[PH069] 幼児のリテラシーの発達と学習に対する視座の変遷
書きを中心に
キーワード:リテラシー, 幼児, 文字獲得
幼児のリテラシーの発達と学習において,文字表記の特性(例えば,象徴される音韻)についての理解がその基礎であるとみなされる(天野, 1986など)ことがある。文字表記の特性についての学習を否定することは出来ないが,こうしたリテラシーの発達と学習の見方に対しては批判もある(Dyson, 2013; Pearson, 2004)。文字は思考やコミュニケーションの媒介物であり,その獲得とは目的のために文字を使用できるようになることを意味する。本研究では,幼児を対象にしたリテラシーの発達と学習に関する研究を整理し,今後の課題を展望する。
1. リテラシー=「正しい文字」の読み書き
従来,リテラシーとは「正しい文字の読み書き」を意味した。この観点から,文字習得調査(例えば,国立国語研究所, 1972)の他,主に次の四点に焦点が当てられた。
1.1. 文字認知 1960-70年代,文字の弁別能力の発達とそれに基づく教育支援が検討されてきた(例えば,Gibson, 1965, 1970; 河井, 1981; Lavine, 1977; 杉村・久保, 1975)。
1.2. 書字運動 主に1970-80年代,書き方の教育法や,書字を構成する運動の発達が取り上げられてきた(例えば,Askov, Otto & Askov, 1970; 小森, 2003; 小野瀬, 1987)。
1.3. 音韻意識 文字の正確な読み書きには,話し言葉の連続した音声を一音ずつ分解・統合する能力が必要であり,1970-2000年代に渡って,その技能の発達・教育が検討されてきた(例えば,天野, 1970, 1986; 大六, 1995; 垣花, 2005, 2008; 高橋, 1997, 2000)。
1.4. 表記知識 1990-2000年代,文字に限定することなく複数の表記との関係で,文字・絵画・数字の表記形態に関する知識の発達が調べられてきた(例えば,小森・高橋, 2003; Levin & Bus, 2003; 齋藤, 1997; Tolchinsky Landsmann & Karmiloff-Smith, 1992; Yamagata, 2007)。
これらの研究では,慣習的な表記形式の特性に焦点が当てられ,その習得の過程が研究対象となった(Table 1)。
2. リテラシーの定義の拡張
2.1. Multiliteracies 1990年代にNew London Groupが「Multiliteracies」という術語を提示し(Cope & Kalantzis, 2000; New London Group, 1996),リテラシーの定義の拡張に関する議論が教育の領域で広がった。「Multiliteracies」とは,社会のグローバル化にともなう言語・文化の多様化に応じたリテラシーであり,また,情報テクノロジーの進歩に伴うコミュニケーション媒体の多様化に合わせたリテラシーである。リテラシーの対象を文字や文章に限定することなく,多様なモード(社会文化的に形成された意味生成のリソース)を含む「デザイン」という概念が示された(Kress & Bezemer 2009; Kress & van Leeuwen, 1996)。
2.2. Emergent Literacy 多様なモードの集合体としてリテラシーを捉える議論は,幼児のリテラシーの発達研究に端を発する(Siegel, 2006)。1970年代頃から,幼児のリテラシー発達に関する領域にもエスノグラフィーの手法が取り入れられ,幼児のリテラシーに関係する場面の観察研究が蓄積された(例えば,Clay, 1975; Dyson, 1982, 1985; Teale & Sulzby, 1986; 横山・秋田・無藤・安見, 1998)。
2.3. Multimodal Literacy その後,現在に至るまで,幼児の「かき」における複数のモードによる意味生成のプロセスが記述されている(例えば,Clark, 2011; Kress, 1997; Lancaster, 2001, 2007; Mavers, 2007; Rowe, 2008; Rowe, Fitch & Bass, 2003)。従来,要素的なスキルが書き言葉の基礎とみなされてきたが,それに批判的な立場からは,複数のモードを利用した意味生成が書き言葉の「基礎」であると主張されている(Dyson, 2006, 2013)。
以上の研究では,多様な媒体を用いた意味生成(Kress & van Leeuwen, 1996)過程に焦点が当てられる(Table 1)。
3. 今後の課題
前者(1節)は文字等の慣習的表記の特性の理解に焦点をあて,一方,後者(2節)は幼児の能動的な意味生成過程に焦点をあてる。今後,幼児が対象に向かって主体的にかく過程におけるインスクリプションのレパートリーの拡張,具体的には絵画から文字への拡張(Vygotsky, 1978)についての検討が求められる。
1. リテラシー=「正しい文字」の読み書き
従来,リテラシーとは「正しい文字の読み書き」を意味した。この観点から,文字習得調査(例えば,国立国語研究所, 1972)の他,主に次の四点に焦点が当てられた。
1.1. 文字認知 1960-70年代,文字の弁別能力の発達とそれに基づく教育支援が検討されてきた(例えば,Gibson, 1965, 1970; 河井, 1981; Lavine, 1977; 杉村・久保, 1975)。
1.2. 書字運動 主に1970-80年代,書き方の教育法や,書字を構成する運動の発達が取り上げられてきた(例えば,Askov, Otto & Askov, 1970; 小森, 2003; 小野瀬, 1987)。
1.3. 音韻意識 文字の正確な読み書きには,話し言葉の連続した音声を一音ずつ分解・統合する能力が必要であり,1970-2000年代に渡って,その技能の発達・教育が検討されてきた(例えば,天野, 1970, 1986; 大六, 1995; 垣花, 2005, 2008; 高橋, 1997, 2000)。
1.4. 表記知識 1990-2000年代,文字に限定することなく複数の表記との関係で,文字・絵画・数字の表記形態に関する知識の発達が調べられてきた(例えば,小森・高橋, 2003; Levin & Bus, 2003; 齋藤, 1997; Tolchinsky Landsmann & Karmiloff-Smith, 1992; Yamagata, 2007)。
これらの研究では,慣習的な表記形式の特性に焦点が当てられ,その習得の過程が研究対象となった(Table 1)。
2. リテラシーの定義の拡張
2.1. Multiliteracies 1990年代にNew London Groupが「Multiliteracies」という術語を提示し(Cope & Kalantzis, 2000; New London Group, 1996),リテラシーの定義の拡張に関する議論が教育の領域で広がった。「Multiliteracies」とは,社会のグローバル化にともなう言語・文化の多様化に応じたリテラシーであり,また,情報テクノロジーの進歩に伴うコミュニケーション媒体の多様化に合わせたリテラシーである。リテラシーの対象を文字や文章に限定することなく,多様なモード(社会文化的に形成された意味生成のリソース)を含む「デザイン」という概念が示された(Kress & Bezemer 2009; Kress & van Leeuwen, 1996)。
2.2. Emergent Literacy 多様なモードの集合体としてリテラシーを捉える議論は,幼児のリテラシーの発達研究に端を発する(Siegel, 2006)。1970年代頃から,幼児のリテラシー発達に関する領域にもエスノグラフィーの手法が取り入れられ,幼児のリテラシーに関係する場面の観察研究が蓄積された(例えば,Clay, 1975; Dyson, 1982, 1985; Teale & Sulzby, 1986; 横山・秋田・無藤・安見, 1998)。
2.3. Multimodal Literacy その後,現在に至るまで,幼児の「かき」における複数のモードによる意味生成のプロセスが記述されている(例えば,Clark, 2011; Kress, 1997; Lancaster, 2001, 2007; Mavers, 2007; Rowe, 2008; Rowe, Fitch & Bass, 2003)。従来,要素的なスキルが書き言葉の基礎とみなされてきたが,それに批判的な立場からは,複数のモードを利用した意味生成が書き言葉の「基礎」であると主張されている(Dyson, 2006, 2013)。
以上の研究では,多様な媒体を用いた意味生成(Kress & van Leeuwen, 1996)過程に焦点が当てられる(Table 1)。
3. 今後の課題
前者(1節)は文字等の慣習的表記の特性の理解に焦点をあて,一方,後者(2節)は幼児の能動的な意味生成過程に焦点をあてる。今後,幼児が対象に向かって主体的にかく過程におけるインスクリプションのレパートリーの拡張,具体的には絵画から文字への拡張(Vygotsky, 1978)についての検討が求められる。