The 56th meeting of the Japanese association of educational psychology

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異動プロブレム

なぜ,中堅・ベテラン教師が異動先で困難な状況に陥るのか

Sat. Nov 8, 2014 4:00 PM - 6:00 PM 405 (4階)

[JF08] 異動プロブレム

なぜ,中堅・ベテラン教師が異動先で困難な状況に陥るのか

松村茂治1, 浦野裕司2, 納富恵子3, 川元佳子4 (1.明治学院大学, 2.杉並区立桃井第三小学校, 3.福岡教育大学大学院, 4.加古川市立東神吉小学校)

Keywords:教員の異動, 学級の荒れ, 学校システム

【企画主旨】
昨今,中堅・ベテランと言われる教員が,異動によって赴任した学校で,「学級がうまく機能しない状況」に陥り,体調を崩したり,休職や退職においこまれたりする事例を耳にすることが多くなった。今,学校教育の現場では,大量の定年退職者によって生じる人材の不足を,主として,新卒者の大量採用によって対応してきているが,後進の指導にあたって中心的な役割をはたすべき中堅・ベテランの人たちの数が少ない上に,彼らが職場を去るような事態というのは,教育現場の大きな問題・損失ではないかと思われるのである。教員が異動に伴って陥った困難な状況を「異動プロブレム」と名付け,企画者らが入手したいくつかの事例を紹介しながら,この問題に含まれる重要な点を整理し,問題の予防につながる方策を検討すべく,このシンポジウムを企画した。

【事例1】
教職歴30年の女性教諭(A)。首都圏の公立小学校を4校経験し,前任校とは異なる自治体のX校(5年生30名)に異動した。難しい地域背景のある学区で,学校全体として,学力が2極化の傾向にある。
教員の半数以上が当校で初任を迎えているという,経験の浅い教員が多い。病休中の教員もいる。
5年生3学級のうち,A教諭以外は3-40代の男性教諭。1年生のころから落ち着かない学年で,毎年崩壊状態に陥っていた。この学年で2年続けて同じ学級を受け持ったのは,1-2年時の1人だけ(男性)。担任の殆どが男性教諭で,前年度は3人とも男性。
異動して来て戸惑ったことは,他自治体からの異動だったので,地域や学校の様子が分からなかったこと。いきなり分掌の主任を命じられたが,組織として動いているようには見えなかったこと。引き継ぎがなかったこと(自分の失敗に触れたくないのか?)。子どもたちから嫌われているような印象を持ったこと(女性教師不信?),相談できる人がいない(学年は,自分のことで精一杯)など。
学級では,以下のような事態が起きていた。
子どもたちの心の荒みようがひどく,連日の喧嘩や教師への反抗がひどかった。特別な支援が必要と思われる子が10人以上もいて,しかも,どこにもつながっていない子がほとんどで,今までの対応に関する不満が強い。学校・担任に対してクレームを言ってくる保護者が少なからずいる(荒れた学年の保護者なので,不信感が強い?)。分掌の仕事に追われる一方,ほぼ毎時,専科の授業について行かなければならず,教材研究が十分にできず,授業が進まない。学年の打ち合わせや共通理解ができない。残業の日々で家庭崩壊!
そうした中で,A教諭は心理的・身体的な変調をきたしてゆく。子どもに対して絶えずイライラし,毎日子ども叱りに来ているようで,いつか子どもを傷つけるのではないかと不安にもなった。熟睡できない,夜何度も目が覚める、朝早く目が覚めるなど睡眠障害に陥り,久しぶりに会った知人からは,人相が変わった(不規則な食事,甘いもの摂取等で体重が増えた!)と言われた。
こうした中で助かったことは,管理職がうるさくなかったこと,学年担任がそれぞれ何とか学級を維持していたこと,周囲からの「最近,落ち着いてきましたね」の言葉かけ,前任校や当該校の保護者からの言葉かけなど。
2学期になり,子どもとの関係を変えたり,職場でのやり方を変えたり,自分の考え方を見直したりすることで,何とか乗り越えてきた。
3学期になり学級は落ち着き,子どもも保護者も,A教諭が次年度の担任になることを望んだが,難しい状況が生じ,望みは叶えられなかった。

【事例2】
教員歴約30年の女性教諭(B)。首都圏の公立小学校を4校経験し,5校目に異動したY校(5年生35人)で問題に遭遇して体調を崩し,休職から退職に至った。前任校には9年間在職し,1,2,3年と担任した後,5-6年を3回受け持った。
Y校へは,同じ自治体内での異動で,学校や子どもたちについては大体の情報(学力が低く,やんちゃな子が多い等)は入っていた。引き継ぎの際,前担任から,この学年の子どもたちの良い点を一つも聞くことができなかった。1学年3~4学級の比較的大規模な学校である。
それまでの経歴から,ある程度の分掌を任されることは覚悟していたが,着任初日に,管理職以外の教員から,想定外の役割を言われ,戸惑いを感じた。
日が経つにつれ,周囲から「大変な学年」と言われるようになった。しかも,異動教員にはいかんともし難い不公平な学級編成が行われていたことも分かってきた。
学校全体に,子どもたちを怒鳴ってその場を収めていくといった風潮が強く,それはB教諭が大事にしてきた指導法とは相容れないものであった。
学年に関しては,年齢構成の関係もあって,打ち合わせや共通理解がなかなか得られなかった。
学級については,子ども同士の関係が悪く,互いの傷つけあい・喧嘩の連続で,それに対する指導には,反抗的な言葉が返ってきた。一人の子どもからは,B教諭に,「汚い」「触るな」「死ね」といった言葉が繰り返され,気持ちが重くなった。
男子には,幼なさ,乱暴,学力の低さなど,支援の必要な子が多かった。女子には,「ボス」がいて,それに対抗できるような女子を配置したとのことだったが,逆効果で,ボスに付いて一大グループを作り,男子にも手を上げることが多かった。子どもたちの中から,良くなりたいという思いが伝わってくることもあったが,マイナス面への対応に終始し,プラス面まで手が回らないのが現状だった。給食の準備や掃除など,きちんとしつけられていなかった。担任の授業だけでなく,専科の授業でも成り立たないことが多かった。子どもへのイライラが強くなり,良いところを見つけて褒めることができず,それが余計に教師不信を生むという悪循環に陥っていた。
こうした状況を分かってくれる教員がいたこと,管理職がうるさく言わなかったことは幸いだったが,彼らとて,クラスには手を出すことはできなかった。保護者との関係も悪くはなかったが,問題の解決には至らなかった。
怒鳴らなければいけないという学校の体質の中で,自分の教育観・子ども観が全面的に否定されて行くように感じるようになってきた。
1学期中に起きた2つの出来事が,B教諭の自信喪失を決定的なものにした。一つは保護者との関係を悪化させるもの,もう一つは子どもからの不信感を増加させるものであった。
不眠に陥り,表情・笑顔が無くなっていった。
2学期になり,職場で体が動かなくなることを経験し,自分が壊れていくことを実感した。学校に行こうとしても体が動かず,心のどこかで,誰か階段から突き落としてくれれば・・・と思うこともあった。
医師の勧めもあり,2学期半ばから休職した。体調が回復すれば,同じ職場に戻らざるをえない。担任した子どもたちは6年生,学校の雰囲気は変わらない等を考え,3学期一杯で退職した。

【異動した教員が抱えるリスク】
これまで,異動を機に体調を崩したり休職や退職に追い込まれたりする教員に何度も出会ってきた。その理由は個人によってさまざまだが,いくつかのリスクが絡み合って,「このまままではどうにもならない」というような状態に追い込まれているように感じてきた。
異動時のリスクとして考えられるのは,学級経営上のリスク,学校システム上のリスク,その教員の個人的な要因や経験上のリスク,そして職場の人間関係上のリスク等である。単一の場合にはなんとか乗り越えることができても,複数のリスクが重なったときにはどうしようもない状態に追い込まれてしまう。
課題を抱える子どもたちが多い,あるいは保護者対応が難しいなどの理由から,「校内にだれも持ち手のいない学級」を,異動してきたベテラン教員に担任させることがある。良い方に考えれば,「力のある教員に託す」ということになるが,しばしば,学級経営上のリスク,学校システムや職場の人間関係上のリスクなど,複数のリスクを初めから背負ってのスタートとなる。そこに通勤時間や家庭的な状況など個人的なリスクが重なれば,遅かれ早かれどうにもならない状態に追い込まれていくことは目に見えている。
こういったリスクを想定した簡単なアンケート調査や聞き取り調査を実施して,傾向として次のようなことが明らかになりつつある。
①体調を崩したり休職,退職に追い込まれたりするケースでは,大きく分けて「学級経営上のリスク」と「学校システム上のリスク」(校務システムや校内・学年の人間関係の問題なども含む)の両方のリスクが重なっている。
②困難を感じながらも何とか乗り切れたケースでは,「学級経営上のリスク」と「学校システム上のリスク」のどちらか一方は重くのしかかっていたものの,他方は比較的軽微だった。
以上の結果から,異動にはさまざまなリスクが伴い,それらが重なったときに,力のあるベテラン教員でも(ベテラン教員だからこそ)どうにもならない状態に陥ってしまう危険性があるということが示唆される。
異動プロブレムを予防するためには,異動したばかりの教員には,だれも持ち手がいないような学級を担任させることがないようにすること。どうしても担任させざるを得ない場合には,十分な状況の説明とサポート,学校システムとしてのリスクを軽減するような方策を考えること。
若手教員が増加傾向にある学校現場では,力のある中堅・ベテランは貴重な存在である。彼らが十分な力を発揮できずに現場を去っていくような事態は回避しなければならない。今,学校現場にはそのための方策の検討が求められている。