1:30 PM - 3:30 PM
[JE03] 領域「表現」における幼児の協同的学びについての実践研究
Keywords:領域「表現」, 幼児, 協同的学び
[企画趣旨]
幼稚園教育要領と保育所保育指針には,幼児の発達の側面として「健康」,「人間関係」,「環境」,「言葉」,「表現」の5領域が示されている。このうち領域「表現」は,幼児の感性と表現の発達の側面をとらえる視点として記されている。
幼稚園教育要領と保育所保育指針には領域「表現」の内容に,音楽,造形,身体の3つの表現遊びが取り上げられている。幼稚園や保育所での生活の中で,実際に幼児がこれらの表現遊びを楽しむ際には,多くの場合で協同して遊ぶ姿がみられる。このことから,表現遊びにおける協同的学びは重要な視点となる。
領域「表現」を研究する研究者は,これまでにこのような協同的学びについての実践研究を積み重ねてきた。そこで本シンポジウムでは,音楽,造形,身体の3つの表現遊びにおける協同的学びを対象とした実践研究に焦点を当て,それぞれの実践研究の動向や今後のあり方について議論する。
音・音楽表現遊びにおける幼児の協同的学び
吉永早苗
幼児の音楽表現に特定した協同的学びに関する実践研究は,これまであまり検討されてこなかった。それは, 活動の目的が音楽の再表現に置かれていることや,合唱や合奏といった一般的な音楽表現の形態が協同性を前提としているためであるだろう。しかしながら,幼稚園教育要領に「自分なりの素材の使い方を見つける体験が創造的な活動の源泉である」とあるように,「素材の使い方を見つける体験」からの表現遊びに着目すると,幼児の協同的な学びに,新しい気づきがあるのではないだろうか。素材には,楽器や声だけでなく,身の周りの素材や自らの動きに伴う音が含まれる。今回の話題提供では, 幼児がそうした音素材を選択し,音づくりや音楽(リズム)の表現に試行錯誤や創意工夫を重ねるO幼稚園の実践を紹介し,幼児の協同的学びの姿を検討したい。
園庭では,ジャングルジムが大掛かりな楽器に変身していた。斜めに渡された樋の途中には,ミュージックベルや鈴などが吊り下げられ,地面には鉄琴や鍋,フライパンなどが並べられている。樋で繋げられた滑り台の頂上から落とされたビー玉は,様々な箇所で幼児の仕掛けによる多様な音を鳴らしながら転がり,ゴールでは華やかに音を響かせていた。幼児らは協同して樋を渡し,音を聴きながらモノを吊るしたり並べ変えたりして,ビー玉による音の旅を創作していたのである。
一方室内では,CD音楽に合わせた合奏が行われていた。幼児は,鍋やフライパン,プラスチック容器や段ボール箱などの手作りドラムセットを自由に叩いている。また,音楽に合わせて踊るダンサーの上履きの裏側には厚紙に貼り付けられた王冠が装備され,足元の動きがタップダンスのように音楽にリズムを重ねている。幼児はお互いが発する音を聴き合うことで,即興的な合奏にそれぞれが工夫を凝らし,協同して音楽的な作品を作り出していた。
この実践に見られる音・音楽表現遊びの試行錯誤や創意工夫は,「よく聴く」活動の取り組みから導かれたものである。教師は,川の流れに耳を澄ませたり,お寺の鐘や仏具の音を聴きに出かけたり,多様な楽器や声楽の演奏を聴くなどする機会を意識的に多く設定している。こうした「音との感性的な出会い」の経験は,幼児の頭の中に鳴り響く音のモデルを形成する。さらに,そのモデルに近い音を生み出すために思考したり実際にその音を聴いたりすることで,発想は展開していく。そして,こうした身の周りの素材や自分の動きに伴う音を用いた表現のなかでの協同的な学びは,文化的な音楽の表現における創意工夫に繋がっていくのである。
造形教育における幼児の協同的学びを対象とした実践研究の課題とあり方
若山育代
本発表では,造形教育における幼児の協同的学びを対象とした実践研究の課題と,この種の実践研究の今後のあり方を提案する。なお,本発表では造形教育における幼児の協同的学びを,無藤(2013)と幼稚園教育要領及び保育所保育指針に基づいて次のように定義する。すなわち,「同僚性をもった子ども集団が形あるものを作り出すことを通して,目的や課題を指向するやり方,及び,感性と表現力を身につけること」である。
本発表では,造形教育における幼児の協同的学びを対象とした実践研究の課題を見出すために,現行の幼稚園教育要領及び保育所保育指針が施行された2008年から現在までの美術科教育学会誌『美術教育学』を概観した。ここに掲載された幼児教育を対象とした論文を,Berkowitz & Bier(2007)の観点と学習科学の観点に基づいて検討した。Berkowitzらの観点とは,「その実践研究が,プリ・ポストデザインを用いるなど,比較の手続きによって研究が行われているか」というものである。学習科学の観点とは,ここではデザインベース研究(Barab,2006)の考え方を取り上げた。これらの観点からは,次のような造形教育における幼児の協同的学びを対象とした実践研究の課題が見出された。すなわち,哲学的,現象学的な研究など多様な理論的背景及びアプローチによって「造形教育における幼児の協同的学び」の重要性は十分に理解されている現状にあるものの,それを対象とした実践研究の多くが,Berkowitz & Bier(2007)の観点と学習科学の観点からそのような学びを達成したことを検証していないというものである。
こうした課題をふまえ,今後の「造形教育における幼児の協同的学び」の実践研究のあり方として,次の三つを提案したい。一つ目は,Berkowitzらの観点にならい「造形教育における幼児の協同的学び」の成果を厳密に測定,記述する実践研究を行うことである。二つ目は,造形教育の実践研究においては,著者である研究者が自ら実践を行うため,当事者性の高い研究論文が多いので,自らが実践者として理論と実践を往還させるデザインベース研究(Barab,2006)の方法論を確立することである。三つ目は,造形活動の特性と造形教育における幼児の協同的学びの関係を明らかにすることである。例えば,素材に触れて形を作る「技法」は造形活動の重要な特性である。このような特性と協同的学びの関連についての研究を積み重ねていくことが必要である。
幼児の「演劇的なあそび」と実践研究の実践現場への還元
直井玲子
話題提供者は保育現場に返すことができる実践研究がしたいと願う。高尾(2010)は「この時代の研究者は,自らがいいと信じるものを守り促進するアドヴォカシーのために研究する。そして自分が支援する人々に説得的に言説を供給していく役割が与えられている」という。例えば阿部(2013)は,子どものごっこあそびには端的に言語化するのが難しいほどの複雑な〈リアリティ―ファンタジー〉構造があることを示し,ごっこあそびの援助において保育者が困難を感じる際にはこの構造を参考にできるという。二宮(2014)は,幼児の創作劇のもとになる「物語製作プロセス」をナラティブ・エスノグラフィーにより検討した。このことにより職人芸のような能力が備わっている保育者だけではなく,多くの保育者が子どもと一緒に創作劇に取り組んでいくことができるようになるだろう。
話題提供者はW幼稚園で参与観察を行っている。2014年2月某日,4歳児クラスの子どもと保護者とがホールに集まった。ステージに女児が1人で登場し,2本のフラフープを軽快なBGMに乗せて鮮やかに回してみせてこの日の「お遊戯会」は始まった。切り紙,ペープサート,縄跳び,詩の朗読,お手玉,縫い刺し,大工仕事,合奏から歌まで,20もの様々な出し物でプログラムが組まれていた。担任教諭の一人ひとりの子どもに向けられた温かいまなざしと優しい声掛けによる進行で,子ども達は全員自分の得意技をステージから堂々と披露し保護者からの拍手喝さいを浴びていた。園長によるとW幼稚園で大切にしていることは,子どもがお遊戯会で「なにをするかを決めること」であり,「なにがしたいかが自分たちでわかること」であるという。1人の子どもの「これがしたい」と他の誰かの「これがしたい」が組み合わさって発表会のプログラムがつくられる。これは子どもによる協同的な活動であり,W幼稚園ではここに時間をかけている。
幼稚園教育要領と保育所保育指針には,幼児の発達の側面として「健康」,「人間関係」,「環境」,「言葉」,「表現」の5領域が示されている。このうち領域「表現」は,幼児の感性と表現の発達の側面をとらえる視点として記されている。
幼稚園教育要領と保育所保育指針には領域「表現」の内容に,音楽,造形,身体の3つの表現遊びが取り上げられている。幼稚園や保育所での生活の中で,実際に幼児がこれらの表現遊びを楽しむ際には,多くの場合で協同して遊ぶ姿がみられる。このことから,表現遊びにおける協同的学びは重要な視点となる。
領域「表現」を研究する研究者は,これまでにこのような協同的学びについての実践研究を積み重ねてきた。そこで本シンポジウムでは,音楽,造形,身体の3つの表現遊びにおける協同的学びを対象とした実践研究に焦点を当て,それぞれの実践研究の動向や今後のあり方について議論する。
音・音楽表現遊びにおける幼児の協同的学び
吉永早苗
幼児の音楽表現に特定した協同的学びに関する実践研究は,これまであまり検討されてこなかった。それは, 活動の目的が音楽の再表現に置かれていることや,合唱や合奏といった一般的な音楽表現の形態が協同性を前提としているためであるだろう。しかしながら,幼稚園教育要領に「自分なりの素材の使い方を見つける体験が創造的な活動の源泉である」とあるように,「素材の使い方を見つける体験」からの表現遊びに着目すると,幼児の協同的な学びに,新しい気づきがあるのではないだろうか。素材には,楽器や声だけでなく,身の周りの素材や自らの動きに伴う音が含まれる。今回の話題提供では, 幼児がそうした音素材を選択し,音づくりや音楽(リズム)の表現に試行錯誤や創意工夫を重ねるO幼稚園の実践を紹介し,幼児の協同的学びの姿を検討したい。
園庭では,ジャングルジムが大掛かりな楽器に変身していた。斜めに渡された樋の途中には,ミュージックベルや鈴などが吊り下げられ,地面には鉄琴や鍋,フライパンなどが並べられている。樋で繋げられた滑り台の頂上から落とされたビー玉は,様々な箇所で幼児の仕掛けによる多様な音を鳴らしながら転がり,ゴールでは華やかに音を響かせていた。幼児らは協同して樋を渡し,音を聴きながらモノを吊るしたり並べ変えたりして,ビー玉による音の旅を創作していたのである。
一方室内では,CD音楽に合わせた合奏が行われていた。幼児は,鍋やフライパン,プラスチック容器や段ボール箱などの手作りドラムセットを自由に叩いている。また,音楽に合わせて踊るダンサーの上履きの裏側には厚紙に貼り付けられた王冠が装備され,足元の動きがタップダンスのように音楽にリズムを重ねている。幼児はお互いが発する音を聴き合うことで,即興的な合奏にそれぞれが工夫を凝らし,協同して音楽的な作品を作り出していた。
この実践に見られる音・音楽表現遊びの試行錯誤や創意工夫は,「よく聴く」活動の取り組みから導かれたものである。教師は,川の流れに耳を澄ませたり,お寺の鐘や仏具の音を聴きに出かけたり,多様な楽器や声楽の演奏を聴くなどする機会を意識的に多く設定している。こうした「音との感性的な出会い」の経験は,幼児の頭の中に鳴り響く音のモデルを形成する。さらに,そのモデルに近い音を生み出すために思考したり実際にその音を聴いたりすることで,発想は展開していく。そして,こうした身の周りの素材や自分の動きに伴う音を用いた表現のなかでの協同的な学びは,文化的な音楽の表現における創意工夫に繋がっていくのである。
造形教育における幼児の協同的学びを対象とした実践研究の課題とあり方
若山育代
本発表では,造形教育における幼児の協同的学びを対象とした実践研究の課題と,この種の実践研究の今後のあり方を提案する。なお,本発表では造形教育における幼児の協同的学びを,無藤(2013)と幼稚園教育要領及び保育所保育指針に基づいて次のように定義する。すなわち,「同僚性をもった子ども集団が形あるものを作り出すことを通して,目的や課題を指向するやり方,及び,感性と表現力を身につけること」である。
本発表では,造形教育における幼児の協同的学びを対象とした実践研究の課題を見出すために,現行の幼稚園教育要領及び保育所保育指針が施行された2008年から現在までの美術科教育学会誌『美術教育学』を概観した。ここに掲載された幼児教育を対象とした論文を,Berkowitz & Bier(2007)の観点と学習科学の観点に基づいて検討した。Berkowitzらの観点とは,「その実践研究が,プリ・ポストデザインを用いるなど,比較の手続きによって研究が行われているか」というものである。学習科学の観点とは,ここではデザインベース研究(Barab,2006)の考え方を取り上げた。これらの観点からは,次のような造形教育における幼児の協同的学びを対象とした実践研究の課題が見出された。すなわち,哲学的,現象学的な研究など多様な理論的背景及びアプローチによって「造形教育における幼児の協同的学び」の重要性は十分に理解されている現状にあるものの,それを対象とした実践研究の多くが,Berkowitz & Bier(2007)の観点と学習科学の観点からそのような学びを達成したことを検証していないというものである。
こうした課題をふまえ,今後の「造形教育における幼児の協同的学び」の実践研究のあり方として,次の三つを提案したい。一つ目は,Berkowitzらの観点にならい「造形教育における幼児の協同的学び」の成果を厳密に測定,記述する実践研究を行うことである。二つ目は,造形教育の実践研究においては,著者である研究者が自ら実践を行うため,当事者性の高い研究論文が多いので,自らが実践者として理論と実践を往還させるデザインベース研究(Barab,2006)の方法論を確立することである。三つ目は,造形活動の特性と造形教育における幼児の協同的学びの関係を明らかにすることである。例えば,素材に触れて形を作る「技法」は造形活動の重要な特性である。このような特性と協同的学びの関連についての研究を積み重ねていくことが必要である。
幼児の「演劇的なあそび」と実践研究の実践現場への還元
直井玲子
話題提供者は保育現場に返すことができる実践研究がしたいと願う。高尾(2010)は「この時代の研究者は,自らがいいと信じるものを守り促進するアドヴォカシーのために研究する。そして自分が支援する人々に説得的に言説を供給していく役割が与えられている」という。例えば阿部(2013)は,子どものごっこあそびには端的に言語化するのが難しいほどの複雑な〈リアリティ―ファンタジー〉構造があることを示し,ごっこあそびの援助において保育者が困難を感じる際にはこの構造を参考にできるという。二宮(2014)は,幼児の創作劇のもとになる「物語製作プロセス」をナラティブ・エスノグラフィーにより検討した。このことにより職人芸のような能力が備わっている保育者だけではなく,多くの保育者が子どもと一緒に創作劇に取り組んでいくことができるようになるだろう。
話題提供者はW幼稚園で参与観察を行っている。2014年2月某日,4歳児クラスの子どもと保護者とがホールに集まった。ステージに女児が1人で登場し,2本のフラフープを軽快なBGMに乗せて鮮やかに回してみせてこの日の「お遊戯会」は始まった。切り紙,ペープサート,縄跳び,詩の朗読,お手玉,縫い刺し,大工仕事,合奏から歌まで,20もの様々な出し物でプログラムが組まれていた。担任教諭の一人ひとりの子どもに向けられた温かいまなざしと優しい声掛けによる進行で,子ども達は全員自分の得意技をステージから堂々と披露し保護者からの拍手喝さいを浴びていた。園長によるとW幼稚園で大切にしていることは,子どもがお遊戯会で「なにをするかを決めること」であり,「なにがしたいかが自分たちでわかること」であるという。1人の子どもの「これがしたい」と他の誰かの「これがしたい」が組み合わさって発表会のプログラムがつくられる。これは子どもによる協同的な活動であり,W幼稚園ではここに時間をかけている。