The 57th meeting of the Japanese association of educational psychology

Presentation information

自主企画シンポジウム

脳科学を活かした授業改善2

インクルーシブ教育の実践への模索

Wed. Aug 26, 2015 10:00 AM - 12:00 PM 301A (3階)

企画・司会・話題提供:荒川信行(世田谷区立東玉川小学校), 話題提供:遠田将大(早稲田大学), 鴨川光(公益社団法人日本環境教育フォーラム), 塚原望(早稲田大学大学院), 指定討論:本田恵子(早稲田大学)

10:00 AM - 12:00 PM

[JA03] 脳科学を活かした授業改善2

インクルーシブ教育の実践への模索

荒川信行1, 遠田将大2, 鴨川光3, 塚原望4, 本田恵子5 (1.世田谷区立東玉川小学校, 2.早稲田大学, 3.公益社団法人日本環境教育フォーラム, 4.早稲田大学大学院, 5.早稲田大学)

Keywords:脳科学, インクルーシブ教育, ICT

【企画趣旨】
主体的な子どもの学びを継続,発展するために脳科学を活かした授業改善が有効である。また,インクルーシブ教育では,より深い児童理解による学習が求められる。これらを踏まえ,本シンポジウムでは脳科学をキーワードに,校種,立場の違いを超えて,脳科学を活用し効果をあげた新しい実践を共有し,今後の授業改善の指針にしたい。
具体的には,指の動きとタブレットPC,認知・思考・判断に視点をあてた社会性の育成,言語活動と科学的な思考力の向上,ディベート学習を通した作文力の育成を話題にしたい。

【話題提供】
授業改善=脳科学✕ICT
荒川信行
ICT研究校としてタブレットPCが導入されたのをきっかけに,MI理論を意識したタブレットPC用教材を開発し実践してきた。
はじめに6年生書写で教材を作った。タブレットPCは画面に表示されている画像に指を当て,その指の動きに応じて画像を移動させることができる。そこで,街を「彳」「圭」「亍」に分けて画面に別々に配置した。子どもは,これら3つの部分を動かし,上下の位置関係やそれぞれの間隔を目で測りながら文字を作っていく。一人の児童が作る様子を大型画面に映し,他の子どもたちが見る。「もっと上だよ」「間がせまいと思う 「それなら,他の人も見せて」。あえて,次の児童も初めから動かす。動いているところを見合うことで自分自身の感覚も働き,文字の組み立てがはっきりと分かってくる。教科書も注意深く見ていた。「よく見て」とは,教師から一言も発せられなかったが,児童はみちがえるほどバランスのいい字を書いた。
指の動きによる移動だけでなく,2本の指を利用して画像を回転することもできる。そこで,6年生算数で,円を等分割したものを指で回転させながら移動し,平行四辺形に等積変形する教材を作成した。これまでは,子どもが印刷したものをはさみで切り取り,それらを紙の上に貼り合わせて等積変形を行っていた。しかし,紙を切り取る技術やノリや粘着テープを使って貼る技術は,子どもによって大きく違う。このような作品作りは出来栄えが学習成果にはっきりと見えてしまい,算数でめざすものとは違う形で評価される危険もある。紙工作の技能の優劣を気にせず,論理的知能を育む身体的な体験を生み出すことが重要である。ただ,ぴたっと並べたくてもデジタルの画像はそうはいかない。こうした体験を通して,「だいたい」のところで「おおまか」に「見なす」ことで論理が成り立つことも理解できたと考える。
この他,低学年での並べ替えによる論理や分類,比較の学習,そして,中学年でのソーシャルスキルトレーニング(グループワーク)などでタブレットPC用教材を開発した。1台のタブレットPCで対人関係知能を高める授業の様子も報告したい。

博士タイプの児童に脳科学的知見を元に対応した実践
遠田将大
本発表では,私立学校に多く在籍している博士タイプの児童に,カウンセラーとして脳科学的知見を元に対応した事例を報告する。博士タイプの児童とは,興味のあることには相当な知識を有していたり,ルールや時間を厳格に守ろうとしたりする面がある一方,物事に柔軟に対応することが苦手な面がある児童のことをいう。対応によって,対象児童は一人遊びから集団活動への参加の増加,「~しなければならぬ」から「~という時があってもいい」といった柔軟な思考の発現,事実だけを述べる語り口から「残念なんだよ」と感情を交流する機会の増加といった効果が認められた。
予定では,低,中,高学年から1人ずつ,計3名の男児を紹介する。低学年の男児は,漢字や電車などの分野で発表する時は長時間話しができる一方,時間割りや教員の指示で自らの行動を制止しなければならない時は止められず,注意しようとする教員や他児とトラブルになっていた。中学年男児は,“成績は高得点でなければならない”“不快な気持ちになった場合は,それを生じさせた相手が解消しなければならない”という思考を有し,一時的に学校不適応になっていた。高学年の男児は,他児と話の内容やテンポが合わないことで嘲笑を受け,衝動的な攻撃行動を起こしていた。
このように,他者と協調することが難しい理由には,脳機能の中でもミラーニューロンの機能不全という説が有力視されている(例えば,永江,2008;鳥居,2009)。ミラーニューロンは,他者の気持ちや意図を推測したり,自分を客観的に見つめることで自己理解したりする際に重要なもので,前頭連合野および側頭連合野に多く存在している(永江,2008)。行動を適切に表現するためには,側頭連合野で状況を正確に捉え,前頭連合野で思考や判断をすることが必要である(例えば,鳥居,2009)。博士タイプの場合,ミラーニューロンの機能不全によって状況認知や思考判断に誤りが生じていると考えられるため,それら状況認知や思考判断を補う対応が効果的であると考える。本発表では,最近の脳科学的知見を元にした対応による児童の変化を具体的に紹介したい。
【引用文献】
永江誠司(2008).教育と脳 多重知能を活かす教育心理学,北大路書房
鳥居美雪(2009).脳から分かる発達障害 子どもたちの「生きづらさ」を理解するために,中央法規出版

科学教育プログラムGEMSを用いた科学的な思考力を高める実践
鴨川 光
科学的な思考力を促進するには言語活動が重要であるが,実験を文字言葉にするのが苦手な子どもたちが多く,見た事実だけの記述や「すごい」「おもしろい」といった未分化の感想で息詰まる。特に,知識が豊富だが自分の考えを相手に押し付けてしまう“博士タイプ”や,思考が拡散してしまうADHDタイプといった特別なニーズをもつ児童は,書く(出力)に至るまでの情報の入力・処理段階において課題があるため,言語化の過程をサポートすることが求められる。ワークシートなどに途中経過や考えを「書く」ことを取り入れたところ,児童の思考過程が外在化され,筋道を立てて考えられるようになったという報告がある(井田, 2010など)ため,2014年に行った小学4~6年生を対象とした実践では,実験を進める中で書くだけでなく,「話す」活動を多く取り入れた。ワークシート記入前には気付いたことなどをグループで共有する時間を,記入後にはお互いのワークシートを基に,よりわかりやすい表現になるよう意見交換する時間をそれぞれ設けた。その結果,“博士タイプ”の男児の記述が,次第に比喩や図解を用いるなど読み手のことを意識したわかりやすい文章に変化していった。また,科学的な思考力を支える要素であるメタ認知の使用度が実践を通して高まっていたことから,メタ認知が高まったことで状況を客観的に記述できるようになったと考えられる。
発表では,ワークシートの変化を追いながら,科学的な思考力と言葉の力を同時にターゲットとすることで,男児が状況をメタ的に捉えられるようになった事例を紹介したい。
注)GEMSは,カリフォルニア大学バークレー校の付属機関Lawrence Hall of Scienceで研究開発されている,幼稚園児から高校生までを対象とした科学・数学領域の参加体験型プログラムである。体験学習の理論に基づいて構成されており,与えられた課題に対して子どもたち自身が実験をデザインし,話し合って結論を導き出す活動が多く含まれている。科学的な思考を高めるプログラムとして多くの学校で活用されている(本田ら,2014)。
【引用文献】
井田圭亮(2010)小学校理科における科学的な思考力を育む指導法―「見通しをもつ」場面に「書く」活動を取り入れて, 神奈川県立総合教育センター長期研究員研究報告 9, 25-30, 2010
本田・荒川・遠田・鴨川・塚原(2014).脳科学を活かした授業改善のポイントと実践例,梧桐書院

自分の考えを言葉にする力を育てる実践
塚原 望
脳科学の知見を用いて行った,中学三年生を対象とした意見文の作成とディベートの授業の効果について考察,報告を行う。感じたままに自由に書かせたり,意見を書かせたりすると独創的で考えが多岐に渡る。しかし,発想は面白いものの,読み手がわかるように「伝える」というところにまで意識が向かない生徒や,着眼点は面白いものの,そこから考えが深まらなかったり思考が断片的で関連付けるのに苦労したりする生徒もいる。
要因として自分の伝えたいことを文章にまとめる方法(作文のルール)を学習していなかったり,学習していても上手く使えなかったりすることが考えられる。考えを深めていくためには,1つのことに意識を集中し続ける力も必要になってくる。全体の見通しを立てるための頭頂葉の働きや公式通りに文を書き進めていくための前頭葉の実行機能や持続的な注意力の働きが課題である。そのため授業では,これらの脳機能に働きかける活動を入れていった。
本校では中学3年時にディベートの授業を行っている。そこでは,あるテーマに従って情報を収集し,意見を考え,反論を予想し,制限時間内に審判に伝わるように原稿を作成する。考えを深めて意見を作り,伝える順番を決めるということが大切になってくる。上記の生徒たちを対象とした授業に,脳科学の知見をどのように活用したのかを報告する。効果については,単元の前後で書かれた意見文の質的な違いから考察をした。生徒たちの多くは公式通りに考えをまとめて書くことができるようになり,自分と反対の意見を予想し,反論する部分も書くことができた。一方で,相手を納得させるような根拠を自分で探し出し,意見に組み込んだり,テーマから考えを深めたりができるようになった生徒は少数だった。一斉指導においては,文章の型の学習に比べて,認知面に働きかけることは少し難しい。
この機会に学校現場で役に立つ,考えを深めさせる発問や活動について考えていきたい。