日本教育心理学会第57回総会

講演情報

自主企画シンポジウム

障害の重い人の教育における「課題学習」の意義

現代的状況を踏まえた実践的再考

2015年8月27日(木) 16:00 〜 18:00 303・304 (3階)

企画・司会・話題提供:岡澤慎一(宇都宮大学), 話題提供:中村保和(群馬大学), 指定討論:土谷良巳(上越教育大学), 菅井裕行(宮城教育大学)

16:00 〜 18:00

[JF05] 障害の重い人の教育における「課題学習」の意義

現代的状況を踏まえた実践的再考

岡澤慎一1, 中村保和2, 土谷良巳3, 菅井裕行4 (1.宇都宮大学, 2.群馬大学, 3.上越教育大学, 4.宮城教育大学)

キーワード:重度・重複障害, 課題学習, 実践研究

企画趣旨
岡澤慎一
我々は,本学会総会において,これまで3回の自主シンポジウムを企画した(「重度・重複障害教育における共創コミュニケーションの課題と展望」2012年,企画者:菅井裕行。「障害の重い子どもが取り組む学習とは―その現代的課題と展望―」2013年,企画者:土谷良巳。「障害の重い子どもが取り組む学習とは(続)―その多面性について―」2014年,企画者:土谷良巳)。本シンポジウムはこれらの成果を踏まえ実施されるものである。
知的障害に加え,他にも重度の障害を併せ有する障害の重い人との教育的係わり合いをとらえる視点は,国立特殊教育総合研究所重複障害教育研究部において25年にわたって発刊された「重度・重複障害児の事例研究(第一集~第二十五集)」の各巻のテーマにもみられるように,コミュニケーションや探索行動あるいは感覚運動機能に関わるものや種々の教育実践上の課題など,きわめて多岐にわたる。そして,我々の実践が教育的係わり合いであることを鑑みれば,一貫して,こうした営みを学習活動という視点からとらえ直すことが欠かせないであろう。
これまで,障害の重い子どもの学習活動の多くは,「初期学習」(中島,1977)の概念のもとに取り組まれ,また,個々の子どもを対象として系統的になされ,個別に開発された適切な教材・教具によって取り組む課題が提示される学習は,「課題学習」と呼ばれてきた(土谷,2015)。こうした視点からの実践は,とりわけ1979年の養護学校教育義務制実施以降,数多く取り組まれ,またその意義についても先達の多くの論考がある。しかし,現在にいたるまで繰り返し指摘される障害の「重度化・多様化」による相手となる人の状態像の変化や障害のある人の教育をめぐる近年の種々の状況の変遷は,上記の実践を推し進め,蓄積することを困難にしている。すなわち,学校現場における学習活動は,将来的な「自立」を目的とした直接的で,一義的,反復的な方法による,生活場面や課題状況におけるスキルの形成が優先され,また学校教育の現場においては障害の重い人との教育的係わり合いの成果を長期間の教育実践のなかから問い直すことが増々困難になってきている。
こうした状況を背景として,本シンポジウムでは,話題提供者自身によって比較的長期間にわたって実践された報告に基づき,障害の重い人の教育における「課題学習」の意義について現代的観点を踏まえて問い直すとともに,障害の重い人の学習活動に関する新たな展望を見出すことを目的とする。

話題提供1 盲ろう肢体不自由事例における“空間の分節化”に関する課題学習
中村保和
対象児は,学習開始当時11歳の女児である(以下,Mと記す)。主たる疾患は脳性まひであり,右孔脳症,てんかん,水頭症の診断を受けている。また,生後まもなくから視覚と聴覚に障害を指摘されている先天盲ろう児である(視覚については光覚盲,聴覚については高度感音難聴,聴力レベルは80~90dB,補聴器の装用は嫌がる)。左半身にまひがあるため,左手で周囲に手を伸ばして探索したりものを掴んだりすることはできないが,係わり手がMの好む紐状の玩具を右手に触れさせると,それを掴んで保持することができる。音声言語によるコミュニケーションは成立しないが,食事,排せつ等の日常的に繰り返し行われる事柄に関しては,場面状況に添った接触型の身振りや,実物等を用いたオブジェクト・キューで合図を送ると,それに応じた行動を起こすことができる。しかしながら,Mが身振り合図を自発する様子は見られず,Mとの主なコミュニケーションの方法は,表情やしぐさを係わり手が読み取って合図を送るという,仮の読み取りと提案(あるいは打診)によるものである。
係わり合い当初,Mは右手を周囲にのばして玩具を探したり周囲を調べたりするといった触探索行動は乏しい状態であった。そこで,右手による触探索行動の促進を目的に,盆や容器の中にMの好む玩具や食物を入れて,それらを右手で探す状況を試みた。この経過の中で,盆や容器などの特定の空間内における触探索は次第に活発化するようになった。そして次に,この容器に蓋を掛けて「蓋を開けて(あるいは取り除いて)中のものを取り出す」という状況を提示すると,Mの右手は蓋には触れるものの蓋を取り去る様子は見られず,蓋に触れた手を引っ込めてしまい,それ以上の触探索を行うことはなかった。
こうした状況を受けて,容器の中の食物に右手をのばすというMの行動を課題学習の出発点とし,容器に掛けられた蓋を取り除いて中の食物を取り出すという行動の発現・展開を目標とした状況づくりを試みた。その手続きは,食物と食物でないもの(積木や蓋に用いる材質と同質の木片など)を触覚によって選り分けることから始まる。そして,食物を入れる容器の構造(主に蓋の形状)をMの手の動きの様相に応じて少しずつ変化させていきながら,「蓋を開けて中の食物を取り出す」ことへ繋げていくというものである。このことは,Mが容器に掛かる蓋とその下方に広がる空間(容器の中)とを関係付けて,ひとまとまりの空間としてみなし(空間を構成する),それに則した手の動きの調整を行ったことを意味する。
本報告では,上述の課題学習の経過を振り返り,“空間の分節化”という観点から容器の構造の工夫(状況づくりの工夫)を整理し,とりわけ障害の重い子どもの中でも,視覚障害のある子どもの触覚を用いた課題学習の意義について検討したい。

話題提供2 重度肢体不自由事例におけるヒラガナ文字言語信号系活動の形成・促進に関する課題学習の経過
岡澤慎一
対象事例は,Yさん(以下,Yと略記)。学習開始当時37歳の男性。脳性まひ(アテトーゼ型)。知的障害養護学校(当時)を卒業後,29歳のとき施設入所。日中は,車椅子上で過ごすことが多い。寝たきりの状態で,寝返りはできるが,自力の移動は極めて困難。不随意運動が強く出るが,上肢の粗大な動きや頭部,上下腕の不随意運動を抑制した上での指先の動きなどの運動調整が可能。コミュニケーションは,音声言語による問いかけに対し,肯定の場合は,うなずく,視線を若干下に向ける,左上肢を挙げて「あーい」などと発声する,否定の場合は,視線あるいは顔をわずかに横に逸らす,静止するなどによって意思表示が可能。Yから始発された話題に対し,係わり手(以下,Aと略記)が音声言語で尋ね,Yが応えるやりとりを重ねるなかで,一定程度の複雑な話題内容を確定することが可能。話題の伝達に際しては,視界にある事物をその手掛かりとして視線で示すことができる。しかし,Yが自発する話題内容は多岐にわたり,容易にはその確定に至らないことが多い。一方,生活全体に視点を向ければ,受け身で過ごすことが多く,自らの発信に基づいた活動が十分に展開することは少ない。Aとは,Yの施設への入所時から面識があり,会話を重ねてきた。こうしたなか,Y自身の強い要望もあり,課題学習が始められた。課題学習は,2010年4月から2015年3月まで(現在も継続中)原則として月に1回,休憩を挟みつつ1時間から2時間程度,車いすに座った状態で実行した。係わり手は,A1(筆者),A2(学生あるいはYの母親)であった。
課題学習は,線図形の見本合わせ課題状況(Yの顔前に,左右に線図形を1つずつ貼り付けたホワイトボードを提示する。Yは,Aが提示した見本項に対応した線図形を選択することが求められ,頭部の左右に設置されたスイッチの何れかを頭部で押す)から始まり,ヒラガナ一文字の同種見本合わせ課題状況(透明アクリル板の底辺部左右にヒラガナ一文字を1枚ずつ貼り,Yの顔前にA2が提示する。YとA2は向き合う位置関係。A1は,見本項をYに提示し「オナジモジハドチラデスカ」と発信。A2にはA1がYに提示している見本項が何であるかわからない。Yは何れかに視線を向け,A2は透明アクリル板越しにYの視線方向を読み取る)や同じく二文字の見本合わせ課題状況などを経て,現在は,ヒラガナ文字(二文字から四文字)と事象との対応(A1は,Yの顔前で,缶を2つ置き,各々に実物(例えば,「いし」,「はな」,後に「たおる」,「うちわ」,「はんかち」など)を入れてふたをし,対応するヒラガナ文字を缶の前面に貼る。A2はこの手続きを見ないようにしておく。一旦,Yと缶との間を仕切り板で遮蔽する。その間に,ランダムに缶の位置を変え,A1が缶の中に入っている実物のうちのいずれかに対応するヒラガナ文字を貼ったホワイトボード(見本項)をYに提示し,「○○(実物)ガハイッテイルハコハドチラデスカ。A2ニオシエテクダサイ」と発信する。見本項は,最初は提示し続けたが(同時),次第に取り除いていった(延期)。YとA2は,缶を挟んで向き合い,A2には缶の前面が見えずいずれの缶に見本項に対応する実物が入っているかわからない。Yはいずれかの缶に視線を向けることで選択し,A2に伝える。A2は缶のふたを開けて中身を確認する)の学習(異種見本合わせ課題状況)に取り組んでいる。Yが選択した缶のふたをA2が開けたとき,正答であるとYは満面の笑みを浮かべた。現在までに,正答率はチャンスレベルを大きく上回るようになっている。
Yとの課題学習は,種々の条件のため,非常に少なく限られた頻度と時間のなかでの取り組みであるが,毎回Yは集中した様子で,自分で決めて10~15試行取り組む。こうした教育的係わり合いにおいて,Yは何を学び,また,係わり手である筆者は何をしてきたのかを検討したい。付記:本報告の一部は,岡澤(2012)によるものである。

指定討論
土谷 良巳・菅井 裕行
土谷:話題提供を踏まえ,障害の重い人の学習について,「初期学習」からの系譜を検討するとともに,「課題学習」に取り組む際に重要となる観点について整理する。さらに,「課題学習」の意義について,信号系活動(梅津,1978)や生命活動の調整度(梅津,1976)の観点を踏まえ,検討する。
菅井:障害の重い子ども,特に先天盲ろうの子どもの教育において近年重視されている共創コミュニケーション(Janssen and Rødbroe,2007)の観点を踏まえ,「課題学習」における子ども(相手となる人)と係わり手とのやりとりや活動の共有および「課題学習」の展開を支えるパートナーとしての係わり手のあり方について検討を加える。