The 56th meeting of the Japanese association of educational psychology

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授業デザインの最前線

教育心理学第3世代のアプローチ

Sat. Nov 8, 2014 10:00 AM - 12:00 PM 502 (5階)

[JD01] 授業デザインの最前線

教育心理学第3世代のアプローチ

高垣マユミ1, 伊藤崇達2, 山本博樹3, 田中俊也4, 鹿毛雅治5, 小野瀬雅人6 (1.津田塾大学, 2.京都教育大学, 3.立命館大学, 4.関西大学, 5.慶應義塾大学, 6.聖徳大学)

Keywords:授業デザイン, 第3世代, 理論と実践

【企画趣旨】
フィールドの授業デザインにかかわろうとする教育心理学の実践性や不毛性の問題は,今なお議論され続けている。現在の立脚点を再吟味すると,単なる「応用」ではない,狭義の「科学」にとらわれない,教育心理学の「第3世代のアプローチ(鹿毛,2013)」に位置づけられるといえよう。
元来,理論と実践とが一対一対応していることなどありえず,個々の実践のなかに多様な考え方がジレンマを抱えながら共存している。ゆえに,「あれかこれか」というような二分法の実践の説明は,複雑な事象を過度に単純化させ思考停止を促す。一方,第3世代のアプローチでは,「あれもこれも」という実践の多様性を描くような問いを投げかける。さらに,混沌としたフィールドと関わりながら研究をするとき,フィールドの理論は,そこでのデータにもとづいて自ずと帰納的に構築されるわけでは決してなく,一人ひとりの「研究者/私」が暗黙裏にもつ信念体系や志向性が研究の基盤になる。一人ひとりの研究者のあり方,すなわち,その研究者が「何のために,何に注目して,どのようにそのフィールドに関わろうとしているのか」が重要になる。
第3世代のアプローチでは,インサイダーとしてフィールドに関わる体験を通して,実践活動を「身にしみて分かる」のである。「言葉だけで分かったつもりになる」アカデミアにありがちな認識とは,全く異質な分かり方である。アカデミア内での学びと全く異なった学びを体験する過程では,実践の前提を問い直すことから始め,実践を改善する新鮮な代替案を生み出すような「生成力」が,理論の優劣を決める新しい基準になる。
今後,平成30年の学習指導要領の全面改訂,特に教員養成の高度化に向かう趨勢を踏まえ,第3世代のアプローチでは,教育実践者が躓きやすい,悩むことが多い,実践的課題を出発点にして,その解決法を提示するというような方向性で研究が進められている。しかしながら,こうしたアプローチの前には,数々の難題が立ちはだかる。
そこで本シンポジウムでは,難題を乗り越えるために,いかに実践と対峙して協働を創り出し,ダイナミックに独自の研究スタイルを生み出し,理論と実践の双方を改善して授業デザインをしていくのか,といった取り組みを内側から論じてみたい。
さらに,実践的な授業研究に含まれる多義性を鑑み,「動機づけ・自己調整学習」,「学習困難性の支援」,「正当性の認知」等の多様な研究領域を対象とした授業デザインの話題提供を試みる。これらの参照枠で議論を深める中で,教育実践における課題や悩みを解決する糸口が,新たに見つかることを期待したい。

【話題提供】
「授業を支える学習規律の成立過程のデザイン
-動機づけ,自己調整学習の視点から-」
伊藤 崇達(京都教育大学)

小学校の教育実践現場では,質の高い授業づくりをめざすにあたって「学習規律」を育むことが重視されている。学習規律とは,主体的に授業に参加するためのルールやきまりのことをさしている。担任教師は,新しいクラスを受けもつ4月の当初から学習規律の確立に向けてさまざまな働きかけを行うが,その実現には多くの難しさをともなうものといえる。ここでは,小学校における学習規律の内在化の過程を教育心理学の視点から明らかにしようとする試み* について紹介したい。
こうした検証を進めていくにあたり,自律的動機づけの形成過程を説明する心理学理論(Ryan & Deci, 2009)が1つの有効な枠組みとなる。学習規律による学習への動機づけは自己決定理論の中で規定されている「取り入れ的動機づけ」の問題と深くかかわるものと捉えることができる。この理論に基づけば,子どもたちの動機づけには,学習規律を進んで取り入れていこうとする方向性と,義務的なかたちで消極的に取り入れていこうとする方向性の2つの内在化の移行プロセスが想定できる。内発と外発の二項対立で動機づけを論じるのが従来の捉え方であると考えられるが,クラスや授業実践の内実を丁寧にみていくと,自律-他律の軸に沿って,担任教師によって豊かな働きかけがなされていることがみえてくる。
学習規律の形成の問題は,学習の自己調整のあり方とも深いかかわりをもつ。自己調整学習研究(Zimmerman & Schunk, 2011)は,自ら学ぶ力がいかに形成されるかについて理論的,実証的な検討を進めてきている。学習規律は学習方略に結びつく側面を多く有している。
授業研究や動機づけ研究において,実践上の課題といえる「学習規律」の育成に着目することで,実践と理論の双方に向かってどのような新しい授業デザインが開けてくるか,今後の研究の可能性とともに議論できればと考えている。
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* ここで紹介する研究は,公益財団法人 博報児童教育振興会による助成(第9 回 児童教育実践についての研究助成事業)を受けています。


「授業デザイナ-に課された学習支援の難題」
山本 博樹(立命館大学)

教師がデザイナ-と称して授業に関与し始めたのは,「自称」デザイナ-の身勝手さが糾弾され,ユーザ中心に軸が移行し,支援重視にデザイン原則が転換した後,である。もっとも人はだれもがデザイナ-であるから,教師も資格はあろうが,デザインとは意味ある秩序状態をつくり出すために意識的に努力することだから (Papanek, 1971),この限りにおいてとなる。よって,「本当の」授業デザイナ-は,子どもの学習支援に努力し続けることになろうが,難題が2つ課される。これを高校公民科「倫理」の学習支援を通して指摘したい。
一つは支援対象に関わる難題である。学習支援は子どもの現実の学習困難性の汲み取りを重視する。確かに小学校の算数等の学習困難性を中心に支援が進められてきた。ならば,小学校で多かった算数や理科の学習困難性は中学校で減少する一方で,小中高を通じて最も発現した学習困難性が社会であり,公民「倫理」で顕著だったが (山本, 2012),なぜこれは汲み取られてこなかったのか。ちなみに,この指摘は旧知のはずである (国立教育政策研究所, 2007)。子どもの学習支援の汲み取りは,「いま,ここ」を見据えつつも,その後 (将来) を見通す必要はないか。ただここまで思案するに至って,子どもの学習困難性の汲み取りが,なんと険しく困難なものなのかと気づかされてくる。
二つは支援方法に関わる難題である。支援者は有効と信じて学習支援を提供するが,子どもがその有効性を意図通りに受給するわけではない。高校「倫理」の学習困難性は教科書学習に帰属されるが,この支援を図るために,しばしば先哲の思想形成過程に沿った概説が提供されてきた。けれど,高校生はこの概説自体を受け取り難い。ここから支援受給のメカニズムが関わることが分かるが,これを踏まえた支援のあり方を紹介したい。その上で,もとより学習支援が受け取りやすいと考えるには無理があり,有効な支援の提供にあたっては,支援者は学習支援の受給メカニズムを探求し続けなければならないと主張したい。
今回の発表では,上記の難題を解決しようと意識的な努力を続けることこそが,「本当の授業デザイナ-」と呼ばれるための要件であり,こうした意識的な努力が「第3世代のアプローチ (鹿毛, 2013)」の基礎をなすと投げかけてみたい。

「正統性の認知 -大学のゼミのデザイン-」
田中 俊也(関西大学)

大学における学びの典型的な形態として「ゼミ」がある。これは努めて「創造的な学びの教室(田中,2003)」の性格を持ち,自ら望んで参加した共同体の中での日常生活を通して「学び」を拓いていく。多くは「卒業論文作成」という形で目に見える成果を生み出し,不可視な部分での「人格の向上」が期待される。
話題提供者は,4半世紀にわたって,ユニークな形のゼミ運営をデザインし実践してきた。本報告ではその理念,実態,研究フィールドとしての対象化,研究成果等について紹介し,初等・中等教育における教育実践に対する示唆も提供したい。
本抄録では,提供する予定の話題のエッセンスのみを記述する。
ゼミはK大学文学部心理学専修の,9つあるゼミの1つである。心理学専修には2年次に所属し(第一次正統性認知),ゼミは3,4年次通して開かれる(第二次正統性認知)。
運営のユニークな点は,3,4年次合同のゼミを開き,3,4年次でペアを組み,1年間はそのペアを単位に活動を続ける点にある。これを「ブラザー&シスター」制度と名付けている。ブラザー&シスターは,前期の終盤,それまで4年次生のみ対象の「卒業演習」という授業のコマを通して形成してきた4年次生各自の卒論中間発表をするゼミ合宿の際に決定される。ブラザー&シスターの指名権は3年次生にのみあり,自分が「正統」「真正」「ほんもの」だと認めた先輩につく(第三次正統性認知)。合宿後,後期はそのペアで4年次生の卒論の手伝い,3年次生のゼミ発表の手伝いをそれぞれ別の学年,あるいは同学年内で行う(第四次正統性認知)。
当初は想定していなかったユニークさは,このゼミそのものを,そのゼミで育った学生が研究対象としたい,という形で,研究フィールドとしての位置づけを持つようになってきたことである。当該の学生は大学院に進み,学部のこのゼミにも所属しながら継続的にこの研究フィールドに参与し,最終的に学位論文にまで仕上げていった。
授業実践の場をデザインし,実践し,学生自身が育ち,一方でその実践をメタのレベルで眺め,実践の場であると同時に研究フィールドでもある,という,当事者性を不可避に含んだ研究スタイルについて議論していきたい。