The 56th meeting of the Japanese association of educational psychology

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21世紀型スキルとキー・コンピテンシー

いかに文脈的アプローチを実現するか

Sun. Nov 9, 2014 10:00 AM - 12:00 PM 502 (5階)

[JG01] 21世紀型スキルとキー・コンピテンシー

いかに文脈的アプローチを実現するか

白水始1, 遠藤貴広2, 益川弘如3, 松下佳代4, 西野真由美1, 後藤顕一1, 松原憲治1, 福本徹1 (1.国立教育政策研究所, 2.福井大学, 3.静岡大学大学院, 4.京都大学)

Keywords:21世紀型スキル, キー・コンピテンシー, 協調学習

 「キー・コンピテンシー」や「21世紀型スキル」といった「新しい能力」(松下, 2010)に関わる教育目標は,教育心理学のコミュニティには,まだ馴染みの薄いものかもしれない。しかし,これらの目標の提案に至る次のような背景,及び,現在の世界におけるそれらの目標の受容のされ方を見れば,教育心理学研究の果たすべき役割がかなりはっきりしてくるように思う。
背景を「評価」の観点から考えてみる。評価は当初,ビネーテストのように知能を測るものだった。これは個人差の絶対視に繋がった。次に行動主義者が行動を測った。これは個人の学習可能性を認めた点で一歩前進だったが,測定可能なスキルへの分割と完全習得に教育を矮小化した。その後,認知主義者が知識を測ろうとした。これは個人の学習可能性を認めつつ,柔軟な行動の源泉となる「心」の状態を推察しようとした点で,大きな前進だった。しかし,多くの教育現場が心を「容れ物」と見て知識をそこに「詰め込むもの」と捉える知識観に縛られているために,伝達主義による教授を招いた。そこから,人が特定の文脈において,そこで見出した課題に対して,知識や技能を総動員し,感情や態度などの非認知的な要素に支えられながら,解決に取り組む過程を支援し評価するための目標が求められるようになった。それが知識基盤社会の要求-非定型的・創造的で多様な解を求める課題の増加-とも相まって,新しい能力目標の提案に繋がった。
それゆえ,これらの能力目標の根底には,知識の社会的な構成性や能力の状況性を認める視点がある。それにも関わらず,このいわゆる「文脈的アプローチ」はほとんど脚光を浴びていない。代わりにキー・コンピテンシーの「道具を相互作用的に用いる能力」に関わるリテラシーがPISAで問われ,21世紀型スキルの「協調的問題解決」能力がPISA2015,PISA2018で問われるなど,その一部のカテゴリーが評価を通じて世界に影響を及ぼす傾向がある。文脈的アプローチが受容されにくい原因を同定し,あるべき教育と評価に向けて,これらの能力目標を戦略的に活用していくためには,教育心理学者の知見が必要である。それは,教育心理学を実践化することにも役立つ。そのための議論を本シンポジウムで始めたい。
キー・コンピテンシーとコンピテンスのホリスティック・モデル
遠藤貴広(福井大学)

OECDが1997~2003年にDeSeCo(Definition and Selection of Key Competencies: Theoretical and Conceptual Foundations)と呼ばれるプロジェクトを展開し,個人が人生で成功しながら社会が良好に機能するために必要な能力を「キー・コンピテンシー(key competencies)」として明らかにしている。それは,PISA,PIAAC,AHELOといった2000年以降の教育政策に大きな影響を与えている国際比較調査の理論的・概念的基盤となっているもので,「道具を相互作用的に用いる」「異質な人々からなる集団で互いに関わり合う」「自律的に行動する」という3つのカテゴリーに整理されている。そして,その中核には,省察的に思考し行動することを求める「省察性(reflectiveness, reflectivity)」が位置付いている。
このDeSeCoは,これから求められる能力を選択する前に,これまでの能力概念を再定義するプロジェクトでもあった。しかしながら,日本では,キー・コンピテンシーとして新しく選択された能力カテゴリーへの注目に比べて,DeSeCoで再定義された「コンピテンスのホリスティック・モデル(holistic model of competence)」と呼ばれる能力概念についての関心は薄かった。そこで起こりうるのは,新しい能力が古い能力概念で評価されてしまうという状況である。新しい能力概念を無批判に受容してしまうことには注意が必要であるが,少なくともDeSeCoのキー・コンピテンシーのような能力の育成を考える場合,ホリスティック・モデルと呼ばれるDeSeCo独特の能力概念を踏まえた教育や評価の方法を考える必要がある。それは,能力を,関係の中で働く文脈依存的な機能面から捉えるアプローチで,能力を,個人が所有する文脈独立的な実体として捉えるアプローチとは一線を画するものである。
このような見方に立てば,能力やその構成要素となる知識・技能・態度をリストアップし,それを文脈や状況から切り離してチェックするという形の評価は成り立たない。ある行為がどのような状況から引き起こされたのかを把握した上で,その背後でどのような能力が発揮され,そこにどのような知識や技能や態度が機能していたのかを推測するという形でしか,能力を評価することはできないということである。
ここで鍵となるのは,行為が引き起こされた状況や文脈をどのように記述するかという点である。それは,目の前の事実のみならず,その事実が生み出された状況を,学びの脈絡としてどう把握するかということでもある。
 
21世紀型スキルと前向きアプローチ
益川弘如(静岡大学)

知識基盤社会ではすべての人が「新たな知識を生み出していく」ことが重視される。ATC21S(21世紀型スキルの評価と教育プロジェクト)が提出した白書(Griffin et al., 2012)は,各国の教育政策やカリキュラムを検討して,4領域からなる10個のスキルを21世紀型スキルとして示している。それは「思考の方法(創造性とイノベーション,批判的思考ほか,学び方の学習)」「働く方法(コミュニケーション,コラボレーション)」「働くためのツール(情報リテラシー,ICTリテラシー)」「世界の中で生きる(シチズンシップ,人生とキャリア発達,個人の責任と社会的責任)」である。総体として整理すると,「ある目標を解決するために,他者と共に様々なテクノロジも活用しながら知識を生み出し,またそのプロセスを通じて新たな目標を発見するような知識を生み出し続けるスキル」と言える。
授業を通して21世紀型スキルを引き出し高めていくには,問いに対する解を他者との対話を通じて生み出すと同時に,そこでさらなる問いが生まれ,学習を深め続ける知識構築活動の実現が欠かせない。白書でScardamaliaら(2012)は,この授業設計を「前向きアプローチ」と呼んでいる。これは現在主流の,目標を固定して下位目標を定め,学習者に一律なステップを踏ませて目標に達したところで学習が完了すると見なす「後向きアプローチ」とは根本的に異なる。
評価も「学習と同時に行われ状況に埋め込まれた変容的な評価(concurrent, embedded and transformative assessment)」を提案している。各学習者がスキルと知識を一体的に扱いながら知識構築過程に従事し,次の学びに繋げているかを知ることが,前向きアプローチの評価となる。これに対して,知識と切り離して問題解決力・表現力といった一般的なスキルをテストで評価しようとすると,下位スキルの訓練という後向きアプローチを助長することになる。
前向きアプローチを幅広く学校で実現するには,学習観や授業に加え評価方法も含めた一体的な改革が必要である。しかし我々自身,そのための目標と手段が最初から分かっているわけではない。それは,まだ見ぬ人の学習可能性を信じ,実践評価を繰り返す中で具現化し,良質な実践を引き起こす原則を同定し改訂し続ける必要があるからである。つまり,一体的改革自体を前向きアプローチで進める必要がある。そのために上記アプローチの授業実践共有,多様な学習プロセスの集積分析,学習支援テクノロジのオープンソース化,及び現場教員の学習機会提供を一体的に行うためのネットワークを世界と連携して構築中である。

21世紀型能力とその戦略
白水始・西野真由美・後藤顕一・松原憲治・福本徹
(国立教育政策研究所)

国立教育政策研究所(2013)では,キー・コンピテンシーや21世紀型スキルも参照しながら,「21世紀型能力」を整理した。それは問いに対して答えを作り出すための「思考力」を中核とし,それを支える「基礎力」と,思考力の使い方を方向付ける「実践力」の重なり合う三層で能力目標を構造化したものである。しかし,こうした目標定義は,容易に能力の下位要素への分割とその完全習得という後向きアプローチを誘発する。国立教育政策研究所(2014)では,その陥穽に陥らない戦略を,国内外の豊富な実践例やカリキュラムの実施結果,教育心理学的知見を踏まえて模索した。その結果,次の3点を重視することにした。
・ 資質・能力目標をまずはゴールとしてよりも手段として扱う。すなわち,子供が持つ潜在的に学ぶ力を引き出して教科等の学習に結び付ける授業・教育を推奨する。そうした学習経験とそのメタ認知の繰り返しから,子供が自らの学ぶ力を自覚し活用できる長期的な学習支援を推奨する。「使って育てて賢く生きる『21世紀型能力』」といった標語は,一連の過程をイメージし易くする一案である。
・ 評価は,あるべき資質・能力目標を定義し,その規準に照らして言動を評定するような形では行わない。それは容易に行動主義的な後向きアプローチに転化するからである。むしろ,資質・能力を活用して獲得・構築された知識・技能の「質」を評価する。すなわち,学習成果の到達度だけでなく,新たな問いや学習意欲など次の学習への発展性を測定する。
・ 翻って,「思考力を活用した課題解決から,課題を発見し実践する実践力,それを支える認知的道具を現地調達する基礎力」,あるいは「答えだけでなく自分が納得できる説明モデルやストーリを創る思考力,それを実社会に活用する,または自分の人生のストーリに編み込む実践力,そのために情報を収集・編集しイメージを広げる基礎力」等,学習過程をシンプルに想定し易い能力目標を提案する。
並行して,「次の学びを生む学び」に子供・教員・保護者・教育行政関係者・研究者が自ら従事し,他者が従事する姿を目撃する機会を増やすためのネットワーク創りを急ぐ。