[JE05] 学校におけるいじめ問題への予防的な関わり
心理教育を活用して
キーワード:いじめ, 心理教育, Q-U テスト
企画趣旨
学校教育において解決しなくてはならない問題がたくさんある。このうち,いじめ問題は,以前から今日に至るまで,学校における主要な問題のうちのひとつを占めている。また,昨今の教育相談では,問題を抱える児童生徒に対して未然に防ぐ予防的・開発的な取り組みとして,心理教育(サイコ・エデュケーション)が着目されている。この心理教育では,個別・全体の児童生徒にたいしてのアプローチによるさまざまな実践が行われている。
本自主シンポジウムは,児童生徒のメンタルヘルスについて,その特徴やニーズを理解したうえで,学校全体や個々の教員が行うべき方法について,主として,心理教育的な活動実践による次の取り組みについて紹介する。1)児童生徒へのスクリーニング機能と啓発的な機能を持つアンケートの実施と活用,2)名護市教育委員会先導による「脳の引き出し」の授業実践,および,3)問題を抱える児童生徒の効果的スクリーニング機能を備えたQU‐テストの活用事例など,3つの実践を交えた話題提供を行う。
それらについて,徒指導・教育相談,学校・学級経営の視点,および,心理教育やカウンセリングの視点から指定討論のコメントを踏まえ,さらには,フロアとの交流を通じ,いじめ問題に関して効果的な支援について検討を行う。
話題提供
1.生徒のメンタルヘルスといじめについてのニーズ調査 小柴孝子
学校生活への不適応やいじめの早期発見のために,生徒全員に対して,アンケート調査が多くの
学校で実施されている。学校によっては,年間を通して数回行い,定期教育相談の事前の準備として,活用しているところもある。「心の健康チェック」や「心の整理箱」などの内容で,その結果をもとにしながら教育相談に当たっている。
報告者が調査した中学1年生(5月実施)の事前アンケートの結果からは,体がだるい,頭が痛い・首筋や肩がこる,イライラする,物事に集中でき
ない,勉強が手につかない等の項目を多くの生徒がチェックしていることがわかった。生徒が不適応を起こす可能性が高いことを把握することができる。
特に,「いやなことがあった。いじめられた」の項目に,チェックした生徒は,頭が痛い・首筋や肩がこる,はっきりとした夢や希望がないと思う,イライラする,悩んだときでも人に相談しない,物事に集中できない,勉強が手につかないなどにチェックしている特徴が見られた。
アンケート調査は,いじめの早期発見,早期対応に繋がる方法であり,いじめが生徒のメンタルヘルスの問題であることもわかってきた。児童生徒のメンタルヘルス対策の早期介入の必要性が求められる。また,いじめに対する毅然とした姿勢と共に,被害者生徒や加害者生徒の支援や指導のニーズを把握する必要性が見えてきた。
すべての児童生徒への予防的・開発的教育相談(学級集団づくり,人間関係の構築・改善)や担任やスクールカウンセラーによる教育相談の充実,関係機関との連携などについて議論したい。
2.名護市における心理教育によるいじめの予防岸本琴恵
市教委の心理士として,いじめ問題の対応をしていく中で,発達障害の児童生徒がいじめ被害にあうケースが多くあった。その中には,ある特性の子どもが,周囲から理解されず,いじめの対象となり,結果的に学校に居場所をなくし,不登校または非行に至るという経過を辿るものもあった。
そこで,いじめを乗り越え,互いの個性(良さや苦手さ)を理解し,共に支え合い,学び合える学級をめざして,大城(2008)の実践を参考にしながら,「脳の引き出し」の授業を開発した。現在は,市内の多くの小中学校で実践されている。
本授業では,まず,脳の機能(学習面:読む、書く,計算する,記憶するなど。対人面:カッとならない,ごめんが言える,約束を守るなど)を書類ケース(10段)の引き出しに見立てる。つまり,各引き出しに脳の機能「書く」などが示され,比較的よくできる機能は,その項目の引き出しが大きく開き,苦手な機能は引き出しがあまり開かないことになる。最後には10段の引き出しが横から見ると凸凹になる仕組みとなっており,互いに凸凹(得意不得意)があることを理解させる。
また,個人差が顕著に現れる「視覚(見え方)」や「記憶」については,模擬体験(心理学実験)を取り入れ,個人差の理解を深める。さらに,発達障害の理解を促すために(障害とは言わずに),「エジソンタイプ」,「ニュートンタイプ」などの特性(得意不得意)を示す。
授業の最後には,脳の引き出しが開きやすくなるには,セロトニンの分泌が必要であり,その分泌を促すには,互いの優しい言葉かけが必要であることを伝える。
7年前,「脳の引き出し」の授業を最初に実践した中学校では,いじめられて不登校になった発達障害の生徒が,その後,級友に温かく受け入れられ、完全復帰をして卒業することができた。
また、とくにこの実践に積極的に取り組み,全学級で実施している大規模の2小学校では,いじめの報告が「0」になり,不登校も改善した。
引用文献
大城政之 沖縄県立教育総合センター (2008). 特別支援教育のはじめの一歩 Part2
3.Q-Uを活用したいじめ問題の予防的取組み
藤原和政
近年,いじめ問題が複雑化してきている現状が報告されている。従来のいじめ問題では,「冷やかす」,「嫌なことをする」などに代表されるような,直接的ないじめ行動が多く見られていた。そのため,観察法や面接法でのアセスメントでいじめの実態を把握することが,比較的可能であった。しかしながら,近年,いじめの様相は複雑化してきており,従来の直接的ないじめ行動に加えて,「仲間外れする」,「意図的に関わらないようにする」などに代表される関係性攻撃行動や,インターネットなどを用いたいじめも行われているなど,教師からはその実態を把握することが困難になってきている。
このような現状を受け,観察法や面接法に加えて,調査法を用いたアセスメントの重要性が増している。調査法でアセスメントを実施する際には,得られた結果の信頼性や妥当性が確認されている標準化された心理アンケートを用いることが好ましいとされている。そして,この条件に当てはまる心理アンケートの一つとして,河村(1999)が作成した「Q-U(小・中・高等学校用)」がある。この心理アンケートは,いじめ被害や不適応を示している児童生徒の早期発見,早期対応,および,これらの問題を予防することを目的に作成されたものである。
さらに,このQ-Uは年間2回の実施を年間計画に位置付けることで,どのような学級集団の状態においていじめが発生しやすいのかや,いじめ予防の取り組みの効果を把握することができるのである。つまり,実態に即した予防的・開発的援助の計画や,より効果的な援助を実施することが可能になると考えられるのである。
以上のことから本発表では,上述した内容に加えて,Q-Uを活用したいじめ問題の予防的取組みや,年間指導計画を立案する上での留意点について提案する。
引用文献
河村茂雄 1999 楽しい学校生活を送るためのアンケートQU(小・中・高等学校用) 図書文化社
学校教育において解決しなくてはならない問題がたくさんある。このうち,いじめ問題は,以前から今日に至るまで,学校における主要な問題のうちのひとつを占めている。また,昨今の教育相談では,問題を抱える児童生徒に対して未然に防ぐ予防的・開発的な取り組みとして,心理教育(サイコ・エデュケーション)が着目されている。この心理教育では,個別・全体の児童生徒にたいしてのアプローチによるさまざまな実践が行われている。
本自主シンポジウムは,児童生徒のメンタルヘルスについて,その特徴やニーズを理解したうえで,学校全体や個々の教員が行うべき方法について,主として,心理教育的な活動実践による次の取り組みについて紹介する。1)児童生徒へのスクリーニング機能と啓発的な機能を持つアンケートの実施と活用,2)名護市教育委員会先導による「脳の引き出し」の授業実践,および,3)問題を抱える児童生徒の効果的スクリーニング機能を備えたQU‐テストの活用事例など,3つの実践を交えた話題提供を行う。
それらについて,徒指導・教育相談,学校・学級経営の視点,および,心理教育やカウンセリングの視点から指定討論のコメントを踏まえ,さらには,フロアとの交流を通じ,いじめ問題に関して効果的な支援について検討を行う。
話題提供
1.生徒のメンタルヘルスといじめについてのニーズ調査 小柴孝子
学校生活への不適応やいじめの早期発見のために,生徒全員に対して,アンケート調査が多くの
学校で実施されている。学校によっては,年間を通して数回行い,定期教育相談の事前の準備として,活用しているところもある。「心の健康チェック」や「心の整理箱」などの内容で,その結果をもとにしながら教育相談に当たっている。
報告者が調査した中学1年生(5月実施)の事前アンケートの結果からは,体がだるい,頭が痛い・首筋や肩がこる,イライラする,物事に集中でき
ない,勉強が手につかない等の項目を多くの生徒がチェックしていることがわかった。生徒が不適応を起こす可能性が高いことを把握することができる。
特に,「いやなことがあった。いじめられた」の項目に,チェックした生徒は,頭が痛い・首筋や肩がこる,はっきりとした夢や希望がないと思う,イライラする,悩んだときでも人に相談しない,物事に集中できない,勉強が手につかないなどにチェックしている特徴が見られた。
アンケート調査は,いじめの早期発見,早期対応に繋がる方法であり,いじめが生徒のメンタルヘルスの問題であることもわかってきた。児童生徒のメンタルヘルス対策の早期介入の必要性が求められる。また,いじめに対する毅然とした姿勢と共に,被害者生徒や加害者生徒の支援や指導のニーズを把握する必要性が見えてきた。
すべての児童生徒への予防的・開発的教育相談(学級集団づくり,人間関係の構築・改善)や担任やスクールカウンセラーによる教育相談の充実,関係機関との連携などについて議論したい。
2.名護市における心理教育によるいじめの予防岸本琴恵
市教委の心理士として,いじめ問題の対応をしていく中で,発達障害の児童生徒がいじめ被害にあうケースが多くあった。その中には,ある特性の子どもが,周囲から理解されず,いじめの対象となり,結果的に学校に居場所をなくし,不登校または非行に至るという経過を辿るものもあった。
そこで,いじめを乗り越え,互いの個性(良さや苦手さ)を理解し,共に支え合い,学び合える学級をめざして,大城(2008)の実践を参考にしながら,「脳の引き出し」の授業を開発した。現在は,市内の多くの小中学校で実践されている。
本授業では,まず,脳の機能(学習面:読む、書く,計算する,記憶するなど。対人面:カッとならない,ごめんが言える,約束を守るなど)を書類ケース(10段)の引き出しに見立てる。つまり,各引き出しに脳の機能「書く」などが示され,比較的よくできる機能は,その項目の引き出しが大きく開き,苦手な機能は引き出しがあまり開かないことになる。最後には10段の引き出しが横から見ると凸凹になる仕組みとなっており,互いに凸凹(得意不得意)があることを理解させる。
また,個人差が顕著に現れる「視覚(見え方)」や「記憶」については,模擬体験(心理学実験)を取り入れ,個人差の理解を深める。さらに,発達障害の理解を促すために(障害とは言わずに),「エジソンタイプ」,「ニュートンタイプ」などの特性(得意不得意)を示す。
授業の最後には,脳の引き出しが開きやすくなるには,セロトニンの分泌が必要であり,その分泌を促すには,互いの優しい言葉かけが必要であることを伝える。
7年前,「脳の引き出し」の授業を最初に実践した中学校では,いじめられて不登校になった発達障害の生徒が,その後,級友に温かく受け入れられ、完全復帰をして卒業することができた。
また、とくにこの実践に積極的に取り組み,全学級で実施している大規模の2小学校では,いじめの報告が「0」になり,不登校も改善した。
引用文献
大城政之 沖縄県立教育総合センター (2008). 特別支援教育のはじめの一歩 Part2
3.Q-Uを活用したいじめ問題の予防的取組み
藤原和政
近年,いじめ問題が複雑化してきている現状が報告されている。従来のいじめ問題では,「冷やかす」,「嫌なことをする」などに代表されるような,直接的ないじめ行動が多く見られていた。そのため,観察法や面接法でのアセスメントでいじめの実態を把握することが,比較的可能であった。しかしながら,近年,いじめの様相は複雑化してきており,従来の直接的ないじめ行動に加えて,「仲間外れする」,「意図的に関わらないようにする」などに代表される関係性攻撃行動や,インターネットなどを用いたいじめも行われているなど,教師からはその実態を把握することが困難になってきている。
このような現状を受け,観察法や面接法に加えて,調査法を用いたアセスメントの重要性が増している。調査法でアセスメントを実施する際には,得られた結果の信頼性や妥当性が確認されている標準化された心理アンケートを用いることが好ましいとされている。そして,この条件に当てはまる心理アンケートの一つとして,河村(1999)が作成した「Q-U(小・中・高等学校用)」がある。この心理アンケートは,いじめ被害や不適応を示している児童生徒の早期発見,早期対応,および,これらの問題を予防することを目的に作成されたものである。
さらに,このQ-Uは年間2回の実施を年間計画に位置付けることで,どのような学級集団の状態においていじめが発生しやすいのかや,いじめ予防の取り組みの効果を把握することができるのである。つまり,実態に即した予防的・開発的援助の計画や,より効果的な援助を実施することが可能になると考えられるのである。
以上のことから本発表では,上述した内容に加えて,Q-Uを活用したいじめ問題の予防的取組みや,年間指導計画を立案する上での留意点について提案する。
引用文献
河村茂雄 1999 楽しい学校生活を送るためのアンケートQU(小・中・高等学校用) 図書文化社