日本教育心理学会第57回総会

講演情報

自主企画シンポジウム

保育者の保育困難感の軽減と保育力の向上

保育者支援のあり方をめぐって

2015年8月27日(木) 10:00 〜 12:00 306・307 (3階)

企画・司会・話題提供:寺見陽子(神戸松蔭女子学院大学), 話題提供:山村けい子#(神戸大学), 田中裕子#(四日市立大矢知幼稚園), 加藤信子#(桜花学園大学), 小嶋玲子(桜花学園大学)

10:00 〜 12:00

[JC06] 保育者の保育困難感の軽減と保育力の向上

保育者支援のあり方をめぐって

寺見陽子1, 山村けい子#2, 田中裕子#3, 加藤信子#4, 小嶋玲子5 (1.神戸松蔭女子学院大学, 2.神戸大学, 3.四日市立大矢知幼稚園, 4.桜花学園大学, 5.桜花学園大学)

キーワード:保育者, 保育困難感の軽減, 保育力の向上

【趣 旨】
今日,子どもの育ちへの不安とともに保護者との対応や,地域への支援等,幼稚園も保育所も今日的な課題の解決に向けた取り組みが求められている。保育の在り方も多様化し,保育の質の向上とともに保育者の資質や保育力,専門性の向上も課題とされている。しかしながら,保育者の保育における課題解決力や質の高い保育を実践する力,保育者としての資質や保育への知識・技術,力量を向上させる研修も多く行われている。こうした現状の中で,自身の抱える不安感も負担感も大きいのではないかと推察される。保育者にとってブラッシュアップする喜びと同時にその期待に応えなければならないプレッシャーもあろう。
子どもの保育にしても保護者の支援にしても,その実践は,知識・技術,理論を持てば質の高いものになるわけではない。子どもや保護者,あるいは同僚との関係性やその実践が展開される環境,保育者自身の仕事に対する満足度等の内的状況等,知識・技術・理論という次元の下層にある人としての表情や構えや雰囲気など,言語化しにくい次元のやりとりが影響する。斉藤(1997)が「自分自身の身体が教育実践の方法として技化されているのか」ということが実践のリアリティに触れなおす概念として重要であることを指摘しているように.保育者の現状を打開していくには,保育者自身の身体的状況がどのような状況にあるのかということから,その困難感を捉え直し,保育の質や保育力の在り方を再考する必要があるのではないかと思われる。
本シンポジウムでは,こうした観点から,保育者の保育における困難感の現状と課題を明らかにし,保育者の保育の質と保育力を高める保育者支援の視点を探る。

話題提供①
保育所における保育者の困難感:
山村けい子
(神戸大学大学院人間発達環境学研究科:神戸市保育所)
保育における筆者の気がかりさは,自分が保育者として,子どもに対して「最善の利益」を与えられるような「保育者」であるか,子どもの保育は,「養護と教育の一体化」という点から発達に応じる保育の内容になっているか,また,在所児,在宅児の保護者に対する相談助言や保育指導が適切になされているか,といったことである。
保育士は0歳児から5歳児まで子どもの年齢層の幅も広く,いろいろな特性を持った子どもたちに接する必要があり,保育への創意工夫が必要となる。子どもと関わっている時間も長いだけに,保護者とも,関わり方やかかわる内容も深くなる。深くかかわると精神面では仕事と割り切れない事も多く,かなりストレスとなる。
保育の実際では,職員の人間関係,連携が重要となり,複数担任である場合には,歩み寄りながら保育を進めることになり,歩み寄る協力関係が必要である。その取り組みにも,子どもや保護者の多様なニーズに対応しなければならず,緊張感が伴う。保育者の意識の世代間の差違もあり,ニーズの対応における共通理解を図ることのむずかしさや現場の仕事の忙しさから十分な対応ができにくいこと,「苦情」に対する対応を考えなければならないことなど,対応に苦慮する。相談相手は,同僚が多く,内容によっては,所長,主任に相談をしている。いろいろな課題を抱えている子どもに対しては,学習会等で勉強したり,専門の先生に相談したりすることもある。
そうした現状の中で,よりよい課題解決に向けて,どのような取り組みをしてきたか話題提供し,実践的な課題を明かにしたい。

話題提供②
幼稚園における子どもと保育者の成長―SSTを導入して―:
田中裕子(四日市市公立幼稚園園長)
幼児にとっては,遊びの中で,生きていく基礎や社会性を身につけるのが本来の姿ではあるが,近年遊びだけでは基礎力を身につけることが困難な幼児が増えている。2年保育の園児に日常保育の中で意図的にSST(ソーシャルスキルトレーニング)を取り入れた保育を実践した。
日常保育でSSTを取り入れた効果としては,支援対象児が力をつけるだけでなく,クラス全体のソーシャルスキルを高めることにつながり,定型発達児・支援対象児共に育ち合うことができたことである。
園全体で取り組むことで保育者間の共通理解が深まり,同じ目的をもって保育することができる。さらに,クラスの子どもたちの目に見える成長が確認でき,保育者へ自信をもたらす。SSTを指導することで,保育者自らが言動の重要性に気付き,保育者集団の共通理解のもと日常保育においてSSTを意識したかかわりを工夫するようになる。このことは,保育者自身のソーシャルスキルを高めることにもつながり,保育者間のコミュニケーション力の向上や人間関係改善の一助にもなると考える。ただし,単なるSSTの導入だけでは,効果は薄く,子どもが活動を楽しみ,保育者も保育が楽しいという体験がなければならない。ここでは,子どものソーシャルスキルの向上とそれにかかわる保育者の保育力の課題について考えたい。

話題提供③
保育者の困難感と職場環境:
加藤信子(桜花学園大学)
保育職場は民・公など設置主体や地域性にも多様性があるが,職場環境の変化は公務員の場合異動という形で生じる。異動が保育士を成長させる契機となる要因も大きい。反面,人間である保育士の感情面・心理面では,必ずしもプラスに作用するとは限らない。私見では,多くの保育士は異動を当然の事として受け止め,新しい環境の中で自己を成長させ続けようとしている。その根底には「子どもとともにある」職業愛の強さ,長く働ける公務員であることの「誇り」というプロ意識も作用しているように思われる。しかし,度重なる異動による期待感と困難感の両面を乗り越えなければならない厳しい現実におかれていることは確かである。保育士はその困難感をどのようにプラスに転換したのか,マイナスの気持ちを持ち続けながら職務は果せるのか,就業持続を支える職場環境はどうあるべきかという疑問が湧いてくる。
筆者の調査では,多くの保育士が,わかりあえる職場・語り合える職場を作っていくことが大切だと感じているにもかかわらず,保育職場の仕事の量的負担の増加等から,経験年数を積んだ40代・50代の保育士ですら,働き始めた頃のような仲間つくりが困難な状況におかれていることが分かった。保育士同士が共に学び合い,実践を語り合っていくことができなくなってきていることを感じている。そして,保育の楽しさや面白さ,醍醐味をどうしたら若い年代に伝えられるのか悩んでいることも事実である。ここでは,筆者が取り組んだ研究から,毎年変わる保育士集団を支える職場環境に目を向け保育士の成長に関わる視点について論議する。

話題提供④
保育者の保護者支援に対するストレスから:
小嶋玲子(桜花学園大学)
現代の保育者にとって保護者支援は仕事の大きな部分を占める。筆者の主任保育士に対する調査(2013)では,対応する保護者に対する相談・助言の内容の線引きが難しいことに加えて,「何が善きことか」の判断も難しく,保護者の気持ちを尊重し,保護者からの信頼に応えようとしすぎると,主任保育士自身が問題を抱えることになってしまう危惧が示された。筆者の前にもカンファレンスやコンサルテーションを通してそういう事例が提示される。したがって,これらの現状を踏まえた保育士の保護者支援での負担感や困難性を減じるための支援が必要となってくる。特に保護者支援に対する効力感や相談・助言での自己評価において低い得点を示している保育士たちへの支援が求められ,その一つとして,相談・助言のための時間や場所の確保,余裕のある人員配置などが有効であることが本調査から示された。
一人で抱え込まずにチームで対応することが支援の基本であるので,保育士が抱える保護者支援における負担感や困難性の軽減に対する保育者支援としては,「一人で抱えこまず,チームで対応する」職場環境の構築と,保育の専門性を超えた保護者支援に対しては,他の職種や機関と連携が円滑に行われるシステムの構築が求められる。

話題提供⑤
保育困難感を軽減する支援の視点:
寺見陽子(神戸松蔭女子学院大学)
筆者は,保育者の困難感軽減に向けた支援の取り組みとして,平成21年度より,地域の保育者・支援者を対象に,保育者の心理的負担軽減を目的とした講座(「保育カフェ」:毎月第4土曜14時~16時)を開催してきた。その意義は,日常性からの脱却,新鮮な思い,自己解放,同じ悩みを抱えていることへの共感,自分自身への気づきなどの内的経験が,自分自身の意欲やポジティブな志向に繋がることにあった(保育学会第64回大会,65回大会)。しかし,そうした内的体験は,保育者の背景によって異なることが推察される。
そこで,保育者支援の視点を探るために,保育者の保育におけるストレス状況と内的体験との関連を,アンケート調査によって探った。その結果,保育者の保育経験年数が長いほど,保育に対する「充実感」をもち,そうした保育者は研修を受けることを通して,保育における自分自身や自己の保育実践に対する気づきが高く,保育を言語化することの意義を感じていた。それに対し,保育に対する「消耗感」の高い保育者には,むしろ負の影響を与えていた。こうした結果からみて,保育者支援の視点として,保育者自身が抱えている課題の解決に向けた知見を提供すると同時に,保育者のメンタルヘルスを考えた支援をしていくことが求められることが示唆された。