10:00 AM - 12:00 PM
[JD01] 学校における新しい援助サービスの創造
「包括的いじめ予防教育プログラム」の開発にむけて
Keywords:予防教育, いじめ予防, 感情教育
[企画の主旨]
平成24年11月に公表された文部科学省の緊急調査の結果,国公私立の小学校・中学校・高校・特別支援学校におけるいじめの認知件数は,平成24年度当初から9月下旬時点までで144,054件と,上半期だけで,前年度(70,231件)1年間の2倍以上となっている(内閣府,2015)。こうした学校で多発するいじめの問題を考えたとき,問題が発生する前の予防・開発的援助サービスの重要性が大きい(石隈,1999)。
平成25年にいじめ防止対策推進法が施行されたことにより,各自治体や各学校においていじめに対する全校調査(ユニバーサルスクリーニング)やいじめ撲滅に向けた様々な取り組みが行われるようになった。しかしながら,それらの取り組みに対して客観的な指標を用いて効果を検討している研究は少ない。エビデンスを伴ういじめ防止プログラムとしては,海外のプログラム(KiVA等)があるが,日本の文化や教育現場の事情が十分に加味されているとはいえない。そこで,発表者らは現在日本の学校で導入しやすい包括的ないじめ防止プログラムの開発に取り組んでいる。今回のシンポジウムでは,包括的ないじめ予防プログラムの開発に向けて,各自がこれまでに行ってきた実践・研究を報告し,新しい援助サービスの創造というテーマで多角的に検討することを目的とする。
[話題提供]
発達障害特性の一環である「感覚の違い」に焦点を当てた予防教育
五十嵐哲也(愛知教育大学)
発達障害を抱える子どもにおいては,味覚や触覚などの様々な点における感覚過敏や感覚鈍麻があることが知られている。こうした特性は,「手が触れただけなのに,パニックになった」というように,遊びや学習などの様々な日常生活場面において,発達障害を抱える子どもと,その他の子どもとの間のトラブルを引き起こす原因となる可能性がある。そこで,従来,発達障害を抱える子どもに対して,感覚統合などの手法によって感覚の情報処理を調整し,生活場面における適切な行動に結びつけようとする試みがなされてきている。
しかし,こうした問題を予防し,改善するためには,「発達障害を抱える子どもの身体的な感覚の困難さ」を緩和するだけではなく,「人によって,感じ方や表現の仕方が違うこと」「お互いの気持ちを考えながら行動するのは,大切であること」について,すべての子どもたちが理解していく必要もあると指摘できるだろう。
そこで,今回,文部科学省の委託である発達障害の可能性のある児童生徒に対する早期支援・教職員の専門性向上事業(発達障害の可能性のある児童生徒に対する早期支援研究事業)の一環として,小学校において「どの子の身体的感覚の成長にとっても役立つ活動を行いながら,同時に“互いを思いやる気持ち”にも気づかせるプログラム」を開発・実践した。ここでは,その内容と効果についての報告を行うこととする。
ネットいじめ予防プログラムと今後の課題
青山郁子(静岡大学)
新しいタイプのいじめと言われた「ネットいじめ」は,すでに研究が始まって10年が経ち,心理・社会的悪影響やリスク要因など多くのことが明らかになってきた。一方で,新しいテクノロジー技術やネットサービスは日々進化を続け教育現場での対応が追いついていないのが現状である。ネットいじめでは従来の対面式いじめとは異なり,時間を問わず学外で起こり,かつ閉ざされたネットコミュニティーで進行するために教師や保護者が見つけるのが困難である。
そこで近年は,携帯電話会社やネットサービスを提供する会社の多くが社会貢献(CSR)の一貫として無料で出前授業を行っている。またWeb上で無料で使える教材やリソースも多く提供している。本発表ではネットいじめを含むインターネットトラブル予防を目的とした様々なプログラムを紹介し, 学校現場での活用のあり方を検討する。
また,ネットいじめと一言で言っても,使用されるツールやプラットフォームは多岐にわたる。そこでネットいじめ発生状況別(LINEグループ内などのパブリックまたは個人宛メッセージなどのプライベートな状況)における子どもたちの深刻度の認識や感情の違い,対処方法(コーピング)について,中学生対象に行った研究結果を報告する。
大学生によるピアサポートプログラム―小学校における学校支援ボランティアの実践―
杉本希映(目白大学)
地域の教育力を生かすため,保護者,地域の人材や団体,企業等がボランティアとして学校をサポートする学校支援ボランティアは1990年代後半から文部省が推進を始め,現在では学校現場に広く定着しつつある。しかし,学校や児童生徒,参加したボランティアにとってどのような変化が見られるのか,どのような活用プログラムに効果が認められるのかといった実証的な検証はほとんどなされていないのが現状である。発表者の所属する大学は都内のA区と協定を結び,大学生を広義のピアサポートとして小・中学校に派遣する活動を2005年から継続している。学校と大学生双方にとって互恵性のある活動となるためのシステム構築を目指し,発表者を含めた大学教員数名が包括的なプログラムを開発し実践している。このプログラムには,学校・教育委員会・大学三者の連携システム,大学生に対する1年間の授業プログラムによるサポート・教育システムが含まれている。本発表では,このプログラムの概要を説明するとともに,これまで実施してきたアンケート調査の結果から成果と課題を検討する。特に,大学生がピアサポートとしてどのような活動を行っているのかを報告することで,いじめ問題への対応として学生ボランティアが果たしうる役割についての考察を深めたいと考えている。
「怒りの維持」の制御に関するいじめ抑止への可能性
遠藤寛子(立正大学)
怒りは,相手からの悪意を知覚し,意図的に不当な扱いを受けたと感じた場合に促される。一般的には時間が経過するにしたがって鎮静されるが,対象者の振る舞いに対して,故意性や不当性を抱き,今もなお,裏切りや侮辱を受けたと捉えている状態の場合には,怒りは長引く(遠藤・湯川,2011,2012,2013)。このような状態になると,攻撃性が助長し,対人関係の亀裂へと発展させることにつながりやすい。したがって,怒りの維持状態を適切に低減させる方法を身につけることが安定した対人関係を保つ上で重要な課題となる。
本発表では,発表者の調査および実験結果を踏まえて,“怒りがどのようにして維持されるか”というプロセスを紹介する。そして次に,その維持過程に基づいた介入方法の開発とその効果について言及する。すなわち,“書く”という介入方法を通じて,善悪・好悪という単一的な視点を超えて,自己と他者という二者関係を新たに捉え直す過程を考察する。また,語り方が変わっていくことで,個人内に留まらず,個人間にどのような影響を及ぼしうるかについて触れる。本発表は,攻撃性を喚起しやすい感情の一つとして怒りに着目し,その制御方法を紹介することにより,いじめを未然に防ぐための応用可能性について議論していく。
平成24年11月に公表された文部科学省の緊急調査の結果,国公私立の小学校・中学校・高校・特別支援学校におけるいじめの認知件数は,平成24年度当初から9月下旬時点までで144,054件と,上半期だけで,前年度(70,231件)1年間の2倍以上となっている(内閣府,2015)。こうした学校で多発するいじめの問題を考えたとき,問題が発生する前の予防・開発的援助サービスの重要性が大きい(石隈,1999)。
平成25年にいじめ防止対策推進法が施行されたことにより,各自治体や各学校においていじめに対する全校調査(ユニバーサルスクリーニング)やいじめ撲滅に向けた様々な取り組みが行われるようになった。しかしながら,それらの取り組みに対して客観的な指標を用いて効果を検討している研究は少ない。エビデンスを伴ういじめ防止プログラムとしては,海外のプログラム(KiVA等)があるが,日本の文化や教育現場の事情が十分に加味されているとはいえない。そこで,発表者らは現在日本の学校で導入しやすい包括的ないじめ防止プログラムの開発に取り組んでいる。今回のシンポジウムでは,包括的ないじめ予防プログラムの開発に向けて,各自がこれまでに行ってきた実践・研究を報告し,新しい援助サービスの創造というテーマで多角的に検討することを目的とする。
[話題提供]
発達障害特性の一環である「感覚の違い」に焦点を当てた予防教育
五十嵐哲也(愛知教育大学)
発達障害を抱える子どもにおいては,味覚や触覚などの様々な点における感覚過敏や感覚鈍麻があることが知られている。こうした特性は,「手が触れただけなのに,パニックになった」というように,遊びや学習などの様々な日常生活場面において,発達障害を抱える子どもと,その他の子どもとの間のトラブルを引き起こす原因となる可能性がある。そこで,従来,発達障害を抱える子どもに対して,感覚統合などの手法によって感覚の情報処理を調整し,生活場面における適切な行動に結びつけようとする試みがなされてきている。
しかし,こうした問題を予防し,改善するためには,「発達障害を抱える子どもの身体的な感覚の困難さ」を緩和するだけではなく,「人によって,感じ方や表現の仕方が違うこと」「お互いの気持ちを考えながら行動するのは,大切であること」について,すべての子どもたちが理解していく必要もあると指摘できるだろう。
そこで,今回,文部科学省の委託である発達障害の可能性のある児童生徒に対する早期支援・教職員の専門性向上事業(発達障害の可能性のある児童生徒に対する早期支援研究事業)の一環として,小学校において「どの子の身体的感覚の成長にとっても役立つ活動を行いながら,同時に“互いを思いやる気持ち”にも気づかせるプログラム」を開発・実践した。ここでは,その内容と効果についての報告を行うこととする。
ネットいじめ予防プログラムと今後の課題
青山郁子(静岡大学)
新しいタイプのいじめと言われた「ネットいじめ」は,すでに研究が始まって10年が経ち,心理・社会的悪影響やリスク要因など多くのことが明らかになってきた。一方で,新しいテクノロジー技術やネットサービスは日々進化を続け教育現場での対応が追いついていないのが現状である。ネットいじめでは従来の対面式いじめとは異なり,時間を問わず学外で起こり,かつ閉ざされたネットコミュニティーで進行するために教師や保護者が見つけるのが困難である。
そこで近年は,携帯電話会社やネットサービスを提供する会社の多くが社会貢献(CSR)の一貫として無料で出前授業を行っている。またWeb上で無料で使える教材やリソースも多く提供している。本発表ではネットいじめを含むインターネットトラブル予防を目的とした様々なプログラムを紹介し, 学校現場での活用のあり方を検討する。
また,ネットいじめと一言で言っても,使用されるツールやプラットフォームは多岐にわたる。そこでネットいじめ発生状況別(LINEグループ内などのパブリックまたは個人宛メッセージなどのプライベートな状況)における子どもたちの深刻度の認識や感情の違い,対処方法(コーピング)について,中学生対象に行った研究結果を報告する。
大学生によるピアサポートプログラム―小学校における学校支援ボランティアの実践―
杉本希映(目白大学)
地域の教育力を生かすため,保護者,地域の人材や団体,企業等がボランティアとして学校をサポートする学校支援ボランティアは1990年代後半から文部省が推進を始め,現在では学校現場に広く定着しつつある。しかし,学校や児童生徒,参加したボランティアにとってどのような変化が見られるのか,どのような活用プログラムに効果が認められるのかといった実証的な検証はほとんどなされていないのが現状である。発表者の所属する大学は都内のA区と協定を結び,大学生を広義のピアサポートとして小・中学校に派遣する活動を2005年から継続している。学校と大学生双方にとって互恵性のある活動となるためのシステム構築を目指し,発表者を含めた大学教員数名が包括的なプログラムを開発し実践している。このプログラムには,学校・教育委員会・大学三者の連携システム,大学生に対する1年間の授業プログラムによるサポート・教育システムが含まれている。本発表では,このプログラムの概要を説明するとともに,これまで実施してきたアンケート調査の結果から成果と課題を検討する。特に,大学生がピアサポートとしてどのような活動を行っているのかを報告することで,いじめ問題への対応として学生ボランティアが果たしうる役割についての考察を深めたいと考えている。
「怒りの維持」の制御に関するいじめ抑止への可能性
遠藤寛子(立正大学)
怒りは,相手からの悪意を知覚し,意図的に不当な扱いを受けたと感じた場合に促される。一般的には時間が経過するにしたがって鎮静されるが,対象者の振る舞いに対して,故意性や不当性を抱き,今もなお,裏切りや侮辱を受けたと捉えている状態の場合には,怒りは長引く(遠藤・湯川,2011,2012,2013)。このような状態になると,攻撃性が助長し,対人関係の亀裂へと発展させることにつながりやすい。したがって,怒りの維持状態を適切に低減させる方法を身につけることが安定した対人関係を保つ上で重要な課題となる。
本発表では,発表者の調査および実験結果を踏まえて,“怒りがどのようにして維持されるか”というプロセスを紹介する。そして次に,その維持過程に基づいた介入方法の開発とその効果について言及する。すなわち,“書く”という介入方法を通じて,善悪・好悪という単一的な視点を超えて,自己と他者という二者関係を新たに捉え直す過程を考察する。また,語り方が変わっていくことで,個人内に留まらず,個人間にどのような影響を及ぼしうるかについて触れる。本発表は,攻撃性を喚起しやすい感情の一つとして怒りに着目し,その制御方法を紹介することにより,いじめを未然に防ぐための応用可能性について議論していく。