[PC057] 考古学的鑑識技能の学習プログラム開発
Keywords:鑑識技能, 知覚学習, 考古学
目的
資料の速く正確な同定(分類)技能である“鑑識技能”の獲得は,多様な専門領域において求められているが,その学習法はまだ確立されているといえない状況にある。中でも考古学領域では,当該技能の獲得に関わる体系的な指導や学習用教材を欠いており,また習得には先天的な素質を必要とするとの誤解も広く持たれているため,これまで学習の途上で断念してしまう者が非常に多かった。しかし古くはGibson & Gibson(1955)が示したように,万人に生得的に備わる知覚学習能力を軸とする適切な学習支援システムがあれば,ほとんどすべての学習者は当該技能を習得できると推測される。
本研究の目的は,コンピュータを用いた鑑識技能のトレーニング・プログラムを開発することである。考古学の土器カテゴリーを学習素材として試作したプログラムについて,学習データを取得した。
方法
参加者 考古学の学習経験がない男子大学生4名
材料 板付Ⅰ式土器の典型事例にあたる図版をオリジナルとして,当該カテゴリーに特徴的な形態属性3種の存否,および22種の器形を組み合わせて作成した113例からなる刺激セットを用いた(時津,2007)。この刺激セットからとくに,熟練した考古学者7名の評定データに基づき「典型的である」と判断された上位7例を学習フェイズ用の刺激として選定した。
手続き 学習フェイズ コンピュータ画面上に学習用刺激を1例ずつ,ランダムな順序で呈示した。呈示時間に制限は設けず,参加者がキー押しで反応するるまで呈示し続けた。 評定フェイズ 学習フェイズの終了後,コンピュータ画面上に刺激セットの113例を1例ずつランダムな順序で評定用のスケールとともに呈示した。参加者はマウスを用いて,当該カテゴリーの事例としての典型性の強さを回答した。学習フェイズと評定フェイズを合わせて1セッションとし,参加者はこのセッションに繰り返し取り組んだ。
結果と考察
各セッションにおいて,4名の参加者が刺激セットの113例に与えた評定値を変数として主成分分析を実施した。サンプル(主成分得点)の布置に,参加者それぞれの反応パターンを看取できる。図1は,4名全体の布置より1名分のみ取り出し,学習過程を3期に分割して示したものである。4名いずれの参加者も,学習初期(1~10セッション頃)には得点が大きくばらついており,同一事例に対する反応が定まっていないとわかる。しかし学習が進むに従い,反応のぶれは小さくなり収束している。このことは,学習者個人の内部で,土器カテゴリーの事例を弁別する感覚(“鑑識技能”の芽)が生じ始めていることを示すと解釈できる。
学習の過程で,参加者個人の内部では反応(評定内容)の一貫性が高まるものの,参加者間では必ずしも一致しなかった。学習者がそれぞれ自分なりの評価基準を確立するだけでなく,望ましい方向へ確実に学習を進められるよう,今後は判断基準の教示や,適切な結果のフィードバックなどをプログラムに採り入れ,調整を図る必要がある。
本研究はJSPS科学研究費助成(課題番号:25750093)を受けて実施された。
資料の速く正確な同定(分類)技能である“鑑識技能”の獲得は,多様な専門領域において求められているが,その学習法はまだ確立されているといえない状況にある。中でも考古学領域では,当該技能の獲得に関わる体系的な指導や学習用教材を欠いており,また習得には先天的な素質を必要とするとの誤解も広く持たれているため,これまで学習の途上で断念してしまう者が非常に多かった。しかし古くはGibson & Gibson(1955)が示したように,万人に生得的に備わる知覚学習能力を軸とする適切な学習支援システムがあれば,ほとんどすべての学習者は当該技能を習得できると推測される。
本研究の目的は,コンピュータを用いた鑑識技能のトレーニング・プログラムを開発することである。考古学の土器カテゴリーを学習素材として試作したプログラムについて,学習データを取得した。
方法
参加者 考古学の学習経験がない男子大学生4名
材料 板付Ⅰ式土器の典型事例にあたる図版をオリジナルとして,当該カテゴリーに特徴的な形態属性3種の存否,および22種の器形を組み合わせて作成した113例からなる刺激セットを用いた(時津,2007)。この刺激セットからとくに,熟練した考古学者7名の評定データに基づき「典型的である」と判断された上位7例を学習フェイズ用の刺激として選定した。
手続き 学習フェイズ コンピュータ画面上に学習用刺激を1例ずつ,ランダムな順序で呈示した。呈示時間に制限は設けず,参加者がキー押しで反応するるまで呈示し続けた。 評定フェイズ 学習フェイズの終了後,コンピュータ画面上に刺激セットの113例を1例ずつランダムな順序で評定用のスケールとともに呈示した。参加者はマウスを用いて,当該カテゴリーの事例としての典型性の強さを回答した。学習フェイズと評定フェイズを合わせて1セッションとし,参加者はこのセッションに繰り返し取り組んだ。
結果と考察
各セッションにおいて,4名の参加者が刺激セットの113例に与えた評定値を変数として主成分分析を実施した。サンプル(主成分得点)の布置に,参加者それぞれの反応パターンを看取できる。図1は,4名全体の布置より1名分のみ取り出し,学習過程を3期に分割して示したものである。4名いずれの参加者も,学習初期(1~10セッション頃)には得点が大きくばらついており,同一事例に対する反応が定まっていないとわかる。しかし学習が進むに従い,反応のぶれは小さくなり収束している。このことは,学習者個人の内部で,土器カテゴリーの事例を弁別する感覚(“鑑識技能”の芽)が生じ始めていることを示すと解釈できる。
学習の過程で,参加者個人の内部では反応(評定内容)の一貫性が高まるものの,参加者間では必ずしも一致しなかった。学習者がそれぞれ自分なりの評価基準を確立するだけでなく,望ましい方向へ確実に学習を進められるよう,今後は判断基準の教示や,適切な結果のフィードバックなどをプログラムに採り入れ,調整を図る必要がある。
本研究はJSPS科学研究費助成(課題番号:25750093)を受けて実施された。