10:00 AM - 12:00 PM
[JD02] 認知心理学と算数・数学教育実践の融合に向けて
知識構築活動の支援から考える
Keywords:認知心理学, 教育実践, 知識構築
【企画趣旨】
栗山和広
今日,教授・学習の領域において認知心理学からのアプローチが活発に行われるようになっている。しかし,認知心理学の研究と教室での実践研究や教科教育の間には,まだ依然として大きな壁が存在している。本シンポジウムでは,子どもにとって理解することが困難な算数・数学教育をとりあげて,認知心理学の研究と教科教育や実践研究との融合に向けて議論していくことにある。
平成24年度全国学力・学習状況調査によると,算数の概念の意味的理解に課題のあることが指摘されている。また,PISA(2012)によると,数学リテラシーの得点は以前の状態に回復しているとはいえない状況である。そこには,基礎的な知識や技能を,実際生活の中でどの程度活用し,社会生活の中で応用し行動していくかの能力の獲得が遅れており,子どもが知識社会で生きるときに役立つ知識構築が十分に獲得されていないことが示唆される。こうした問題への対応として,従来の教科教育のアプローチや実践的指導だけでなく,認知心理学が教科教育や教育実践とどのように手をつないでいくかが,「21世紀型スキル」の獲得には重要な役割をもつと考えられる。
本シンポジウムでは,認知心理学と教室における教育実践の融合へのアプローチとして,⑴高校生を対象とした社会的な相互作用としての協同学習の導入,⑵現行のカリキュラムとは異なる子どもの思考に基づいた新しいカリキュラム開発の実践,⑶認知心理学に基づいた実践的な学習指導,についての研究を紹介する。認知心理学と教育実践の融合は簡単なことではないが,今後,学習指導要領の全面改訂もあり,それぞれの考えの交流の促進をどのように進めていくかについて論じ,こうした関わりの中で新たな糸口を見つけることにしたい。
「数学授業における協同過程を通じた個人の知識構築」
小田切 歩
本シンポジウムのテーマである認知心理学と教育実践の融合として,認知心理学の理論を教育実践に活かすことが考えられる。理論を実践に活かすには,理論をもとにして実践を考える方法と,理論を意識して日頃の実践を見直す方法の2つがある(石川,2013)。本発表では,この前者にあたる教育実践として,高校2年生の1時間の数学授業において,様々な単元の知識の関連づけを目標として,クラス単位での協同過程を設けた授業を紹介する。
この授業は,高校生の数学的概念についての体系的な理解が不十分である,という現状に対し,他者と多様な考えを交流し合うという「協同学習」が効果的なのではないか,という考えから計画されたものである。協同学習には,それぞれ異なる理論に依拠した様々な研究や実践がある(佐藤,2013)。しかし,協同過程を通じた個人の理解の深まりについては,協同過程における個人のどのような遂行が個人の理解につながるのか,という認知心理学的なメカニズムが十分に明らかにされていない。そのため,生徒個人の理解を促すために,協同過程において教師は何をすべきなのか,という教育実践上重要な点が,先行研究においても十分には示されていない。一方で,教育実践においては,教育内容に加えて生徒や学校の状況も考慮した上で,協同の形態を組織する必要がある。
以上のことを踏まえて,この授業のデザインにあたっては,まず個人が様々な単元の知識を関連づけることを目標とした。そして,様々な単元の内容を用いて多様な解決方略が可能な課題を設定し,協同過程において,その解決方略間の関連を検討することで,その関連についての個人の説明構築が促進され,それが知識の関連づけ(知識構築)につながるのではないかと考えた。さらに,この学校では協同学習は行われておらず,授業時数にも余裕がなかった等の理由から,1時間の授業でクラス単位の協同過程を設けた。一般に,協同学習では,個人の活動を促すために小集団を活用することが多い。しかし,クラス単位であっても,個人のワークシート上での説明構築を促し,教師が発問を工夫することで,個人の活動を促せると考えた。そして分析の結果,協同過程を通じて,数学的な定義に基づいた解決方略間の関連についての個人の説明構築が促進され,それが異なる単元の知識の関連づけにつながることが示された。
当日は,認知心理学を基に教育実践をデザインした過程について,より詳細に報告する。そして残された課題について検討した上で,認知心理学と教育実践の融合について議論を深めていきたい。
「子どもの思考を基にした新しいカリキュラムの開発 ―割合概念の場合― 」
栗山和広
現行のカリキュラムは,数学という論理体系の構造を反映しており,いわば「大人の思考」からの教科の論理に基づいたカリキュラム構成になっている。そこには,子どもの思考や知識は全くと言っていいほど考慮されていない。こうした教科の論理に基づいたカリキュラム構成による指導で,子どもが知識構築を獲得できればいいが,実際はそうなっていないことは,PISAや全国学力調査Bの問題からみても明確である。そこで,認知心理学からの研究を基にした新しいカリキュラムの開発が必用であろう。新しいカリキュラムに基づく指導とは,「子どもの知識や思考」に基づいたカリキュラム構成を行い学習指導を行うことである。
本発表では,子どもの思考に基づいた新しいカリキュラム開発が,算数学習において最も理解することが困難な1つである割合概念の知識構築に及ぼす効果について示す。子どもの思考に基づいたカリキュラム開発では,以下の2つの研究の視点が必用である。第1は,子どものもつインフォーマルな知識をカリキュラムに組み込むことである。インフォーマルな知識について,子どもは日常生活の中から,豊かな知識を獲得していることが示されている。割合を学習する以前から,割合の基本となる意味,割合が表現する量的大きさ,割合の第2用法をインフォーマルに解決する,ことが実証されている(栗山,2012;Yoshida,2003)。しかし,現行のカリキュラムでは,こうした研究が全く盛り込まれていない。第2は,新しい学習において遭遇する認知的バリアである。これについては,研究がほとんど見られていない。その中で,割合の構成要素である基にする量,比べる量などの同定の困難性(栗山,2005),割合で比較すべき2つまたは3つの全体は等しいという基本となる等全体というべき概念の困難性(栗山・吉田, 2014)が見出されている。子どもの思考に基づいたカリキュラムでは,フォーマルな知識に,この2つの視点を新たに追加したカリキュラム構成になっている。
こうしたカリキュラム開発による教授介入の研究から,知識構築に及ぼす効果について検討し,認知心理学と教育実践の融合についての議論を深めることにしたい。
「認知心理学を算数の授業に生かす ―教職大学院での取り組み―」
佐藤浩一
筆者は教職大学院で,認知心理学の視点から学習支援の在り方を考える授業と指導を,実務家教員とのペアで行っている。認知心理学の発想を授業に取り入れる有効性と課題について報告する。
1.認知心理学の発想の有効性
授業のなかで児童生徒の思考がどう働くかを考えるときに,認知心理学の発想は有効である(佐藤,2014)。算数においても,①問題解決は複数のステップを踏んでいる,②既有知識を活用することで新たな学習に取り組みやすくなる,③図表や他者といった外的リソースの活用により内的リソースの限界を補える,④自己説明や他者説明により新たなことに気づいたり理解を深めることができる,⑤自らの学習過程を振り返ることで学習が深まる,といった事柄を授業に生かすことが出来る。
2.算数授業の実践事例
大学院生(現職教員)による授業例を二つ紹介する。一つは小学校3年生で,問題解決的学習(問題把握―自力解決―集団解決―まとめ)に,上記②④⑤の発想を取り入れた実践である。もう一つは小学校5・6年生で,問題解決の4ステップ(変換-統合-計画-実行)に即した支援を年間を通して取り入れた実践である。
3.実践上の課題
紹介する事例に限らず,理論を実践につなげる過程で,次のような課題に突き当たる。①教科書の課題(問題場面を統合しにくい文章表現,1単元のみでの方略指導),②教え方の課題(足場をはずさない,工夫に慣れるのに時間がかかる),③説明活動の課題(思考過程ではなく計算手順の説明で終わる,書いて説明する機会が少ない),④評価の課題(規準・基準が児童に伝わらない)。
4.今後の取り組み
院生の実践が個人の研究で終わるのではなく,周囲の教員にも,認知心理学の有効性を理解していただきたい。そのためには,優れた実践を提示すること,そしてそこから,特定の単元や教科に限定されない知恵を引き出し伝えることが大切である。
21世紀型の知識構築アプローチからは,紹介する実践例は旧来型のものに見えるだろう。しかし組織の中で授業改善を進めるには,あまりラディカルな提案をするのではなく,すでに十分築かれている足場に一工夫を加えるという姿勢をとりたい。そのためには21世紀型の授業スタイルと旧来の授業の,どこが同じでどこが違うのか吟味することが必要である。理論面では,転移や学習方略といった古典的な概念,自己調整学習といった比較的新たな概念,21世紀型スキルという最近の概念の関係を吟味し整理することが大切である。
栗山和広
今日,教授・学習の領域において認知心理学からのアプローチが活発に行われるようになっている。しかし,認知心理学の研究と教室での実践研究や教科教育の間には,まだ依然として大きな壁が存在している。本シンポジウムでは,子どもにとって理解することが困難な算数・数学教育をとりあげて,認知心理学の研究と教科教育や実践研究との融合に向けて議論していくことにある。
平成24年度全国学力・学習状況調査によると,算数の概念の意味的理解に課題のあることが指摘されている。また,PISA(2012)によると,数学リテラシーの得点は以前の状態に回復しているとはいえない状況である。そこには,基礎的な知識や技能を,実際生活の中でどの程度活用し,社会生活の中で応用し行動していくかの能力の獲得が遅れており,子どもが知識社会で生きるときに役立つ知識構築が十分に獲得されていないことが示唆される。こうした問題への対応として,従来の教科教育のアプローチや実践的指導だけでなく,認知心理学が教科教育や教育実践とどのように手をつないでいくかが,「21世紀型スキル」の獲得には重要な役割をもつと考えられる。
本シンポジウムでは,認知心理学と教室における教育実践の融合へのアプローチとして,⑴高校生を対象とした社会的な相互作用としての協同学習の導入,⑵現行のカリキュラムとは異なる子どもの思考に基づいた新しいカリキュラム開発の実践,⑶認知心理学に基づいた実践的な学習指導,についての研究を紹介する。認知心理学と教育実践の融合は簡単なことではないが,今後,学習指導要領の全面改訂もあり,それぞれの考えの交流の促進をどのように進めていくかについて論じ,こうした関わりの中で新たな糸口を見つけることにしたい。
「数学授業における協同過程を通じた個人の知識構築」
小田切 歩
本シンポジウムのテーマである認知心理学と教育実践の融合として,認知心理学の理論を教育実践に活かすことが考えられる。理論を実践に活かすには,理論をもとにして実践を考える方法と,理論を意識して日頃の実践を見直す方法の2つがある(石川,2013)。本発表では,この前者にあたる教育実践として,高校2年生の1時間の数学授業において,様々な単元の知識の関連づけを目標として,クラス単位での協同過程を設けた授業を紹介する。
この授業は,高校生の数学的概念についての体系的な理解が不十分である,という現状に対し,他者と多様な考えを交流し合うという「協同学習」が効果的なのではないか,という考えから計画されたものである。協同学習には,それぞれ異なる理論に依拠した様々な研究や実践がある(佐藤,2013)。しかし,協同過程を通じた個人の理解の深まりについては,協同過程における個人のどのような遂行が個人の理解につながるのか,という認知心理学的なメカニズムが十分に明らかにされていない。そのため,生徒個人の理解を促すために,協同過程において教師は何をすべきなのか,という教育実践上重要な点が,先行研究においても十分には示されていない。一方で,教育実践においては,教育内容に加えて生徒や学校の状況も考慮した上で,協同の形態を組織する必要がある。
以上のことを踏まえて,この授業のデザインにあたっては,まず個人が様々な単元の知識を関連づけることを目標とした。そして,様々な単元の内容を用いて多様な解決方略が可能な課題を設定し,協同過程において,その解決方略間の関連を検討することで,その関連についての個人の説明構築が促進され,それが知識の関連づけ(知識構築)につながるのではないかと考えた。さらに,この学校では協同学習は行われておらず,授業時数にも余裕がなかった等の理由から,1時間の授業でクラス単位の協同過程を設けた。一般に,協同学習では,個人の活動を促すために小集団を活用することが多い。しかし,クラス単位であっても,個人のワークシート上での説明構築を促し,教師が発問を工夫することで,個人の活動を促せると考えた。そして分析の結果,協同過程を通じて,数学的な定義に基づいた解決方略間の関連についての個人の説明構築が促進され,それが異なる単元の知識の関連づけにつながることが示された。
当日は,認知心理学を基に教育実践をデザインした過程について,より詳細に報告する。そして残された課題について検討した上で,認知心理学と教育実践の融合について議論を深めていきたい。
「子どもの思考を基にした新しいカリキュラムの開発 ―割合概念の場合― 」
栗山和広
現行のカリキュラムは,数学という論理体系の構造を反映しており,いわば「大人の思考」からの教科の論理に基づいたカリキュラム構成になっている。そこには,子どもの思考や知識は全くと言っていいほど考慮されていない。こうした教科の論理に基づいたカリキュラム構成による指導で,子どもが知識構築を獲得できればいいが,実際はそうなっていないことは,PISAや全国学力調査Bの問題からみても明確である。そこで,認知心理学からの研究を基にした新しいカリキュラムの開発が必用であろう。新しいカリキュラムに基づく指導とは,「子どもの知識や思考」に基づいたカリキュラム構成を行い学習指導を行うことである。
本発表では,子どもの思考に基づいた新しいカリキュラム開発が,算数学習において最も理解することが困難な1つである割合概念の知識構築に及ぼす効果について示す。子どもの思考に基づいたカリキュラム開発では,以下の2つの研究の視点が必用である。第1は,子どものもつインフォーマルな知識をカリキュラムに組み込むことである。インフォーマルな知識について,子どもは日常生活の中から,豊かな知識を獲得していることが示されている。割合を学習する以前から,割合の基本となる意味,割合が表現する量的大きさ,割合の第2用法をインフォーマルに解決する,ことが実証されている(栗山,2012;Yoshida,2003)。しかし,現行のカリキュラムでは,こうした研究が全く盛り込まれていない。第2は,新しい学習において遭遇する認知的バリアである。これについては,研究がほとんど見られていない。その中で,割合の構成要素である基にする量,比べる量などの同定の困難性(栗山,2005),割合で比較すべき2つまたは3つの全体は等しいという基本となる等全体というべき概念の困難性(栗山・吉田, 2014)が見出されている。子どもの思考に基づいたカリキュラムでは,フォーマルな知識に,この2つの視点を新たに追加したカリキュラム構成になっている。
こうしたカリキュラム開発による教授介入の研究から,知識構築に及ぼす効果について検討し,認知心理学と教育実践の融合についての議論を深めることにしたい。
「認知心理学を算数の授業に生かす ―教職大学院での取り組み―」
佐藤浩一
筆者は教職大学院で,認知心理学の視点から学習支援の在り方を考える授業と指導を,実務家教員とのペアで行っている。認知心理学の発想を授業に取り入れる有効性と課題について報告する。
1.認知心理学の発想の有効性
授業のなかで児童生徒の思考がどう働くかを考えるときに,認知心理学の発想は有効である(佐藤,2014)。算数においても,①問題解決は複数のステップを踏んでいる,②既有知識を活用することで新たな学習に取り組みやすくなる,③図表や他者といった外的リソースの活用により内的リソースの限界を補える,④自己説明や他者説明により新たなことに気づいたり理解を深めることができる,⑤自らの学習過程を振り返ることで学習が深まる,といった事柄を授業に生かすことが出来る。
2.算数授業の実践事例
大学院生(現職教員)による授業例を二つ紹介する。一つは小学校3年生で,問題解決的学習(問題把握―自力解決―集団解決―まとめ)に,上記②④⑤の発想を取り入れた実践である。もう一つは小学校5・6年生で,問題解決の4ステップ(変換-統合-計画-実行)に即した支援を年間を通して取り入れた実践である。
3.実践上の課題
紹介する事例に限らず,理論を実践につなげる過程で,次のような課題に突き当たる。①教科書の課題(問題場面を統合しにくい文章表現,1単元のみでの方略指導),②教え方の課題(足場をはずさない,工夫に慣れるのに時間がかかる),③説明活動の課題(思考過程ではなく計算手順の説明で終わる,書いて説明する機会が少ない),④評価の課題(規準・基準が児童に伝わらない)。
4.今後の取り組み
院生の実践が個人の研究で終わるのではなく,周囲の教員にも,認知心理学の有効性を理解していただきたい。そのためには,優れた実践を提示すること,そしてそこから,特定の単元や教科に限定されない知恵を引き出し伝えることが大切である。
21世紀型の知識構築アプローチからは,紹介する実践例は旧来型のものに見えるだろう。しかし組織の中で授業改善を進めるには,あまりラディカルな提案をするのではなく,すでに十分築かれている足場に一工夫を加えるという姿勢をとりたい。そのためには21世紀型の授業スタイルと旧来の授業の,どこが同じでどこが違うのか吟味することが必要である。理論面では,転移や学習方略といった古典的な概念,自己調整学習といった比較的新たな概念,21世紀型スキルという最近の概念の関係を吟味し整理することが大切である。