日本教育心理学会第56回総会

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ポスター発表 PG

(501)

2014年11月9日(日) 10:00 〜 12:00 501 (5階)

[PG071] 日本語文の読みにおける読点の役割

新国佳祐1, 邑本俊亮1 (東北大学)

キーワード:文理解, 句読法, 読み時間

目 的
日本語には英語のような厳格な句読法の規則が存在せず,特に読点(カンマ)が打たれる位置については基本的に書き手の裁量によるところが大きいが,読みやすい文あるいは文章には文中の適切な位置への読点の挿入が必須である。しかしながら,日本語の読みにおいて読点が果たす役割についての心理学的な検討はほとんど見受けられない。本研究では,適切あるいは不適切な位置への読点の挿入が文の読み時間に与える影響について調べる。問題とするのは以下のような構造である。
(a)高価な 花瓶を 壊した 女の子
(b)無邪気な,花瓶を 壊した 女の子
多くの場合,(a)のようにある形容詞(「高価な」)が修飾するのはその直後に現れる名詞(「花瓶」)であるが,(b)のように形容詞(「無邪気な」)が直後の名詞でなく位置的に離れた名詞(「女の子」)を修飾することも可能であり,このような場合,通常形容詞の直後には読点が付される。一方,(a)において形容詞の直後に読点が付されると,「高価な」が「女の子」を修飾するという不自然な解釈可能性が生じ,逆に読みづらくなる。本研究では,このように形容詞の直後に置かれる読点に由来する主観的な読みやすさ,読みにくさが,文中の語句の読み時間というオンライン指標に反映されるか否かを確かめることを目的とする。
方 法
参加者 日本語を母語とする成人12名
刺激文 (a),(b)の構造を含む(1),(2)のような関係節構文のペア16文を使用した。以下,(1)を第一名詞修飾条件,(2)を第二名詞修飾条件と呼ぶ。
(1)良子が/高価な#/花瓶を/誤って/壊した/女の子を/叱った/。
(2)良子が/無邪気な#/花瓶を/誤って/壊した/女の子を/叱った/。
実験計画 2(文の構造:第一名詞修飾/第二名詞修飾)× 2(読点:無/有)の2要因参加者内計画で実験が行われた。各要因は分析段階で条件を上記の順序でそれぞれ-0.5,0.5にコーディングした。読点の有無は(1),(2)中の#位置に読点(,)を挿入するか否かで操作した。
手続き 4条件のいずれかに割り当てられた刺激文が,参加者のキー押し反応によって進行する非累積式の移動窓self-paced reading法により,(1),(2)において/で区切られた語句ごとにPCの画面上に呈示され,各語句の読み時間が記録された。刺激文は80のフィラー文とともにランダムに呈示され,各文の呈示直後には文に関する2択式の理解課題が課された。
結 果
分析の主眼は,形容詞(高価な/無邪気な)が第一名詞・第二名詞のどちらを修飾するのかが決定する語句,すなわち(1),(2)における「女の子を」に当たる文節(以下,ターゲット文節)の読み時間であった。1) 理解課題に誤答,2) 200ms以下または4000ms以上の読み時間の語句を含む,3) 各語句において条件ごとの平均値±2.5SDを超える読み時間を含む試行は分析から除外した。図1にターゲット文節の読み時間の平均値を示す。統計分析には,プログラミング言語Rのlme4パッケージ上のlmer関数による,参加者と刺激文をランダム因子とした線形混合効果モデル分析を採用した。分析の結果,2要因の交互作用が有意傾向であった(β= -114.57, SE = 60.42, t = -1.90, p = .06)。各要因の主効果は有意ではなかった(ps > .10)。最終モデルにおいては,各ランダム因子に関して切片のみが仮定されていた。

考 察
統計的に有意な効果は得られなかったものの,形容詞の直後に付される読点は第一名詞修飾条件では後のターゲット文節の読み時間を増加させるのに対して,第二名詞修飾条件では減少させる傾向が見られ,読点が促進・妨害の両面でオンラインで読みに影響を与えていることが示唆された。読点無の条件で第二名詞句修飾条件の読み時間が長いのは,この条件の語順が一般的に好まれないためであると考えられる(通常,「花瓶を壊した無邪気な女の子」とするのが一般的である)が,第二名詞修飾条件でも読点が挿入されることにより読点無の第一名詞修飾条件とほとんど変わらない読み時間で読まれることは注目すべきであり,特に読みやすさを高める要因としての読点の重要性を示す結果である。
※本研究は特別研究費奨励費(25・6600)の助成を受けました。