The 57th meeting of the Japanese association of educational psychology

Presentation information

自主企画シンポジウム

今,求められる「いのちの授業」

学校現場における展開

Wed. Aug 26, 2015 1:30 PM - 3:30 PM 306・307 (3階)

企画・司会:伊藤美奈子(奈良女子大学), 企画・話題提供:相馬誠一#(東京家政大学), 話題提供:井上千恵美#(特定非営利活動法人血液患者コミュニティももの木), 阪中順子(四天王寺学園小学校・中学校), 指定討論:新井肇(兵庫教育大学)

1:30 PM - 3:30 PM

[JB06] 今,求められる「いのちの授業」

学校現場における展開

伊藤美奈子1, 相馬誠一#2, 井上千恵美#3, 阪中順子4, 新井肇5 (1.奈良女子大学, 2.東京家政大学, 3.特定非営利活動法人血液患者コミュニティももの木, 4.四天王寺学園小学校・中学校, 5.兵庫教育大学)

Keywords:いのちの授業, 自殺予防, 死の教育

企画趣旨
今回は,昨年度の教育心理学会総会に引き続き「いのちの授業」自主シンポジウム第2弾となる。この間も,子どもたちが被害者となり尊いいのちを落とす事件や事故が相次いでいる。さらにまた憂慮すべきは,その加害者の立場にいるのも,未来あるはずの子どもたちであることが多いという現状である。心理臨床の現場の報告からも〈他者の命を大切にできない子どもたち〉〈自分の命を全うすることができない子どもたち〉が抱える心の闇の深さが見えてくる。そんな難しい現状を抱える現代社会におけるいじめ防止や自殺予防については,子どもたちのこころに本気で切り込む教育に対峙していくことが求められる。今,学校現場ではどのようなことが行われ,また必要とされているのだろうか。
今回は,自殺予防の最前線で取り組んでこられた先生方,そして自らの体験をもとに子どもたちにいのちの重みを伝えていただいている実践家の方にご登壇いただく。共同企画の相馬誠一先生は,学校教員や指導主事等を経て,文部科学省や内閣府の委員を歴任され,現在はさいたま市心のサポート推進委員会座長としていのちの教育を推進中。新井肇先生と阪中順子先生は,文科省「児童生徒の自殺予防に関する調査研究協力者会議」委員であり,現在も全国で,自殺予防やいのちの授業に関する研修を行っておられる。そして,井上千恵美先生は,ももの木の仲間とともに自らの体験を子どもたちに伝える「いのちの授業」実践を続けて来られた。今回の自主シンポジウムが,いのちの教育を考える一歩になることを切に願っている。

命の教育の必要性
東京家政大学 相馬誠一
子どもの自殺の状況は,警察庁発表資料(2015)によると2013年中の小学生の自殺は7人,中学生の自殺は78人,高校生197人であった。19歳以下の自殺者は547人で,過去5年間で,19歳以下の自殺者数の推移若干の増減はあるが500人~600人の子どもたちが自殺している。自殺の要因・動機は複雑に絡み合って決めつけることは難しいが,注目すべき要因・動機として「学校問題」を115人(40.7%)あげている。当日,詳細データを発表するが,原因・動機として「学業不振」「進路に関する悩み」「入試に関する悩み」「学友との不和」「いじめ」であった。
A市のB中学校で,毎年のように,自殺事件があり,2人は亡くなり,1名は重症で入院している。学校としても,対応の手立てが分からない状況にあり,校長は,「緊急対応として,いつでも相談できるように校医に精神科医が必要な時代」と力説していた。全く同感である。子ども達の自殺は,昨日まで元気な子が急に行動化することが特徴とされている。予想がつきにくく,また,飛び降り,飛び込み,首吊り等の致死率が高いことも指摘されている。
さらに,問題にしなければならないのは,普通の子ども達の「抑うつ感」が危機的な状況と考えられることである。子ども用抑うつ自己評価尺度(Depression Self-Rating Scale for children)のデータからも,日本の子どもたちの抑うつ感が高いことがみられる。さらに,子どもたちの死生観の調査では,「死んだ人が生き返る」と答えた子どもたちは15.5%,「人は死んでも生き返る」9.7%,「人は死なない」と答えた子が1.8%であった。
これらのことを踏まえて,小中学校での命の教育の必要性を提案したい。

いのちと向き合う生徒・教師・保護者そして私たち-いのちの授業を通して-
特定非営利活動法人血液患者コミュニティももの木
井上千恵美
「ももの木」は白血病などの血液がんを克服した患者や患者家族で作る患者会として2000年に発足した。定期的な交流会を中心に活動の一つとして,いじめ,自殺などが後を絶たない中で命の大切さを考えてほしいと保護者の願いから始まった「いのちの授業」は,小・中学校,高等学校や大学,専門学校で自らの体験を語る活動として2015年3月末110回の実施となる。
自分たちの闘病は死と隣り合わせであった。授業では,その時感じた死のこと,生き抜いたことで感じたこと,得たことなどを話してきた。そして,命の大切さを感じてほしいと願ってきた。授業の一環ということで,教師との事前の打ち合わせを大切にし,生徒の考えや求めていることを知るための事前アンケート,事後アンケートや感想文を提出してもらうことで,生徒の授業前後の心理的影響の確認をしてきた。アンケートの結果から,「生きるとは」「死とは」について,生徒は誰にも話せない不安,疑問を多く持っていることがわかる。いのちの授業が,それらの不安,疑問の回答にも繋がり,自分がどのように生きるべきかといった逞しく前向きな心へと広がることを願いながら実施している。授業では,いつも生徒の食い入るような真剣なまなざしを感じる。その場では発言がなくても事後にいただいた感想文では,「人は一人では生きられない」「今自分にできることをして絶対に諦めない」「生きられない命の分まで大切に生きる」など,共感の中から自分自身なりに生や死について真剣に考え向き合って,今をどのように生きるべきかを感じ前向きになっていることを感じる。そして,生徒,教師だけではなく,授業に参加した保護者,参加しなかったけれども生徒から授業の事を聞いた保護者の反応からも,子どもたちがいのちを深く考えるようになっていることを知ることができている。
いのちの授業に話し手として参加するまでには準備段階がある。話し手が集まり,書いた原稿を持ち寄り,互いに読みあう。そして,今の自分の気持ちをしっかりと受け止める。この作業の過程で話し手自身にも心の変化が現れる。また,話し手が授業において自分の事(内面,感情)を話した時,生徒が心を開き,お互いが笑顔となり元気になるという経験を積み重ねてきた。こうした話し手への影響を最近は強く感じている。患者たちは,病気になったことの絶望感を持ち続け,いつ終わるともわからぬ闘病生活という長いトンネルをさまよっている。そんな自分が,話し手として参加したいのちの授業で,人の役に立つと実感することができ,生きる喜びと力に繋がったことを感じることも多い。
いのちの授業は,心の種まきである。死は尊いもので,それぞれの生きた証のゴールになる。「死」を知ることから「生きることの大切さ」を知ってもらいたい,そして考えるきっかけになって育ってほしい。これまでの授業から手ごたえを感じているが,今後は生徒だけではなく話し手である患者,患者家族への影響も,より明らかにできればと願い,活動の広がりを期待し継続していきたい。

学校における自殺予防教育
四天王寺学園小・中学校 阪中順子
総合的な学習の時間や特別活動などで実施してきた「いのちの授業」と題する「児童生徒向け自殺予防プログラム」の具体的な特徴と効果,実施の前提条件等について紹介する。
学校において自殺予防教育を進めるうえでの目標を,「援助希求(助けを求める)」と「心の健康理解(心の危機に気づく)」の促進の2点に置き,自死遺児やハイリスクな児童生徒に配慮し,価値の押しつけにならないように,児童生徒の「いのちについて考える」姿勢を大切にして授業を行ってきた。(授業内容については,阪中,2009を参考)。授業の全体像は,以下に図示したとおりである。
授業方法としては,教員の一方的な知識伝達のスタイルではなく,教員と児童生徒,児童生徒同士が自殺予防について実感を伴いながら学び合う相互交流を重視した参加型の授業とした。
ブレインストーミングやロールプレイなどの集団活動を伴う体験的学習を通じて,「いのち」について各自の自由な発想を出し合い,自分とは異なる思いや考え方にふれることが,多様性を認め合い仲間との絆を深めることを可能にすると考えたからである。
授業後の評価はおおむね良好であった。特に自殺予防プログラムを体験することで,グレーゾーンの中学生の希死念慮の上昇が抑えられる効果のあることも明らかになった(阪中,2015)。
実施にあたっては,関係者の合意形成,適切な教育内容,ハイリスク生徒のフォローアップの三点が前提条件となる。教員研修,保護者への啓発,授業の協同立案,医療機関との連携など時間をかけて進めることが求められる。
これからの自殺予防教育において,プログラムを実施するだけでなく,自殺予防教育の視点から既存の授業内容をとらえ直すことも重要である。他の教科においても自殺予防につながる要素が含まれている(特に保健領域の単元「心の健康:心の発達及び不安,悩みへの対処について」など)ものも少なくないからである。
学校における自殺予防プログラムは,今危機になる児童生徒の自殺を減らすだけでなく,生涯にわたる精神保健としても大きな意味を持つものと考えられる。自分自身の自殺の危険を切り抜ける力や危機にある身近な友人を支える手だてを身につけさせる点において,「未来を生き抜く力」を育む教育と言い換えることができるであろう。