[PG079] 文法の教授が読解方略の獲得に及ぼす効果の検討
大学生を対象とした教育実践の予備的研究
キーワード:読解方略, 大学生, 教育実践
目 的
近年の情報社会において,書くスキルの重要性が高まっている。こうした背景と軌を一にして,中央教育審議会は「学士力」の一つとしてコミュニケーションスキルを挙げ,読む・書く・聞く・話す力の重要性を示している(文部科学省,2008)。一方,大学では学生の学力低下が指摘され,十分な文章力が獲得されないままの下位層の学生が一定数存在する。こうした学生に対し,どのような活動に着目して介入を行えばよいのであろうか。
大学で求められるレポートや論文等を「書く」プロセスには,意見の根拠となる資料を読みとる「読み」と,その上で意見を記述する「表現」という2つのプロセスが存在する(秋田,2002)。文章産出が困難な学生は,表現の前提となる「読み」につまずいている可能性が予測され,文章読解に対する介入が必要であると考えられる。
文章読解においては,形成される表象として,テキストベースと状況モデルの2種類が存在する(e.g., Kintsch, 1988)。それぞれの表象形成に対する介入として,前者は基本的な文法,後者はより高次な文法の教授が有効であると考えられる。こうした介入を学生の文章力の実態に応じて行うことによって,読みの前提となる文法事項が獲得され,適切な読解方略を使用出来るようになることが推察される。そこで,本研究では対象となる学生の特性を考慮し,授業における活動視点として「文法の教授」に注目した授業実践を行い,その実践の効果について検証する。
方 法
参加者 関東の私立大学で「レポートと文章作法」を受講した大学1年生14名のうち,回答に欠損のない9名を対象とした。入学時実施した国語のプレースメントテストにおいて,特に基礎的な力が乏しい学生であった。
授業者 第2著者が全授業を実施し,第1著者はティーチングアシスタントとして授業に参加した。
実施時期 2013年4月中旬から7月中旬に計15回実施した。
授業の概要 「文章力が身につく本(小笠原,2011)」「文章力の基本(阿部,2009)」を参考に,基本的文法として「主語・述語」や「句読点」,高次な文法として「推論と断定の違い」などを取り上げ,毎回異なる文法事項について授業を行った。授業は1コマ90分で実施した。まず,ワークシートに沿って文法事項についての講義を行い,その後,受講者は個別で課題に取り組んだ。課題中は机間指導を行い,適宜サポートを行った。課題後,授業者が解説を行い,授業の最後にワークシートに感想の記入を求めた。
質問紙・テスト 事前(第1回),事後(最終回)において,日頃使用する読解方略(井関・海保,2001)の測定(3件法)文章力テストを実施した。
結 果 ・ 考 察
下位尺度ごとに項目得点の平均を尺度得点として,事前・事後における対応のあるt検定を行った(表1)。その結果,命題的方略において使用の向上が認められた(t(1,9)=2.596, p<.05)。命題的方略は「わかりにくい文は主語や述語など,要素に分解する」といった基本的文法の教授によって獲得された方略であると考えられ,本実践はこうした基本的な文法に対して一定の効果がみられたことが示唆された。一方で,より高次なドキュメント作法利用方略等には向上がみられなかった。本研究での対象者は入学時のテストで学力の低かった学生であり,高次の方略を獲得するための基本的文法力が不足していたためであると考えられる。
以上から,今後の課題として,学生の特性を考慮した上でより高次な文法事項を獲得させるための介入方法について検討すること,また,読み方略の獲得が「表現」の向上にいかに結びつくかを検討していくことが求められるだろう。
主な引用文献
崎濱秀行(2003). 日本教育工学雑誌,27, 105-115.
近年の情報社会において,書くスキルの重要性が高まっている。こうした背景と軌を一にして,中央教育審議会は「学士力」の一つとしてコミュニケーションスキルを挙げ,読む・書く・聞く・話す力の重要性を示している(文部科学省,2008)。一方,大学では学生の学力低下が指摘され,十分な文章力が獲得されないままの下位層の学生が一定数存在する。こうした学生に対し,どのような活動に着目して介入を行えばよいのであろうか。
大学で求められるレポートや論文等を「書く」プロセスには,意見の根拠となる資料を読みとる「読み」と,その上で意見を記述する「表現」という2つのプロセスが存在する(秋田,2002)。文章産出が困難な学生は,表現の前提となる「読み」につまずいている可能性が予測され,文章読解に対する介入が必要であると考えられる。
文章読解においては,形成される表象として,テキストベースと状況モデルの2種類が存在する(e.g., Kintsch, 1988)。それぞれの表象形成に対する介入として,前者は基本的な文法,後者はより高次な文法の教授が有効であると考えられる。こうした介入を学生の文章力の実態に応じて行うことによって,読みの前提となる文法事項が獲得され,適切な読解方略を使用出来るようになることが推察される。そこで,本研究では対象となる学生の特性を考慮し,授業における活動視点として「文法の教授」に注目した授業実践を行い,その実践の効果について検証する。
方 法
参加者 関東の私立大学で「レポートと文章作法」を受講した大学1年生14名のうち,回答に欠損のない9名を対象とした。入学時実施した国語のプレースメントテストにおいて,特に基礎的な力が乏しい学生であった。
授業者 第2著者が全授業を実施し,第1著者はティーチングアシスタントとして授業に参加した。
実施時期 2013年4月中旬から7月中旬に計15回実施した。
授業の概要 「文章力が身につく本(小笠原,2011)」「文章力の基本(阿部,2009)」を参考に,基本的文法として「主語・述語」や「句読点」,高次な文法として「推論と断定の違い」などを取り上げ,毎回異なる文法事項について授業を行った。授業は1コマ90分で実施した。まず,ワークシートに沿って文法事項についての講義を行い,その後,受講者は個別で課題に取り組んだ。課題中は机間指導を行い,適宜サポートを行った。課題後,授業者が解説を行い,授業の最後にワークシートに感想の記入を求めた。
質問紙・テスト 事前(第1回),事後(最終回)において,日頃使用する読解方略(井関・海保,2001)の測定(3件法)文章力テストを実施した。
結 果 ・ 考 察
下位尺度ごとに項目得点の平均を尺度得点として,事前・事後における対応のあるt検定を行った(表1)。その結果,命題的方略において使用の向上が認められた(t(1,9)=2.596, p<.05)。命題的方略は「わかりにくい文は主語や述語など,要素に分解する」といった基本的文法の教授によって獲得された方略であると考えられ,本実践はこうした基本的な文法に対して一定の効果がみられたことが示唆された。一方で,より高次なドキュメント作法利用方略等には向上がみられなかった。本研究での対象者は入学時のテストで学力の低かった学生であり,高次の方略を獲得するための基本的文法力が不足していたためであると考えられる。
以上から,今後の課題として,学生の特性を考慮した上でより高次な文法事項を獲得させるための介入方法について検討すること,また,読み方略の獲得が「表現」の向上にいかに結びつくかを検討していくことが求められるだろう。
主な引用文献
崎濱秀行(2003). 日本教育工学雑誌,27, 105-115.