The 56th meeting of the Japanese association of educational psychology

Presentation information

準備委員会企画シンポジウム » 準備委員会企画シンポジウム3

特別支援教育の展望:インクルーシブ教育の目指すべきもの

ユニバーサルデザインと専門性

Sun. Nov 9, 2014 9:30 AM - 12:00 PM 1階メインホール (1階)

[j-sym03] 特別支援教育の展望:インクルーシブ教育の目指すべきもの

ユニバーサルデザインと専門性

鳥居深雪1, 河崎佳子1, 海津亜希子2, 佐藤克敏3, 鳥越隆士4, 井上雅彦5 (1.神戸大学, 2.(独)国立特別支援教育総合研究所, 3.京都教育大学, 4.兵庫教育大学, 5.鳥取大学)

Keywords:多様な学びの場, RTIモデル, 特別なニーズ

【企画の趣旨】
 「障害」のとらえ方は,国際生活機能分類(ICF)以降,個人の身体機能・精神機能に,背景因子(環境因子と個人因子)を加味した包括的な考え方に変化してきている。2013年に改訂されたDSM-5においても,この考え方が反映され,適応状態を加味した連続的なものとして,障害の状態を診断するように変化している。
 一方,2013年にはあらゆる障害者の尊厳と権利を保障する「障害者権利条約」が批准された。この条約の理念に基づき,教育においても,共生社会の実現に向けて,インクルーシブ教育システムが求められている。2012年7月,文部科学省中教審初等中等教育部会「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告)」が発表された。報告では,インクルーシブ教育システム構築のためには,(1)医療,保健,福祉,労働等との連携強化,(2)障害のある子どもが,地域での生活基盤を形成するために,可能な限り共に学ぶことができるよう配慮すること,(3)障害者理解を推進することにより,公平性を確保しつつ社会の構成員としての基礎を作っていく,といった考え方に基づいて,特別支援教育を発展させていくことが必要である,としている。
 障害のある子どもが十分な教育を受けるためには,「合理的配慮」が重要である。インクルーシブ教育は,通常の教育との連続性を持ちながらも,障害のある子どもの教育を受ける権利を保障するために「多様な学びの場」を提供するものでなければならない。
 通常の教育と特別なニーズを持つ子どもへの教育とのモデルとして,アメリカのResponse to Intervention:RTIモデルがある。これは,子どもの理解の状態に合わせて,通常の学級内での効果的な指導(レベル1),配慮を加えた補足的な指導(レベル2),補足的・集中的・柔軟な形態による最も手厚い教育(レベル3),という3階層で教育を行うモデルである。レベル1の通常の学級内での教育を効果的にするために,特別支援教育との連続性を加味した通常の教育として,ユニバーサルデザインの教育が検討されている。さらに,RTIのレベル2,3に該当する特別な教育ニーズを持つ子どもたちのためには,さまざまな障害特性に応じた専門的な教育も重要である。
 障害特性や環境との関係で,子どもの状態像は個々に異なる。それぞれのニーズに応じた「多様な学びの場」が必要であろう。
 本シンポジウムでは,このような背景のもと,インクルーシブ教育の目指すべき方向について検討するために,4名の話題提供者に登壇いただく。海津氏には,RTIモデルに基づいて開発された多層指導モデルMIM(Multilayer Instruction Model)の実践と展望について報告いただく。佐藤氏には,「教育のユニバーサルデザイン」の二つのタイプについて報告いただく。鳥越氏には,co-enrollment programの取り組みから,聴覚障害児にとっての授業のユニバーサルデザインを検討いただく。井上氏には,米国のスクールワイドPBS(Positive Behavioral Support System)など,自閉症のある人に対するインクルーシブ教育環境を実現するための環境設定のあり方について提案いただく。
 話題提供者の報告をもとに,特別支援教育の専門性を生かしたインクルーシブ教育のあり方について,議論を深めたい。


【話題提供】
RTIモデルに基づく教育
海津亜希子
 RTIとは,Response to Instruction / Interventionという“効果的な指導を提供し,子どもの反応(ニーズ)に応じて,指導の仕方を変えていく”モデルである。このモデルの考え方を基にしながら,日本での現況を鑑み,多層指導モデルMIM(Multilayer Instruction Model)として開発・発展させてきた(海津, 2010; 海津他,2008)。
 その中で,わが国において多層指導モデルMIMの実践性を高めるためには,教育現場でのニーズに呼応すべく「課題にはどのようなものがあるかの整理」と,従前の有益な指導法の整理等を行い「指導理論の構築・体系化」を行うこと,さらには,実証研究を行うことで,本当にそれらが効果的なものなのかについての検証,科学的根拠の付与に挑む必要性があることを指摘してきた(海津,2014)。本シンポジウムでは,RTIを基にして開発されたMIMに関する実践研究での知見を概観するとともに,今後の展望についても語りたい。

ユニバーサルデザイン教育の目指すもの
佐藤克敏
 現在用いられている「教育のユニバーサルデザイン」という用語には,2つのタイプがあると考えられる。一つは,ある教え方が多くの子どもたちの「わかる・できる」につながることを意味する教師側の指導を主体としたタイプであり,もう一つは,子どもたち一人ひとりのニーズに応えることを意味する学習者を主体としたタイプである。前者の例は,日本において授業の改善を目指した取組みとして紹介されていることが多く,後者の例は,アメリカのCASTにおいて,学びのユニバーサルデザインとして提案されている。
 本話題提供では,両者の例について報告し,教育におけるユニバーサルデザインの現状と課題,特別支援教育との連続性に対する提案を行いたい。

コミュニケーション環境の保障と指導方法に特別の配慮を要する聴覚障害教育
鳥越隆士
 聴覚障害児の教育には,「障害」と「社会・文化」という2つの側面がある。聴覚障害児教育での手話の活用は,グローバル・スタンダードな取組となりつつあるが,後者の場合,背景にある聾者の文化や社会を前提とする。公教育の中でそれにどう取組むかが問われている。また聴覚障害児教育においてもインクルーシブな取組が進められている。人工内耳や補聴技術の進歩により,最重度の聴覚障害児においても実質的な聴覚活用が可能となりつつある。このような状況の中で,co-enrollment programの取組が注目されている。このプログラムは,①聴児と聴覚障害児(一人でなく,集団で)が共に教室で学ぶ;②通常教育の教師と聴覚障害児教育専門の教師が共に指導に関わる;③教室では,音声言語とともに手話言語が使用され,そのための配慮がなされる,の三点から構成されている。本報告では,欧米及び日本での取組を通して,聴覚障害児にとっての授業のユニバーサルデザインを考える。

新しい知見に基づいた自閉症の教育
井上雅彦
 自閉症においてはその障害の程度に応じて通常学級,通級指導教室,情緒障害特別支援学級もしくは知的障害特別支援学級,知的障害特別支援学校において教育的支援を受けている。また身体的障害との合併があればその教育課程の中で配慮していかなければならない。しかし知的障害や身体障害の教育機関の中での自閉症への支援については未だ十分とはいえない。
 特に激しいこだわりや自傷,他傷,逸脱などの行動上の障害のある人については,個人の特性についてのアセスメントの実施だけでなく,学校環境も含めた環境因子についてのアセスメントや合理的配慮は不可欠である。
 近年,米国ではスクールワイドPBS(Positive Behavioral Support System)の導入やそれに関連する研究が盛んになってきている。この基本的な考え方は,学校全体で行動上の問題が生じる環境を分析し,RTIモデルと同様,行動上の問題についてユニバーサルな支援を一義的に行い,順次階層的にアプローチを行うものである。
 シンポジウムでは自閉症のある人に対するインクルーシブ教育環境を実現するための環境設定のあり方について現状と課題について話題提供し,討議したい。