日本教育心理学会第57回総会

講演情報

自主企画シンポジウム

学習動機づけの発達を問う

何がどう発達するのか

2015年8月27日(木) 16:00 〜 18:00 306・307 (3階)

企画・話題提供:伊田勝憲(静岡大学), 企画・司会・指定討論:鹿毛雅治(慶應義塾大学), 話題提供:田中瑛津子(名古屋大学), 畑野快(大阪府立大学), 指定討論:都筑学(中央大学)

16:00 〜 18:00

[JF06] 学習動機づけの発達を問う

何がどう発達するのか

伊田勝憲1, 鹿毛雅治2, 田中瑛津子3, 畑野快4, 都筑学5 (1.静岡大学, 2.慶應義塾大学, 3.名古屋大学, 4.大阪府立大学, 5.中央大学)

キーワード:興味, 価値, アイデンティティ

〈企画の趣旨〉
学校教育をはじめとする学習場面での応用・実践という視点から動機づけ研究のあり方を考えた場合,幼児・児童・生徒・学生さらには社会人という対象の幅の広さからしても,学習者の「発達」に注目することは必要不可欠であり,研究史的に見て古くて新しいテーマであるように思われる。国内においても1990年代後半以降,『動機づけの発達心理学』(速水他,1995)や『自己形成の心理―自律的動機づけ―』(速水,1998)のように,書名の中で動機づけの発達が正面から取り上げられるようになり,近年では『感情と動機づけの発達心理学』(上淵他,2008),『自ら学ぶ意欲の心理学―キャリア発達の視点を加えて―』(櫻井,2009)など,動機づけの発達を論じる視点の幅が感情や愛着からキャリアまで広がりを見せている。
そこで本企画では,「学習動機づけの発達を問う」と題して,これまでの内発的動機づけ・自律的動機づけ研究の到達点を踏まえながら,これからの研究の方向性を展望する。その際,副題である「何がどう発達するのか」を論じるキーワードとして,「興味」,「価値」,「アイデンティティ」の3つを取り上げてみたい。
企画者の鹿毛(1994)による内発的動機づけ研究の展望では,探索行動や知的好奇心といった認知的動機づけ研究と,自我の発達や統合といった人格心理学研究という2つの流れに言及されている。前者の認知的動機づけの視点からは,内発的動機づけが学習と密接に関わる概念として位置づけられ,教育場面における感情や価値の問題を含めて,近年の「興味」研究の展開が注目される。そして,後者の人格心理学研究の視点については,2009年にEducational Psychologist誌(44巻2号)が“Motivation and Identity”の特集を組むなど,パーソナリティ発達全体の中において学習動機づけを捉えることが重視されてきており,価値の内在化を含めて「アイデンティティ」を切り口とした学習動機づけの議論が期待される。そして,「興味」と「アイデンティティ」の両方に「価値」の概念が関わっている。
話題提供は,企画者を兼ねる静岡大学の伊田勝憲が課題価値の概念を切り口にして興味とアイデンティティを含む論点の大枠を提示した上で,小学生から高校生までを対象に理科の興味について研究されている名古屋大学の田中瑛津子氏と,大学生のアイデンティティと学習動機づけについて研究されている大阪府立大学の畑野快氏に,それぞれの専門領域から学習動機づけの発達を論じていただく。指定討論は,企画者と司会を兼ねる慶應義塾大学の鹿毛雅治氏と,進路選択やライフコースと人間発達等の視点から時間的展望の発達について研究され,小学生から大学生までを対象とした縦断的調査から4冊の単著を2007年から2014年にかけて出版されている中央大学の都筑学氏にお願いする。(責任企画者:伊田勝憲)

〈話題提供1〉
興味と価値の二側面で捉える自律的動機づけ形成
伊田勝憲(静岡大学)
自己決定理論(SDT)におけるミニ理論の一つとして有名なRyan&Deci(2009)による有機的統合理論(OIT)は,価値の内在化に着目し,外的調整,取入的調整,同一化的調整といった概念の組合せにより特定領域(学習課題等)ごとに動機づけ像を捉える。また,同じくミニ理論の一つであるVansteenkiste, Lens, &Deci(2006)の目標内容理論(GCT)は,内発的目標と外発的目標という形で,学習者の人生全般において重視される価値の内容に着目している点に特徴がある。すなわち,「価値の内在化vs.価値の内容」,「特定の学習課題vs.人生全般」という2点で切り口が異なる。そして,これらのミニ理論とねじれの位置にあるのが,アイデンティティ(価値の内在化,人生全般)と主観的課題価値(価値の内容,特定の学習課題)であるように思われる。
有機的統合理論の各調整は「段階」ではなく,複数の調整が同時に機能することを想定しつつ,その紆余曲折を含むプロセスとして学習動機づけの発達を描き出すことはある程度可能であるようにも思われる。その際,各調整が機能する上で,瞬間的な興味も含めた感情の果たす役割をあわせて考えることが重要ではないだろうか。
そこで,興味(感情)の喚起と価値の内在化という二側面が同時並行的に機能する「自律的動機づけ形成のデュアルプロセスモデル」を仮説的に提案してみたい。一時的かつ表面的な興味として,自己動機づけ方略等も含めて「擬似内発的動機づけ」の概念化可能性を探り,学習内容それ自体への興味としての「内発的調整」と区別する。そして,価値の内在化については有機的統合理論を援用しつつ,人生目標およびアイデンティティとの関連から,「統合的調整」を最も自律性の高いものとして位置づける。
このモデルを部分的に実証するデータをいくつかの調査結果から示したい。1つには,大学生を対象に有機的統合理論の各調整と課題価値の関連を検討したもので,統合的調整が他の調整よりも多くの価値と結びついている可能性を論じてみたい。もう1つは,大学生を対象に,小中高生時代を含めた回顧法により「擬似内発的動機づけ」に関する具体的なエピソードの自由記述を求めたもので,各学校段階による記述内容の違いから「興味と価値の関係」に発達の様子が立ち現れているという見方を提示してみたい。

〈話題提供2〉
興味の深化と発達:理科に対する興味に着目して
田中瑛津子(名古屋大学)
子どもたちの学習内容に対する興味をいかに高めるかということは,教育実践においても,教育心理学研究においても,最も重要な課題の一つであろう。近年,「興味」を心理学的概念として定義し,理論に基づいた実証的な研究が多く行われるようになってきた。興味が高いほど,質の高い学習がなされることが多くの先行研究によって示されている(Hidi, 1990)。
興味研究において,developmentという言葉は二つの意味をもつ。一つは興味の「深化」である。先行研究において,より浅い興味の段階では,感情の変化によって興味が引き起こされている状態であり,より深い興味の段階になると,対象についての知識と価値の認知を伴うということが指摘されている(Hidi&Renninger, 2006)。単に興味を高低だけで論じるのではなく,興味の深さに着目することで,まずは浅い興味を喚起して,そこから深い興味への深化を促すという介入の視点が生まれる。ただし,興味の深さを弁別できるような尺度は,ほとんど作成されてこなかった。
興味研究におけるdevelopmentの二つめの意味は,興味の年齢による「変化」である。興味の年齢による変化について検討した先行研究は,ほとんどの場合,興味の高低のみに着目しており,興味の深さの変化については検討してこなかった。
以上をふまえ,発表者は興味の深さを弁別できる尺度を作成した上で,その発達的変化や学習行動および教師の指導スタイルとの関連について検討を行ってきた。本報告では,日本の小学5年生から高校1年生を対象として,理科の興味について質問紙調査を行ったデータを紹介したい。また,オーストラリアの中学生のデータと比較することで,日本の中学生の理科に対する興味の特徴や,違いを生み出す要因について考察する。
まだまだ興味の「深化」についても,年齢による「変化」についても,知見は十分に蓄積されていないように思われる。今後の興味研究に求められる展開や,今までの動機づけ研究にどう統合されるかについても,議論したい。

〈話題提供3〉
大学生の学習動機づけは発達するのか:アイデンティティとの関わりから
畑野 快(大阪府立大学)
これまで学習動機づけは比較的変化しにくく,教育的に介入する要因とはなりにくいものと見なされてきたが,本当にそうなのだろうか。欧米諸国で,学習動機づけの変化について検討した研究では,内発的動機づけは初等から中等学校にかけて低下すること(Anderman&Maehr, 1994; Lepper et al. 2005; Opdenakker et al. 2010),外発的動機づけは変化するものの,その傾向に一貫性がないことなどが示されている(Otis et al. 2005; Opdenakker et al. 2012)。また,Maulana et al (2013)では教員と生徒との関係が学習動機づけを変化させる結果を示している。これらの知見は,学習動機づけが変化し,また教育的に介入する要因となりうる可能性を示すものと言える。
加えて,2000年以降,このような学習動機づけの発達的な変化に寄与する要因としてアイデンティティが注目されている。Kaplan(2006)はアイデンティティを探求することと動機づけは相互に関連していると指摘し,またSoenens et al(2011)は自己に価値が内在化することの背後にアイデンティティの発達が関与していることを指摘する。これらの見解は,学習動機づけの変化とアイデンティティの発達が相互に関連している可能性を示唆するものと言える。
しかしながら,我が国においては,学習動機づけ,アイデンティティの変化について実証的に検討した研究は十分に蓄積されていない。また,アイデンティティと学習動機づけとの関連について,横断調査に基づいて検討されたものはあるが(伊田,2004;畑野・原田,2014),縦断調査に基づき両者の変化の関連を検討したものはみられない。日本においても学習動機づけが変化するのかどうか,そのことをまず確認した上で,次に学習動機づけの変化とアイデンティティの変化の関連を検討することで,学習動機づけの発達メカニズムに迫ることが可能になると考えられる。
以上のことを踏まえた上で,本報告では大学生を対象とした2時点の縦断調査から,まず学習動機づけの変化について検討し,次に学習動機づけの変化とアイデンティティの変化の関係について潜在変化モデルによって検討する。これらの検討を通して,発達的観点から学習動機づけを理解することの意義について議論したい。