[JE02] 質の高い学習を支援する教育評価のありかた
学習環境のデザインという観点から
Keywords:学習の質, 教育評価, 学習科学
企画趣旨
質の高い学習経験を子どもたちにもたらすことは、いつの時代も学校教育の重要な役割として認識され、そのあり方が議論されてきた。近年では、学習科学の進展に伴い学習者である子どもの認知過程により即した学習環境をデザインするための要件が明らかになってきた。
学習科学の立場からの学習環境デザインにおいて教師が考慮すべき点として、「評価」の重要性が指摘されている。標準学力検査に対応するような学習「指導」に対する批判を基盤とする学習科学の評価論は、形成的評価とフィードバックを重視し、そのために子どもの深い理解をとらえる評価課題やその形式の開発を課題とする。ここでの評価は広く子どもの学習経験と生活経験、認知過程と情動的過程をとらえ、つなげて学習の方向性を見通し、子どもへの働きかけを生成する一連の行為を指している。学習科学に根ざした学習環境を開発するにあたり「学習者中心」と「知識中心」をつなぐ営みでもある。そしてその一連の営みを教師の専門性の一つとして位置づけるのである。
とりわけ、知識基盤社会といわれる今日、キー・コンピテンシーや21世紀型スキルなど教科内容の知識を超えて子どもが獲得すべきとされる知識や技能が多様に提起される一方で、学習科学が学習の基盤として重視する子どもの素朴概念や既有知識もより多様化多層化の様相を呈している。そういった状況において、あらためて評価のあり方について教師の側が理解を深めることが求められているのではないだろうか。
本シンポジウムでは言語教育、科学教育、表現教育における具体的な事例を基に、質の高い学習環境を構築し子どもを支援するための評価のあり方について、カリキュラム、教材のあり方も踏まえて検討しこれから求められる学習環境のあり方、学習支援のあり方について議論する。
小学校国語科における評価のありかたについて
梶井芳明(東京学芸大学)
本シンポジウムでは、主に、これまでに発表者が取り組んだ研究成果をもとに、小学校国語科教育、中でも「話すこと・聞くこと」「書くこと」といった言語教育における評価の留意点について話題提供を行いたい。
「指導と評価の一体化」(文部省教育課程審議会, 2000)が強調されるのに伴って、教育実践場面においては、従来にも増して学習過程の評価、いわゆる形成的評価が重視されることとなった。
形成的評価には、指導や学習の過程において、その目的や方法を改善し、よりよい成果へと導いていく役割がある。その際、評価の主体が教師であれば、指導目標と到達度を明確にし、それを達成するための方策を具体化して指導に当たることが不可欠となる。しかし、このような目標に準拠した指導は、これまで、目標が固定的に捉えられることにより,十分な役割を果たすことができなかったように思われる。
発表者は、これまで、小学校国語科における「話すこと・聞くこと」「書くこと」の指導における、形成的評価の役割に関する研究を行ってきた。
例えば、「話すこと・聞くこと」の指導においては、概して、「話すこと」に比重が置かれる傾向が強く、その結果、話し下手に比べ話し上手な児童の方が、きめ細やかな(関わりを多くもった)指導と評価を受ける可能性が強いことが示唆された。また、「聞くこと」の指導については、とりわけ「聞き方」に重点を置いて指導に当たることが重要であることが推察された。
現行の学習指導要領では「学びを手引きする」ことの重要性が指摘されており、「学び方」を示すことにより子どもたちの主体的な学びが促されることが再確認されている(みずほ総合研究所, 2008)。また、上述した教師による形成的評価を真に意味あるものにするためには、教師が臆することなく子どもの学習過程に目をかけ手入れをすること、いわゆる「学びを手引きする」こと※が重要となる。
以上のことから、本発表では、目標に準拠した形成的評価において、「学びを手引きする」評価活動のあり方について、これまでの研究成果をもとに話題提供する予定である。
※子どもの学びを、教師がいかに「看取る」か。そこには、教師の用意周到な看取りの枠組みが必要となる。この枠組みは、色眼鏡、いわゆる教師の偏見や先入観と取り違えられることがしばしばあった。しかし、日々の授業において、教師が、学習指導目標といった枠組みをもって、子どもの学びをしかるべき方向に教え導いたり、学びを後押ししたりしているのも事実である。学習指導目標に込められた教師の願いと、子ども自身の学びに対する思いが一致したとき、指導と学習は、ともに大きな成果を得ることができる。
新時代の指導法のありかたはどのように変わるのか:科学教育におけるICT機器を活用した学習環境デザイン
寺本貴啓(國學院大學)
理科教育では、自然を対象にして実物に触れ親しみながら自然の事物現象に関心をもち、追究し、科学的な見方考え方を身につけることが重視される。一方今日の国際調査や全国学力調査などの目的や結果から、これまでの「知識の暗記」から「知識の活用」へ、「思考の結果」から「思考の過程」へ、という教育の目的が変わりつつある。
このような背景から、これからの小学校理科教育も学習環境デザインを再検討することが求められており、本発表では以下の3点に着目する。
①自然に触れる機会の減少に対する対応(新しい時代の情報提供の方法)
理科は、実際に自然に触れることを通して疑問をもち、自らの疑問を解決している教科である。しかしながら、時代や社会環境の変化から、例えば生き物、地層や川、天気の変化など、都会の学校では触れにくい内容も出てきている。最近では、「ICT機器を用いた情報の提示」を通して、仮想的に自然に触れることも可能となった。このように、自然に直接触れるという理科教育の理想に対して、教育機器がどのように関わることができるかについて検討する必要がある。
②「思考過程」を“見える化”するツールの活用
時代が変化するに伴い、教育機器の進化もめまぐるしいものがある。中でも電子黒板やタブレット等の活用が広がり始めている。現在の教育機器の活用は、「情報共有」としての活用が大部分を占めるようであるが、新しいものを使うことで子どもたちの意欲が変わったり、これまで埋もれていた子ども一人一人の思考過程も記録し、活用しやすくなったりすると言える。しかし、単に情報機器を導入すれば学習効果が高まるという訳ではなく、教師の「指導法」とセットにして授業を考えていく必要がある。
③「思考過程」を振り返る必要性(思考に着目した指導方法)
これまでは「教授主義(instructionism)」に基づく教育であったため、知識注入型の指導やテスト作りが主流であった。しかし、これからの時代は「知識の量」ではなく、「知識を活用する能力」が、求められるようになってきている。つまり、「何を」「どのように」みたり、考えたりするのかという「思考力」の育成こそが求められると言える。そこで、思考過程に着目し「思考過程の振り返り」を促進するために、ICT機器と指導法を結びつけた指導を行い、学習科学に基づいたこれからの学習環境のあり方を検討する。
本発表では、このような問題に対応するために、デジタルペンを活用したダイナミック・アセスメントを中心に述べる。
幼児の造形教育の立場から
若山育代(富山大学)
学習科学の研究者は、教育実践をとらえる際に子どもの深い理解を重視する。深い理解とは、「学習した知識や技術を再生することではなく、新しい教材や問題場面または複雑な問題を解くときに活用できるようになること(Carver,2006)」とされている。そのため、学習科学の研究領域においては、この深い理解を評価する様々な方法が検討されてきた。
こうした学習科学の考え方は、幼児期の教育と重なる部分がある。幼児期の教育では、「一つの体験がその後の体験につながりをもつというように、体験と体験が関連してくる(幼稚園教育要領解説 平成20年10月,p.208)」という「体験の関連性」の概念が指導計画の作成において重視される。「体験の関連性」の概念は、子どものある体験が別の体験に生きるということであり、学習科学で重視される深い理解と重なる概念であると考えられる。
学習科学と幼児期の教育で重視されるこれらのことを関連づけて考えると、幼児期の教育に学習科学の評価手法を取り入れて、幼児の「体験の関連性」を評価するという新しい視点を得ることができる。そこで本発表では、筆者が行った、学習科学の評価手法を取り入れた幼児の造形実践を報告する。
対象とするフィールドは、筆者が地域教育の一つとして展開している、幼児対象の造形ワークショップである。このワークショップで、学習科学の評価手法の中から「深い理解のモデル化」、「人工物(artifact)の制作」、「形成的評価」を用いて参加児の姿を評価した。本報告では、評価のために収集した次の3つのデータを中心に発表を行う。①「深い理解のモデル化」のデータとして、指導案に記載したそのワークショップを通して達成されることが望ましい子どもの姿とその実際、②「人工物(artifact)の制作」のデータとして、子どもの製作プロセスの写真、③「形成的評価」のデータとして、筆者が参加児に対してかけた言葉や筆者が取った行動、それらの言葉や行動を導き出した筆者による子どもの感情や思いの理解、その理解をもとに行った評価、その評価をもとにして行ったさらなる学びの広がりや深まりへの援助のエピソードである。この実践報告を通して、質の高い幼児期の学びを援助する評価のありかたについて議論したい。
質の高い学習経験を子どもたちにもたらすことは、いつの時代も学校教育の重要な役割として認識され、そのあり方が議論されてきた。近年では、学習科学の進展に伴い学習者である子どもの認知過程により即した学習環境をデザインするための要件が明らかになってきた。
学習科学の立場からの学習環境デザインにおいて教師が考慮すべき点として、「評価」の重要性が指摘されている。標準学力検査に対応するような学習「指導」に対する批判を基盤とする学習科学の評価論は、形成的評価とフィードバックを重視し、そのために子どもの深い理解をとらえる評価課題やその形式の開発を課題とする。ここでの評価は広く子どもの学習経験と生活経験、認知過程と情動的過程をとらえ、つなげて学習の方向性を見通し、子どもへの働きかけを生成する一連の行為を指している。学習科学に根ざした学習環境を開発するにあたり「学習者中心」と「知識中心」をつなぐ営みでもある。そしてその一連の営みを教師の専門性の一つとして位置づけるのである。
とりわけ、知識基盤社会といわれる今日、キー・コンピテンシーや21世紀型スキルなど教科内容の知識を超えて子どもが獲得すべきとされる知識や技能が多様に提起される一方で、学習科学が学習の基盤として重視する子どもの素朴概念や既有知識もより多様化多層化の様相を呈している。そういった状況において、あらためて評価のあり方について教師の側が理解を深めることが求められているのではないだろうか。
本シンポジウムでは言語教育、科学教育、表現教育における具体的な事例を基に、質の高い学習環境を構築し子どもを支援するための評価のあり方について、カリキュラム、教材のあり方も踏まえて検討しこれから求められる学習環境のあり方、学習支援のあり方について議論する。
小学校国語科における評価のありかたについて
梶井芳明(東京学芸大学)
本シンポジウムでは、主に、これまでに発表者が取り組んだ研究成果をもとに、小学校国語科教育、中でも「話すこと・聞くこと」「書くこと」といった言語教育における評価の留意点について話題提供を行いたい。
「指導と評価の一体化」(文部省教育課程審議会, 2000)が強調されるのに伴って、教育実践場面においては、従来にも増して学習過程の評価、いわゆる形成的評価が重視されることとなった。
形成的評価には、指導や学習の過程において、その目的や方法を改善し、よりよい成果へと導いていく役割がある。その際、評価の主体が教師であれば、指導目標と到達度を明確にし、それを達成するための方策を具体化して指導に当たることが不可欠となる。しかし、このような目標に準拠した指導は、これまで、目標が固定的に捉えられることにより,十分な役割を果たすことができなかったように思われる。
発表者は、これまで、小学校国語科における「話すこと・聞くこと」「書くこと」の指導における、形成的評価の役割に関する研究を行ってきた。
例えば、「話すこと・聞くこと」の指導においては、概して、「話すこと」に比重が置かれる傾向が強く、その結果、話し下手に比べ話し上手な児童の方が、きめ細やかな(関わりを多くもった)指導と評価を受ける可能性が強いことが示唆された。また、「聞くこと」の指導については、とりわけ「聞き方」に重点を置いて指導に当たることが重要であることが推察された。
現行の学習指導要領では「学びを手引きする」ことの重要性が指摘されており、「学び方」を示すことにより子どもたちの主体的な学びが促されることが再確認されている(みずほ総合研究所, 2008)。また、上述した教師による形成的評価を真に意味あるものにするためには、教師が臆することなく子どもの学習過程に目をかけ手入れをすること、いわゆる「学びを手引きする」こと※が重要となる。
以上のことから、本発表では、目標に準拠した形成的評価において、「学びを手引きする」評価活動のあり方について、これまでの研究成果をもとに話題提供する予定である。
※子どもの学びを、教師がいかに「看取る」か。そこには、教師の用意周到な看取りの枠組みが必要となる。この枠組みは、色眼鏡、いわゆる教師の偏見や先入観と取り違えられることがしばしばあった。しかし、日々の授業において、教師が、学習指導目標といった枠組みをもって、子どもの学びをしかるべき方向に教え導いたり、学びを後押ししたりしているのも事実である。学習指導目標に込められた教師の願いと、子ども自身の学びに対する思いが一致したとき、指導と学習は、ともに大きな成果を得ることができる。
新時代の指導法のありかたはどのように変わるのか:科学教育におけるICT機器を活用した学習環境デザイン
寺本貴啓(國學院大學)
理科教育では、自然を対象にして実物に触れ親しみながら自然の事物現象に関心をもち、追究し、科学的な見方考え方を身につけることが重視される。一方今日の国際調査や全国学力調査などの目的や結果から、これまでの「知識の暗記」から「知識の活用」へ、「思考の結果」から「思考の過程」へ、という教育の目的が変わりつつある。
このような背景から、これからの小学校理科教育も学習環境デザインを再検討することが求められており、本発表では以下の3点に着目する。
①自然に触れる機会の減少に対する対応(新しい時代の情報提供の方法)
理科は、実際に自然に触れることを通して疑問をもち、自らの疑問を解決している教科である。しかしながら、時代や社会環境の変化から、例えば生き物、地層や川、天気の変化など、都会の学校では触れにくい内容も出てきている。最近では、「ICT機器を用いた情報の提示」を通して、仮想的に自然に触れることも可能となった。このように、自然に直接触れるという理科教育の理想に対して、教育機器がどのように関わることができるかについて検討する必要がある。
②「思考過程」を“見える化”するツールの活用
時代が変化するに伴い、教育機器の進化もめまぐるしいものがある。中でも電子黒板やタブレット等の活用が広がり始めている。現在の教育機器の活用は、「情報共有」としての活用が大部分を占めるようであるが、新しいものを使うことで子どもたちの意欲が変わったり、これまで埋もれていた子ども一人一人の思考過程も記録し、活用しやすくなったりすると言える。しかし、単に情報機器を導入すれば学習効果が高まるという訳ではなく、教師の「指導法」とセットにして授業を考えていく必要がある。
③「思考過程」を振り返る必要性(思考に着目した指導方法)
これまでは「教授主義(instructionism)」に基づく教育であったため、知識注入型の指導やテスト作りが主流であった。しかし、これからの時代は「知識の量」ではなく、「知識を活用する能力」が、求められるようになってきている。つまり、「何を」「どのように」みたり、考えたりするのかという「思考力」の育成こそが求められると言える。そこで、思考過程に着目し「思考過程の振り返り」を促進するために、ICT機器と指導法を結びつけた指導を行い、学習科学に基づいたこれからの学習環境のあり方を検討する。
本発表では、このような問題に対応するために、デジタルペンを活用したダイナミック・アセスメントを中心に述べる。
幼児の造形教育の立場から
若山育代(富山大学)
学習科学の研究者は、教育実践をとらえる際に子どもの深い理解を重視する。深い理解とは、「学習した知識や技術を再生することではなく、新しい教材や問題場面または複雑な問題を解くときに活用できるようになること(Carver,2006)」とされている。そのため、学習科学の研究領域においては、この深い理解を評価する様々な方法が検討されてきた。
こうした学習科学の考え方は、幼児期の教育と重なる部分がある。幼児期の教育では、「一つの体験がその後の体験につながりをもつというように、体験と体験が関連してくる(幼稚園教育要領解説 平成20年10月,p.208)」という「体験の関連性」の概念が指導計画の作成において重視される。「体験の関連性」の概念は、子どものある体験が別の体験に生きるということであり、学習科学で重視される深い理解と重なる概念であると考えられる。
学習科学と幼児期の教育で重視されるこれらのことを関連づけて考えると、幼児期の教育に学習科学の評価手法を取り入れて、幼児の「体験の関連性」を評価するという新しい視点を得ることができる。そこで本発表では、筆者が行った、学習科学の評価手法を取り入れた幼児の造形実践を報告する。
対象とするフィールドは、筆者が地域教育の一つとして展開している、幼児対象の造形ワークショップである。このワークショップで、学習科学の評価手法の中から「深い理解のモデル化」、「人工物(artifact)の制作」、「形成的評価」を用いて参加児の姿を評価した。本報告では、評価のために収集した次の3つのデータを中心に発表を行う。①「深い理解のモデル化」のデータとして、指導案に記載したそのワークショップを通して達成されることが望ましい子どもの姿とその実際、②「人工物(artifact)の制作」のデータとして、子どもの製作プロセスの写真、③「形成的評価」のデータとして、筆者が参加児に対してかけた言葉や筆者が取った行動、それらの言葉や行動を導き出した筆者による子どもの感情や思いの理解、その理解をもとに行った評価、その評価をもとにして行ったさらなる学びの広がりや深まりへの援助のエピソードである。この実践報告を通して、質の高い幼児期の学びを援助する評価のありかたについて議論したい。