 彩
アイデンティティ形成は自分と自分を取り巻く文脈との間で絶えず相互調節されるプロセスと考えられている(Bosma & Kunnen,2001)。青年は,自己の欲求や関心と,自分に向けられる他者の意見や期待とを絶えず相互調整しながら,アイデンティティを探求していく(杉村,2001)。アイデンティティの主要な領域である進路・職業選択において,青年は単に自分の能力や関心をもとに決めるわけではなく,重要な他者である親の意見や期待に気づき,自己に取り込みながら探求していく。そして,そのプロセスは,青年と親との間のコミュニケーションに表出されると考えられる。
親子間のコミュニケーションの特徴とアイデンティティ探求,自我発達,自尊感情との関連を検討した研究から,その特徴として他者からの分離,独自性と,他者との結びつき,結合性の両方が重要であることが示唆されている。具体的には,親子間で,他者の考えや感情を尊重し,承認や同意を示す会話中で,自己の考えを示し,他者との不一致を議論することは,青年の高い自我発達や自尊心,アイデンティティ探求と関連した(Allen,Hauser,Bell, & O’Connor, 1994; Cooper & Grotevant, 1987)。
これらの研究をもとに,高橋(2008)は,進路選択における親子間コミュニケーション尺度を作成し,親と青年のコミュニケーションの特徴と青年のアイデンティティとの関連を検討した。親の示す結合性が青年のアイデンティティ達成と関連すること,逆に青年が親との話し合いを避けることは,アイデンティティ達成得点の低さと関連することが明らかになった。
本話題提供では,主にこの質問紙を用いた調査結果を紹介し,進路をめぐる親子間のやり取りから,アイデンティティ形成をとらえる方法について,青年のアイデンティティに及ぼす父親と母親の影響の違いも含めて議論したい。
話題提供 疲労感から青年期の恋愛関係を読み解く:髙坂康雅
青年期に入ると,人は異性に対して関心をもち,親密な関係(恋愛関係)になろうとする。しかし,青年の多くが恋愛関係をもとうとするが,実際に恋愛関係を築ける者は少なく,また,せっかく築いた恋愛関係も,失恋という形で終結を迎えることが多いとされている(宮下・臼井・内藤, 1991)。
青年期の恋愛が安定せず,失恋に至りやすいのは,青年がアイデンティティ形成の途上にあり,自身の活動に必要なエネルギーを自分で安定供給できないためである。このような状態にある青年の恋愛関係を,大野(1995)は,「アイデンティティのための恋愛」として概念化し, 5つの特徴をあげている。
アイデンティティが未確立な青年期の恋愛関係において,青年は,不足しているエネルギーを恋人から得ることで,なんとかアイデンティティ形成に向けた活動を行うことができている。しかし,エネルギーを奪われた恋人も同じ青年である場合,恋人もエネルギーが不足しており,さらに相手からエネルギーを奪われることにより,恋愛関係を継続することが困難なほどのエネルギーが枯渇した状態になると考えられる。
発表者(髙坂, 2013)は,このような恋愛関係における恋人とのエネルギーの奪い合いによって起こるエネルギーの不均衡による枯渇の感覚を,恋愛関係における疲労感として捉え,検討を行っている。その結果,交際経験のある大学生の約70%が,恋愛関係における疲労感を感じている(感じていた)ことを明らかにしている。また,疲労感の要因としては,「相手からの束縛」,「価値観の相違」,「相手からの関わりの低さ」など8カテゴリーに分けられることも示している。
本話題提供では,恋愛関係における疲労感に関するカップル調査の結果を報告するとともに,青年期の恋愛関係はエネルギーの奪い合いであるという捉え方について,議論を行うことで,青年期におけるアイデンティティ形成と恋愛関係の関連性について,理解を深めることを目指したい。
付記:本自主企画シンポジウムには,日本青年心理学会研究委員会の後援をいただいた。
Eriksonの漸成発達理論によれば,青年期の発達主題は,アイデンティティの確立であり,青年期は,アイデンティティを確立するために,模索し,役割実験を行うモラトリアム期であるとされている。Erikson(1959, 西平・中島訳 2011)は,アイデンティティの感覚を,「内的な不変性と連続性を維持する各個人の能力(心理学的意味での個人の自我)が,他者に対する自己の意味の不変性と連続性に合致する経験から生まれた自信」と定義している。この定義からも明らかなように,アイデンティティの確立には,内的な不変性と連続性を維持する個人の自我の発達・確立だけではなく,その個人の不変性・連続性を認める重要な他者の存在や重要な他者との関係性も重要である。現在のアイデンティティ研究では,学習やキャリア,基本的信頼感,時間的展望など,自己に関する特性(変数)との関連を検討しているものが多くみられている。他者との関係性の観点から,青年のアイデンティティ形成について検討しているものも散見されるが,アイデンティティ形成に他者の存在や他者との関係性がどのように影響を及ぼしているのか,また,アイデンティティが形成・確立されることにより,他者との関係性はどのように変化していくかなどについては,まだ十分な検討が行われていない。
そこで,本シンポジウムでは,青年期のアイデンティティ形成において,他者との関係がどのように関わっているのかについて,コミュニケーションの観点から,検討し,議論を深めていきたい。
話題提供 青年のコミュニケーションに対する自信はアイデンティティのどの側面と関わるのか: 畑野 快
グローバル化や社会構造の流動化による人々の価値規範が多様化するに伴い,他者と円滑にコミュニケーションを行うことの重要性は増々高まっている(経済産業省, 2006)。文部科学省(2008)が学士課程教育の質として「学士力」を提示し,その中の一つにコミュニケーション・スキルが含まれていることから,このことは大学生(青年)にとっても重要な問題であるといえる。
コミュニケーションは他者の意図を理解すること,他者に意図を伝えること.自らの意図と他者との意図を調整することからなるとされている(Blummer, 1969; 藤本・大坊, 2007; 堀毛, 1993)。それぞれの側面は,スキルや能力,自信として捉えられてきた。そして,コミュニケーション能力やスキルは教育目標として掲げられ,あたかも容易に獲得可能なものとして扱われがちである。ただし,コミュニケーションを効果的に行うための能力や自信は,自己やアイデンティティと深く関わっており(Blummer, 1969),その獲得を支援する方策は慎重に議論するべきと考えられる。
しかしながら,コミュニケーションの諸側面と自己,アイデンティティとの関連について実証的検討はなされておらず,両者の関係については理論的に関連が予測されるに留まっているという限界がある。また,谷(2008)はアイデンティティを幼少期から形成される中核的同一性,青年期に形成されるべき心理社会的自己同一性の2側面から捉えている。谷(2008)を踏まえて,アイデンティティを捉え,コミュニケーションとの関連を検討することは,その支援の方策を模索する上で意義のある知見を提示しうると考えられる。
以上の問題意識から本話題提供では,中核的同一性,心理社会的自己同一性の2側面からアイデンティティを捉えた上で(谷, 2008),コミュニケーションへの自信と両者の関連を実証的に検討し,得られた知見からコミュニケーションに対する自信をサポートする方策について議論できればと考えている。
話題提供 親子間コミュニケーションとアイデンティティ:高橋 彩
アイデンティティ形成は自分と自分を取り巻く文脈との間で絶えず相互調節されるプロセスと考えられている(Bosma & Kunnen,2001)。青年は,自己の欲求や関心と,自分に向けられる他者の意見や期待とを絶えず相互調整しながら,アイデンティティを探求していく(杉村,2001)。アイデンティティの主要な領域である進路・職業選択において,青年は単に自分の能力や関心をもとに決めるわけではなく,重要な他者である親の意見や期待に気づき,自己に取り込みながら探求していく。そして,そのプロセスは,青年と親との間のコミュニケーションに表出されると考えられる。
親子間のコミュニケーションの特徴とアイデンティティ探求,自我発達,自尊感情との関連を検討した研究から,その特徴として他者からの分離,独自性と,他者との結びつき,結合性の両方が重要であることが示唆されている。具体的には,親子間で,他者の考えや感情を尊重し,承認や同意を示す会話中で,自己の考えを示し,他者との不一致を議論することは,青年の高い自我発達や自尊心,アイデンティティ探求と関連した(Allen,Hauser,Bell, & O’Connor, 1994; Cooper & Grotevant, 1987)。
これらの研究をもとに,高橋(2008)は,進路選択における親子間コミュニケーション尺度を作成し,親と青年のコミュニケーションの特徴と青年のアイデンティティとの関連を検討した。親の示す結合性が青年のアイデンティティ達成と関連すること,逆に青年が親との話し合いを避けることは,アイデンティティ達成得点の低さと関連することが明らかになった。
本話題提供では,主にこの質問紙を用いた調査結果を紹介し,進路をめぐる親子間のやり取りから,アイデンティティ形成をとらえる方法について,青年のアイデンティティに及ぼす父親と母親の影響の違いも含めて議論したい。
話題提供 疲労感から青年期の恋愛関係を読み解く:髙坂康雅
青年期に入ると,人は異性に対して関心をもち,親密な関係(恋愛関係)になろうとする。しかし,青年の多くが恋愛関係をもとうとするが,実際に恋愛関係を築ける者は少なく,また,せっかく築いた恋愛関係も,失恋という形で終結を迎えることが多いとされている(宮下・臼井・内藤, 1991)。
青年期の恋愛が安定せず,失恋に至りやすいのは,青年がアイデンティティ形成の途上にあり,自身の活動に必要なエネルギーを自分で安定供給できないためである。このような状態にある青年の恋愛関係を,大野(1995)は,「アイデンティティのための恋愛」として概念化し, 5つの特徴をあげている。
アイデンティティが未確立な青年期の恋愛関係において,青年は,不足しているエネルギーを恋人から得ることで,なんとかアイデンティティ形成に向けた活動を行うことができている。しかし,エネルギーを奪われた恋人も同じ青年である場合,恋人もエネルギーが不足しており,さらに相手からエネルギーを奪われることにより,恋愛関係を継続することが困難なほどのエネルギーが枯渇した状態になると考えられる。
発表者(髙坂, 2013)は,このような恋愛関係における恋人とのエネルギーの奪い合いによって起こるエネルギーの不均衡による枯渇の感覚を,恋愛関係における疲労感として捉え,検討を行っている。その結果,交際経験のある大学生の約70%が,恋愛関係における疲労感を感じている(感じていた)ことを明らかにしている。また,疲労感の要因としては,「相手からの束縛」,「価値観の相違」,「相手からの関わりの低さ」など8カテゴリーに分けられることも示している。
本話題提供では,恋愛関係における疲労感に関するカップル調査の結果を報告するとともに,青年期の恋愛関係はエネルギーの奪い合いであるという捉え方について,議論を行うことで,青年期におけるアイデンティティ形成と恋愛関係の関連性について,理解を深めることを目指したい。
付記:本自主企画シンポジウムには,日本青年心理学会研究委員会の後援をいただいた。