The 57th meeting of the Japanese association of educational psychology

Presentation information

自主企画シンポジウム

バリアフリー教育心理学の構築

Thu. Aug 27, 2015 10:00 AM - 12:00 PM 301B (3階)

企画・話題提供:西館有沙(富山大学), 水野智美(筑波大学), 司会:西村実穂(東京未来大学), 企画・指定討論:徳田克己(筑波大学)

10:00 AM - 12:00 PM

[JD04] バリアフリー教育心理学の構築

西館有沙1, 水野智美2, 西村実穂3, 徳田克己4 (1.富山大学, 2.筑波大学, 3.東京未来大学, 4.筑波大学)

Keywords:バリアフリー, 視覚障害, 肢体不自由

1.企画趣旨
福祉学の分野で取り組まれているバリアフリー研究では,バリアを発見すること,利用者のニーズを明らかにすることに焦点があてられてきた。これらの先行研究では,物理的バリアや情報のバリア,制度上のバリアの解消とともに,市民の認識を向上させ,理解を深めていくこと(心理的バリアの解消)が必要であると結論づけられている。しかし,市民の理解を促すために,具体的に何をどうすればよいのかについては具体的に言及されていないことがほとんどである。
福祉学の分野ではこのように,バリアフリーの実現のために必要な課題が明らかにされている。一方で,福祉学の中の一領域である福祉教育学ではその理念や理論的枠組みが議論されることが多く,教育実践のための方法論が扱われることは少ない(海保,2010;内田,2010;岡田,2010など)。結果として,現在のバリアフリーの教育や啓発は「思いやり」「ゆずりあい」等の言葉を用いたスローガン的なものが多く,実効性を伴っているとは言い難い。
福祉学が明らかにしてきた「バリア」について,バリアフリーの啓発のための最適な教授方法を開発し,学校教育や企業内教育,生涯教育の場に取り入れていくことができれば,共生社会の実現のための大きな手段となるであろう。そのためには,従来のように福祉学の中だけでこの議論を進めていこうとするのではなく,教育心理学の知見に基づいた教授方法や教材の効果を検討していかなくてはならない。
そこで本シンポジウムでは,福祉学と教育心理学の学際的融合を目指し,バリアフリーの喫緊の課題に取り組む研究者から,これまでの研究において明らかになっている課題を紹介してもらうとともに,教育心理学的な視点から教材や教育方法について提案していただく。また,提供された話題をもとに,市民の理解を促すために教育心理学の手法をいかに取り入れていくかについて議論を深めたい。

2.点字ブロック及び障害者用駐車スペースの研究者からの提案
【西館】
視覚障害者にとって点字ブロックは,段差や横断歩道の前,分岐点など,安全に歩行するための重要な情報を与えてくれる設備である。しかし,徳田・新井・松村・長岡・望月(1999)は,視覚障害者の約8割が点字ブロック上に物などが置かれていて歩きにくいと感じることが「よくある」「時々ある」と答えたこと,点字ブロック上の駐車車両にぶつかって顔などを切る,眼鏡が破損するという経験をした視覚障害者がいることを明らかにしている。また,徳田・水野・西館・新井・青柳(2008)は,点字ブロック上には自転車や自動車,看板,ベンチ,ごみ袋など,さまざまな物が置かれていることを報告している。このように,点字ブロック上やその周辺の障害物は,視覚障害者の安全かつ効率的な歩行を妨げ,時には大きなけがにつながる危険な状況を生み出している。
点字ブロックに関する教育や啓発の実施状況に目を向けると,小・中学校の検定済教科書には点字ブロックの絵や写真が多く掲載され,バリアフリー設備の一つとして紹介されるようになっている(水野・西館・石上・富樫,2006)。また,西館・徳田・水野(2005)によれば,2002年度に障害について教育を行った小学校教員の約6割,中学校教員の約5割が点字ブロック上の障害物の害を取り上げたと言う。点字ブロックや立て看板に「点字ブロック上に物を置かないで」という注意を記しているケースもある。このように,点字ブロックに関する教育や啓発は,比較的よく取り組まれていると言える。
しかし,これらの教育が,点字ブロック上には障害物を置かないという実際の行動につながっているかどうかが重要である。今後は,行動の発現に有効な教育の内容や方法を明らかにしていくべきである。加えて,点字ブロック上の障害物は移動させることのできる場合が多いため,視覚障害者への援助行動の一つとして,点字ブロック上の障害物を移動させる方法があることを伝えていくことも,状況の改善を図る上で有効であると考える。
障害者用駐車スペースについては,健常者のみが乗っている車両が駐車するという,いわゆる不正利用の問題が指摘されている(西館,2007)。障害者用駐車スペースは建物への移動等において利便性の高い場所に設けられているため,不正利用が起こりやすい状況にある。現在,この区画の利用資格者は法律で規定されておらず,健常者の利用を禁止する法律もない。
障害者用駐車スペースが駐車車両で埋まってしまうと,駐車場自体を利用できなくなる者がいるため,「必要がない者は停めてはいけない」と市民が認識できるように教育や啓発を進めていく必要がある。また,障害者用駐車スペースの利用対象者や使い方に関する市民の誤解が,利用時のトラブルの発生や,「障害者ばかりが優遇されている」という不満につながっているため(西館,2007),「停めてはいけない」ということだけでなく,この区画の設置理由や利用者のニーズを伝えていくことが必要である。
教習所で,この区画の幅が車いすの出し入れ等を行えるように広く設けられていることを伝えたことのある指導員は47%であり(西館・水野・黄金井・徳田,2006),運転教育において障害者用駐車スペースの設置理由やニーズ等が十分に説明されているとは言いがたい。また,障害者用駐車スペース内に啓発の看板を立てているところがあるが,内容が統一されていないことに加え,あいまいな表現が多いので,この区画が何のために設けられ,どう利用されるべきなのかがわかりにくい。
西館・水野・徳田(2004)は,区画内の看板について,「車いす使用者以外駐車禁止」のように対象が明確であったり,車いす使用者が困っていることを強調する内容について,市民が不正利用の抑制効果を高く評価することを明らかにしている。一方で西館(2014)は,障害者用駐車スペース内に啓発の看板を設置し,その前後で不正利用数が変化するかを調べている。その結果,看板設置後に不正利用数は減るものの有意差は認められなかったこと,看板に気づいて車を移動させる者がいた一方,看板を気にする様子もなく駐車する者がいたことを確認している。このことから,看板による啓発だけで,不正利用を抑止していくことはむずかしい。
障害者用駐車スペースに関する市民の理解を促す教育や啓発を,どこでどのような方法を用いて進めていくかを検討していくことが,今後の課題であると言えよう。

3.「ながらスマホ」の研究者からの提案
【水野】
徳田・水野(2013a)が首都圏の大学に通う650名の大学生を対象にした調査では,9割以上の大学生がスマートフォン(以下,スマホ)を所有し,そのうちの93%がスマホを操作しながら歩いた経験がある(以下,ながらスマホ)と答えている。また,自分自身がながらスマホをしていて,歩行者とぶつかったりぶつかりそうになった経験がある者が約6割,相手がながらスマホをしていて,ぶつかったりぶつかりそうになった経験のある者が約7割いることも確認されている。少数ではあるが,ぶつかった際にけがをした者がいた。具体的には,「自転車に乗っていた際に,前方から来たイヤホンをしながら自転車に乗ってスマホを操作していた人とぶつかって,顔面を強打し,救急車で運ばれた」,「ながらスマホをしていた人に足を踏まれ,足の爪が割れた」という回答があった。加えて,「駅のプラットフォームでながらスマホの人とぶつかって転んだ」と答えた者がおり,一つ違えば,大事故につながる危険性をはらんでいることが示唆された。
また,徳田・水野(2013b)が障害者や高齢者などの交通障害者を対象にした調査からも,交通障害者はながらスマホを移動上のバリアとしてとらえていることが明らかになっている。特に,視覚障害者の多くは年々,歩いている人とぶつかることが増え,また相手と真正面からぶつかる(相手が前方を確認せずに歩いていると推測される)ことが多くなったと答えていた。
このようにスマホが普及し,ながらスマホをする人が増えてきたことによって,町中の至る所に「動くバリア」が存在している状態と言っても過言ではない。これは日本に限らず,世界の各地で同様の問題が起こっている。
これらの問題を解消するためには,スマホ利用者一人ひとりが,ながらスマホの危険性を実感し,適正な利用ができるような啓発教育が重要になってくる。最近では,テレビCMや電車の広告などで,ながらスマホを防止するための啓発がなされるようになってきた。また,携帯電話会社等が学校や地域のイベントで啓発活動をすることも増えている。しかし,どのような教育内容でいかに伝えることが効果的であるのかを検討した研究は,徳田・水野・西館(2014)しか見当たらない。
徳田ら(2014)は,どのような啓発内容がながらスマホの防止に有効であるのかを明らかにするために,3つの教育内容を用意した。具体的には,情報提供型(ながらスマホの現状,事故件数に関する情報を提供する),脅し型(事故の悲惨さ,高額な被害請求額を強調して伝える),討論型(ながらスマホに関して,自由に話し合わせた後,自分の行動目標を発表する)である。その結果,情報提供型あるいは脅し型の教育によって,「ながらスマホをしてはいけない」という認識が強まり,防止効果が期待できることが確認できた。一方,討論型は,啓発教育の前後において,「緊急の場合の使用を仕方がない」と考える程度に変化が見られず,防止の効果が認められなかった。ただし,討論型の方法に検討の余地があり,必ずしもこの結果を般化できないと考えられた。
加えて,この啓発教育の3か月後にながらスマホの効果を再度,測定したところ,3群ともに啓発教育を行う前と同じ状態に戻っており,効果は継続していなかった(未発表)。
ながらスマホの防止教育については,啓発内容や方法に課題が残された状態であり,研究の蓄積が必要不可欠であると言える。