日本教育心理学会第57回総会

講演情報

自主企画シンポジウム

学生・生徒のインタラクティブで能動的な学びに活かすコーチング心理学

2015年8月26日(水) 16:00 〜 18:00 302A (3階)

企画・司会・話題提供:西垣悦代(関西医科大学), 話題提供:高橋有希子#(東京インターハイスクール), 菅原秀幸#(北海学園大学), 指定討論:溝上慎一(京都大学)

16:00 〜 18:00

[JC01] 学生・生徒のインタラクティブで能動的な学びに活かすコーチング心理学

西垣悦代1, 高橋有希子#2, 菅原秀幸#3, 溝上慎一4 (1.関西医科大学, 2.東京インターハイスクール, 3.北海学園大学, 4.京都大学)

キーワード:コーチング, 能動的な学び, 授業

【企画主旨】
コーチング(Coaching)とは,「個人の潜在能力を開放し,その人自身の能力を最大限に高めること」(Whitmore, J.)であり,コーチング心理学はそこに心理学の理論と研究法が適用され,個人,集団,組織の活動能力と幸福(well-being)を高めるものである。
日本のコーチングはビジネス界を中心にマネージメントのスキルとして広まったため,それが教育の世界に応用されたときにも,教師が学生・生徒に対して用いる「傾聴」「承認」「質問」などのコミュニケーションテクニックのことであるという誤解もあったように思う。
しかし,本来のコーチングには促進(ファシリテーション),教示(インストラクション),支援(サポート)など多様な方法,形式が含まれており,単に会話によって学生・生徒のやる気を引き出す以上の効果が期待できるものであり,講義・授業やゼミ,進路指導,などさまざまな教育場面において適用できる可能性がある。
本シンポジウムでは心理学の理論に基づくコーチングを中心に,通信制高校,専門学校,大学のさまざまな教育場面におけるコーチングの適用事例とその効果を紹介し,フロアを交えてコーチングの今後の可能性と課題について考える。特に近年注目されているアクティブラーニングの視点も交えて意見交換をしたい。
話題提供には,①通信制高等学校における学習指導にコーチングを用いている東京インターハイスクールの高橋有希子,②授業の一環に取り入れるマルチモーダル・コーチングのプログラム開発と測定を行っている関西医科大学の西垣悦代,③大学授業改革を目指してアカデミック・コーチングを提唱する北海学園大学の菅原秀幸は経営学の視点からグローバル時代の教育のあり方についてそれぞれ発題を行う。指定討論者にはアクティブラーニングの提唱者である京都大学高等教育研究開発推進センターの溝上慎一教授を迎え,討論を行う。

【話題提供1】
「通信制高等学校における学習指導にコーチングを用いた事例」
高橋有希子
東京インターハイスクール(旧アットマーク・インターハイスクール)においては,2000年の創業時より,米国式ラーニング・サクセスの手法を実情に合わせて修正したコーチングを用いて学習指導を行ってきた。すなわち,生徒の個性に重点を置き,一人一人の学習スタイルをアセスメントし,生徒との対話を通じて興味関心を引き出すことで,最大限の成果を上げる指導法である。
今回の調査研究では,15年間に渡る蓄積から代表的な事例を抽出して共通項を見出し,傾向を分析することによって今後の課題を提示することを目的とした。抽出した事例には,担当コーチが「失敗例」と認識する事例も含む。調査方法は,事例ごとに担当コーチが以下の7つの質問に自由記述で回答する方法を用いた:「⒈担当した当初の生徒の状況や学習スタイルはどうであったか」「⒉どのようなコーチングを行ったか」「⒊生徒はどのように変化したか,あるいは変化しなかったか」「⒋親や協力者に対してどのようなアプローチを行ったか」「⒌有効だったと思われるコーチングの実例」「⒍(もしあれば)有効ではなかった実例」「⒎その他,この生徒に関する印象的なエピソードや感想」。調査員は回答を要素に分解,共通する要素ごとにラベリングして,一定の傾向が現れることを仮定し,これを検証した。
調査研究の結果,学習指導にコーチングを活用するにあたって,その成否に関わる重要なファクターは「親または身近な大人との関係性」であるという大まかな結論に至った。今後は,生徒の卒業時に担当コーチには今回調査と同様の項目に「8.コーチングとカウンセリングの割合(5段階)」を加えた質問集への回答を必須とすることにより,より大きなデータを蓄積,より精密な検証をしていくとともに,調査結果を今後の指導に活かしていくことが課題である。

【話題提供2】
「高等教育の授業に生かすマルチモーダル・コーチング」
西垣悦代
西垣が開発したマルチモーダル・コーチングは,コーチングの理論と枠組みを用いつつ,いわゆるコーチトレーニングではなく,学生が能動的に参加する授業として組み立てることが可能である。40人以上の大人数の授業でも実施可能で,授業目的と内容に合わせてコンテンツの入れ替え可能なフレームスタイルである点に特徴がある。今回は医療系専門学校の「人間関係論」の授業の実践例を報告する。授業の目的は1.人間関係の基本的原理を学び,適切なコミュニケーションが取れる。2.看護師として患者に対して適切なコミュニケーションが取れる。3.ストレスマネジメントができる。4.自分と他者の目標達成の道筋がたてられる。であり,これは昨年までの講義形式の時とほぼ同様であった。
40名の看護学生が90分×10回の授業に参加した。授業は,「自己開示」「傾聴」「共感」など人間関係に関する心理学的な概念の簡単な説明以外は,演習を中心とし,1対1のピアコーチング,3人組のピアコーチング(1人は観察者),4人でのディスカッション,事例研究,振り返り,相互のフィードバック,表情・しぐさの読み取り,DVDの視聴,強み発見のアセスメント等から構成された。
また毎回,次回までの実践の課題が与えられた。ピアコーチングのテーマは学生自身に考えさせた。
背景となる理論には,GROWモデル,認知行動コーチング,ポジティブ心理学が含まれた。効果のアセスメントには,自己効力感,西垣の開発によるコーチング自己効力感尺度他の心理検査を用いた。また,学期末には単位認定のための筆記試験を行い,さらに前年度に同じ科目を講義形式で行ったときの学生からの授業評価との比較を行った。
従来,看護学生は人と接することを苦にしない学生が多かったが,近年はコミュニケーションを苦手とする学生が増えており,「人間関係論」にコーチング理論と方法を導入し,演習中心の授業によって対人関係の実践力を高め自らの強みを発見することには意義があると思われた。また,ストレスマネジメントや目標達成の道筋の立て方を身につけることにより,今後の学生生活や就職後に起こる問題解決能力を高める上で役立つと思われる。
今後はシミュレーションゲームも取り入れ,他の授業科目にも適用範囲を広げていきたいと考える

【話題提供3】
「教育イノベーションによる21世紀型教育の創出―アカデミック・コーチングの可能性と課題―」
菅原秀幸
大学生に蔓延する3大症候群(No Vision Syndrome, No Motivation Syndrome, More and More Syndrome)によく効き,自己肯定感をもった学生を世に送り出すことが出来るアカデミック・コーチングは,学生の「主体的学び」をうながすために効果的である。
「ネガティブ土壌」(否定主義,減点主義,同質性主義)を「ポジティブ土壌」(肯定主義,加点主義,多様性主義)に変えることなしに,PBLやアクティブラーニングといった取り組みをすすめても,対処療法に過ぎず,その成果は限定的にならざるを得ない。「ネガティブ土壌」から「ポジティブ土壌」への変革こそが,根本療法であり,アカデミック・コーチングは有効な切り札の一つになり得る可能性が高い。
菅原が担当する北海学園大学経営学部でのグローバルイノベーションの講義,および大学院ゼミにおけるコーチングを用いた学生指導の試みを紹介する。