[PH062] 「よりどころ」と「自己対象」の心理学的考察2
アタッチメント,および自己対象欲求・否認との関係
Keywords:「よりどころ」内在化尺度, 自己対象機能の内在化, スピリチュアル
問題と目的:
「よりどころ(拠り所・拠)」という言葉は「心のよりどころ」や「判断のよりどころ」という形で日本語の日常語として使われるものであり,教育や心理臨床の現場でもしばしば用いられる。その歴史は古く,源氏物語や日本書紀にも登場し,また仏教文化においても釈迦が入滅前に残したとされる「自灯明・法灯明」の言葉に「よりどころ」をどこに置くのかという意が示されている(北川,2011)。しかし,心理学においてはこの語が十分に定義付けられているとは言い難い。竹田・太湯(2006)など,スピリチュアル研究の中で「拠り所」という語を取り扱っている研究はあるが,その概念について中心的に検討している研究は見当たらない。
「よりどころ」という言葉について,広辞苑第六版(2008)を引くと「拠」の字が使われ,「①たよりとするところ。寄りすがる所。②もとづく所。根拠。」とある。つまり,「よりどころ」という言葉は物理的・身体的な支えとしての「対象」や「場所」を指すと共に,心理的・情緒的な支えや,判断の際に参照するものとしての意味もあり,これはKohut (1971,1977,1984)の提唱した精神分析的自己心理学で言う「内在化された自己対象」と同じ働きをするものであると考えられるのではないか。本研究では特に後者の「心理・情緒,判断の支えとしてのよりどころの内在化」に注目し,これを「自己対象機能の内在化」に相当するものと仮定して尺度化し,近接概念との関係を検討することを目的とした。
方法:
兵庫県内の大学生101名(男性30名,女性71名。平均年齢20.46歳(SD=1.89))に対し以下の尺度による質問紙調査を行った。配布・施行は一般教養の授業の中で一斉に行い,回収も行った。調査期日は2013年12月。
使用尺度:
【よりどころ内在化尺度】 予備調査においてKohut(1984)の3種類の自己対象機能(鏡映・理想化・分身)に即して「よりどころの内在化」を表す項目群を作成し,因子分析を施した。得られた尺度に「神仏などの大いなるものとのつながり」など幾つかの項目を加え,合計24項目の項目群を作成した。
【自己対象欲求・否認尺度】 Banaiら(2005)がKohut理論による3つの自己対象欲求とその否認を下位尺度として作成した「SONI:Self Object Need Inventory」(38項目)の日本語訳を行い,「自己対象欲求・否認尺度」として使用した。コフート理論に従えば,自己対象欲求や否認については自己対象機能の内在化が深く関与しているはずであり,このことから併存的妥当性について検討する。
【アタッチメント(ECR-GO)尺度】 中尾・加藤 (2004)が作成したECR-GO(30項目)。Banaiら(2005)が使用したのと同じBrennanら(1998)のECRを元に作成されており,「見捨てられ不安」「親密性の回避」の2下位尺度からなる。一般他者を対象としている。
結果と考察:
「よりどころの内在化」項目群について因子分析(主因子法・プロマックス回転)を施し,複数の因子に同程度に負荷する項目や,いずれの因子に対しても絶対値で.40以上の因子負荷を持たない項目を削除した。その結果得られた項目群に再度因子分析を施したところ,3下位尺度,計14項目の「よりどころの内在化尺度」が構成された。全体の累積寄与率は49.75%であった。また各因子の信頼性についてはクロンバックのα係数が第1因子で.838,第2因子は.783,第3因子は.797であった。
続いて「よりどころの内在化尺度」と「自己対象欲求・否認尺度」との相関関係を検討したところ,合計点数間に.418の正の相関が見られた。また「双子の内在化」と「鏡映欲求の否認」の間に.655の正の相関,「鏡映の内在化」と「鏡映欲求の否認」の間に.420の正の相関が見られるなど,中程度の相関を示しながらも項目群・因子の意味からは近接の別の概念を測定していることが示唆された。
また「よりどころの内在化尺度」と「アタッチメント尺度」の相関関係については,「双子の内在化」と「見捨てられ不安」との間に.397,「理想の内在化」と「親密性の回避」との間に.360の緩やかな正の相関が見られた。十分に内在化されているのであれば負の相関が見られることが考えられるが,結果は逆であった。Wolf(1988)によれば,自己対象は内在化が進めば精神の深い部分に沈み,意識されなくなる。つまり本尺度が測定しているものは「意識される範囲の部分」であり,「よりどころの意識」を測定する尺度と言えるのではないか。またこの尺度の得点が高いことは,かえってよりどころの内在化が進んでいないことを示すことも考えられる。
今後,よりどころを意識すること・意識しないことがどのような心理に影響するのかなど検討する必要がある。
引用文献:
Erez Banai, Mario Mikulincer, & Phillip R. S. (2005)
“SELFOBJECT”NEEDS IN KOHUT’S SELF PSYCHOLOGY
Psychoanalytic Psychology 22,2, 224-260
中尾達馬・加藤和生 (2004). 一般他者を想定した愛着
スタイル尺度の信頼性と妥当性の検討,九州大学心理
学研究,5, 19-27
竹田恵子・太湯好子(2006).日本高齢者のスピリチュアリティ概念構造の検討.川崎医療福祉学会誌,16(1),53-66
Wolf, E.S.(1988).Treating the self: Elements of Clinical Self Psychology.
「よりどころ(拠り所・拠)」という言葉は「心のよりどころ」や「判断のよりどころ」という形で日本語の日常語として使われるものであり,教育や心理臨床の現場でもしばしば用いられる。その歴史は古く,源氏物語や日本書紀にも登場し,また仏教文化においても釈迦が入滅前に残したとされる「自灯明・法灯明」の言葉に「よりどころ」をどこに置くのかという意が示されている(北川,2011)。しかし,心理学においてはこの語が十分に定義付けられているとは言い難い。竹田・太湯(2006)など,スピリチュアル研究の中で「拠り所」という語を取り扱っている研究はあるが,その概念について中心的に検討している研究は見当たらない。
「よりどころ」という言葉について,広辞苑第六版(2008)を引くと「拠」の字が使われ,「①たよりとするところ。寄りすがる所。②もとづく所。根拠。」とある。つまり,「よりどころ」という言葉は物理的・身体的な支えとしての「対象」や「場所」を指すと共に,心理的・情緒的な支えや,判断の際に参照するものとしての意味もあり,これはKohut (1971,1977,1984)の提唱した精神分析的自己心理学で言う「内在化された自己対象」と同じ働きをするものであると考えられるのではないか。本研究では特に後者の「心理・情緒,判断の支えとしてのよりどころの内在化」に注目し,これを「自己対象機能の内在化」に相当するものと仮定して尺度化し,近接概念との関係を検討することを目的とした。
方法:
兵庫県内の大学生101名(男性30名,女性71名。平均年齢20.46歳(SD=1.89))に対し以下の尺度による質問紙調査を行った。配布・施行は一般教養の授業の中で一斉に行い,回収も行った。調査期日は2013年12月。
使用尺度:
【よりどころ内在化尺度】 予備調査においてKohut(1984)の3種類の自己対象機能(鏡映・理想化・分身)に即して「よりどころの内在化」を表す項目群を作成し,因子分析を施した。得られた尺度に「神仏などの大いなるものとのつながり」など幾つかの項目を加え,合計24項目の項目群を作成した。
【自己対象欲求・否認尺度】 Banaiら(2005)がKohut理論による3つの自己対象欲求とその否認を下位尺度として作成した「SONI:Self Object Need Inventory」(38項目)の日本語訳を行い,「自己対象欲求・否認尺度」として使用した。コフート理論に従えば,自己対象欲求や否認については自己対象機能の内在化が深く関与しているはずであり,このことから併存的妥当性について検討する。
【アタッチメント(ECR-GO)尺度】 中尾・加藤 (2004)が作成したECR-GO(30項目)。Banaiら(2005)が使用したのと同じBrennanら(1998)のECRを元に作成されており,「見捨てられ不安」「親密性の回避」の2下位尺度からなる。一般他者を対象としている。
結果と考察:
「よりどころの内在化」項目群について因子分析(主因子法・プロマックス回転)を施し,複数の因子に同程度に負荷する項目や,いずれの因子に対しても絶対値で.40以上の因子負荷を持たない項目を削除した。その結果得られた項目群に再度因子分析を施したところ,3下位尺度,計14項目の「よりどころの内在化尺度」が構成された。全体の累積寄与率は49.75%であった。また各因子の信頼性についてはクロンバックのα係数が第1因子で.838,第2因子は.783,第3因子は.797であった。
続いて「よりどころの内在化尺度」と「自己対象欲求・否認尺度」との相関関係を検討したところ,合計点数間に.418の正の相関が見られた。また「双子の内在化」と「鏡映欲求の否認」の間に.655の正の相関,「鏡映の内在化」と「鏡映欲求の否認」の間に.420の正の相関が見られるなど,中程度の相関を示しながらも項目群・因子の意味からは近接の別の概念を測定していることが示唆された。
また「よりどころの内在化尺度」と「アタッチメント尺度」の相関関係については,「双子の内在化」と「見捨てられ不安」との間に.397,「理想の内在化」と「親密性の回避」との間に.360の緩やかな正の相関が見られた。十分に内在化されているのであれば負の相関が見られることが考えられるが,結果は逆であった。Wolf(1988)によれば,自己対象は内在化が進めば精神の深い部分に沈み,意識されなくなる。つまり本尺度が測定しているものは「意識される範囲の部分」であり,「よりどころの意識」を測定する尺度と言えるのではないか。またこの尺度の得点が高いことは,かえってよりどころの内在化が進んでいないことを示すことも考えられる。
今後,よりどころを意識すること・意識しないことがどのような心理に影響するのかなど検討する必要がある。
引用文献:
Erez Banai, Mario Mikulincer, & Phillip R. S. (2005)
“SELFOBJECT”NEEDS IN KOHUT’S SELF PSYCHOLOGY
Psychoanalytic Psychology 22,2, 224-260
中尾達馬・加藤和生 (2004). 一般他者を想定した愛着
スタイル尺度の信頼性と妥当性の検討,九州大学心理
学研究,5, 19-27
竹田恵子・太湯好子(2006).日本高齢者のスピリチュアリティ概念構造の検討.川崎医療福祉学会誌,16(1),53-66
Wolf, E.S.(1988).Treating the self: Elements of Clinical Self Psychology.