The 56th meeting of the Japanese association of educational psychology

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21世紀の日本にワロンの発達教育思想をどう生かすか(3)

ワロンの表象発生論・自我形成論と発達教育臨床の課題

Sun. Nov 9, 2014 10:00 AM - 12:00 PM 406 (4階)

[JG08] 21世紀の日本にワロンの発達教育思想をどう生かすか(3)

ワロンの表象発生論・自我形成論と発達教育臨床の課題

間宮正幸1, 加藤義信2, 吉葉研司3, 亀谷和史4 (1.北海道大学, 2.名古屋芸術大学, 3.琉球大学, 4.日本福祉大学)

Keywords:ワロンの表象発生論, スターンの自己感・他者感, 発達教育臨床


アンリ・ワロンは、ピアジェと比較対照されて“情動の理論家”と呼ばれることがある。彼が情動機能に重きを置いて自らの発達論を構築したことは、疑いないであろう。しかし、20世紀前半に、当時としてはほとんど心理学の研究対象とならなかった情動を問題として取り上げたことをもって、私たちはワロンの発達論を称揚し、学ぶに足ると主張したいのではない。それだけであるならば、ワロンは単に心理学史的な興味の対象としかならないであろう。
近年、心理学でも情動を論じ、身体論的視点から発達や教育を考えようとする潮流が生まれつつあるが、ワロンの情動論や身体を姿勢機能に注目して捉えようとする論は、そうした流れの中にあっても未だ汲み尽くされていないアイデアの宝庫であると、私たちは考える。とりわけ、これまで情動と対立的に論じられてきた人間に固有の認知様式としての表象機能が、まさに情動や姿勢機能を基盤として発生するとのアイデアは、他のどんな発達の理論家にも見られないユニークな視点を私たちに提供してくれる。
ワロン没後50年を機に始められた私たちのシンポジウムでは、これまでの2回、ワロンの主要著作を取り上げ、彼の発達論のエッセンスとその現代的意義について議論してきた。今回はさらに進んで、特にワロンの表象発生論に焦点をしぼり、その内容を検討するとともに、ワロン的表象論が自我形成論にどのように接続していくのか、また、それらが現代の発達支援や教育実践にどのように示唆を与えうるかを、集中的に議論することにしたい。
その際、発達初期の心理療法の理論として大きな影響力をもち、かつ「表象」の概念をその理論の主柱として用いているD.スターンの所論をひとつの比較参照点とすることによって、ワロンの表象論と自我形成論から私たちがいま何を学ぶべきかを、いっそう浮かび上がらせることにする。

ワロンは表象発生問題をどう考えたか?

加藤義信(名古屋芸術大学)

1928年に始まり、ワロンが亡くなる1962年まで続いた「ピアジェ-ワロン論争」は、発達論全般に射程の及ぶ論争という性格を有してはいたが、その中核的論点に表象発生問題のあったことは意外に知られていない(加藤・日下・足立・亀谷,1996)。ピアジェもワロンも、英語圏の発達論が自明の前提とする知覚と表象の連続性や、心的なもの(表象)の存在を誕生の初めから仮定する論に異を唱え、表象機能は誕生後のある時期に発生するという見地を共有していた。
しかし、行為図式(シェマ)が次第に高次化して内化することが心的なものの発生であるとするピアジェと異なり、ワロンは現実世界の心的置き換えとしての表象機能は、外界への実践的行為の延長上に生まれるものではないとする。ワロンが代わって注目するのは、行為を思いとどまって外界に対峙する姿勢の機能である。外界に対する運動的な反応でなく、身体の型どりがあって、緊張性の構えの形成があって、初めて主体の外界からの引き離しが可能となり、そのことによって心的な世界が主体の中に立ち上がる。ワロンは次のように言う。
「直接経験と事物の表象との間には必然的にある分離がなければならず、この分離によって、対象に固有の質と固有の存在とが、はじめはそのものと一体となっていた印象や行為から引き離されて、対象の基本性質のうちでも外在性という性質が対象に付与されるのである。この分離なくしては表象ということは不可能である」
(Wallon,1934/1965)
こうした姿勢機能は、発生的には情動機能と一体であり、その一体性こそ人間が社会的存在であることの根拠を提供し、同時に、新しく発生した表象機能が個の内面世界としての自我形成を可能としていく。ワロンのこのようなロジックの理解は容易ではないが、汲めど尽きせぬ内容を持つと言えるであろう。
ワロンの表象発生論・自我形成論と
教育実践・若者自立支援

間宮正幸(北海道大学)

1920年代の,病理的心理学から発達心理学へというワロンの研究の転回の到達点が自我意識の発生の問題であった。この,ワロンの自我意識にかかわる表象発生論および自我形成論が,わが国における教育実践・若者自立支援等の実際において理論的に貢献することを期待している。
この点で注目すべきは,加藤義信(2007)が提示したワロンの表象発生論における10の命題の重要性である。「連続ではなく,差異・対立・矛盾として発達過程を見ること,これこそがワロン的視点」として,加藤は,ワロンの表象発生論に早くから着目してきた。これらの諸命題は「表象の発生には,姿勢機能の働きが決定的役割を果たす」ことを述べたもので,心理の発生を衝動や情動のような身体の運動と姿勢における緊張・弛緩状態からとらえようとする。命題9は,「人と人とは,情動と姿勢を介して,自分の中に他人を,他人の中に自分をうつし合う(映し合う,移し合う)メカニズムを有する。そのうつし合いのメカニズムこそ,人間が社会的存在であることの根本的条件であり,表象内容や表象媒体の伝達を支えるメカニズムである」というものである。
表象発生論という点では,D.スターン(1985)が「ヨーロッパで見直されているワロン」と紹介した後に「親-乳幼児心理療法」(スターン、1995)等を提示していることがわれわれの関心をひく。「他者とともにあるスキーマ」「他者とともにありながら乳幼児は自分自身の内側に自分がどのように感じるかという表象を作りはじめる」などと述べている。今日,スターンの臨床研究は,さまざまな支援の実際に応用されている。ワロンとスターンの表象発生研究の異同をも議論しながらわが国での実践に生かしたい。
[文献]
加藤義信(2007)発達の連続性vs非連続性の議論からみた表象発生問題――アンリ・ワロンとフランス心理学に学ぶ 心理科学,27(2),43-58.


スターンにおける「自己感」「他者感」の
形成理論

吉葉研司(琉球大学)

ダニエル・スターンは『乳児の対人世界 The Interpersonal World of The Infant』(1985)で,ユニークな自己形成論を展開する。彼の「私」形成の焦点は自己に関する主観的な体験と,そのオーガナイゼーションのありかたである。これをスターンは「自己感Sense of Self 」の発達と呼び,そのオーガナイゼーションの質に基づき4つ(1985当時,現在は5つ)の発達段階として整理している。興味深いのは,4つめの段階を言語自己感Sense of Verbal Self 以前に,新生自己感Sense of Emergent Self,中核自己感Sense of Core Self,間主観的自己感Sense of Subjective Self という三つの異なる主観的体験とオーガナイゼーションの質を挙げている点である。
スターンの理論にもとづけば,乳児は,非言語的な段階で自己を主観的な「もの」に基づきオーガナイズされた感覚として体験する,ことになる。これらが層となり,質の異なる新たなオーガナイズされた感覚を創り出すことになる。点から線が線から面が創り出されるように「自己感」は発達するのだ。
スターンは,乳児は「自己感」の発達は同時に,自己の内面における「他者感」の発達をも促すと述べる。この意味で,「自己感」の質の違いは「他者感」の違いでもある。したがって,ピアジェの自己中心性から脱中心化でもなく,ワロンの自他未分化から自・他の自律でもない。「自己」と「他者」の感覚を質的に変容させながら「他者とは異なる自己」と「自己とは異なる他者」が「共にある」というそのやりとりの質を変容させていく。いわば,「自律」と「協働」のあり方を,経験を通して学ぶことになる。
乳児の自己感は自-他相互作用を通して発達する。このとき重要なのは互いのやりとりの核となる情動(affection)である。また自-他相互のやりとりは非言語故に身体抜きに行うことができない。自己形成論のみならず乳児の保育方法にも示唆に富む点が多いと考えている。

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