日本教育心理学会第57回総会

講演情報

自主企画シンポジウム

日本の学校におけるレジリエンス心理教育の展開

SC,教師,研究者の協働実践の一事例から

2015年8月28日(金) 10:00 〜 12:00 302B (3階)

企画・話題提供:鈴木水季(郁文館夢学園), 企画・話題提供:岐部智恵子(お茶の水女子大学大学院), 司会・話題提供:平野真理(東京大学大学院), 話題提供:中根由香子(お茶の水女子大学大学院), 指定討論:松本有貴(千葉大学)

10:00 〜 12:00

[JG02] 日本の学校におけるレジリエンス心理教育の展開

SC,教師,研究者の協働実践の一事例から

鈴木水季1, 岐部智恵子2, 平野真理3, 中根由香子4, 松本有貴5 (1.郁文館夢学園, 2.お茶の水女子大学大学院, 3.東京大学大学院, 4.お茶の水女子大学大学院, 5.千葉大学)

キーワード:レジリエンス, 心理教育, 効果測定

【企画趣旨】
学校教育の現場においては,児童生徒の知的成長のみならず心身の健全な育成を支援するための環境整備が求められている。しかし,いじめや不登校などの問題に加え,抑うつや不安など心理的問題の増加,低年齢化も指摘されており,学校現場における児童生徒の精神的健康は看過できない課題となっている。これらの背景から,逆境や困難から立ち直る心理的な力(レジリエンス)を育むことが教育における重要なテーマとして注目され始めている。海外においては発達早期からレジリエンスを育成する必要性が提唱され,様々な教育的プログラムの導入による効果が報告されているが,日本においては学校現場の時間的・構造的制約や,英米で開発されたプログラムを直接導入することの難しさなどから,系統だった実践は困難であった。また,教育実践では偶発性・個別性の要因や相互影響性などが作用し,効果的な生徒支援を行えたとしてもその質を継続的に保っていくことは非常に難しい。教育の質的効果をどのように可視化し,現場で活用していくかという点でも課題が多いと言えよう。本シンポジウムでは,都内の中高一貫校において実現した,スクールカウンセラー(SC),教師,研究者の連携・協働によるレジリエンス心理教育の実践について,SCと研究者それぞれの立場から報告する。その上で,日本の学校におけるレジリエンス心理教育の課題と展望について議論を深めたい。

【予防的心理教育としてのレジリエンス心理教育の実践~実践者SCの立場から】
鈴木水季
話題提供者は,勤務する私立中学・高校で,SCとして心理教育の実践を行っている。2年生時に全員が長期海外留学をする当高校では,留学関連ストレスや帰国後の大学受験ストレスなどが問題となっていたことから,教師が生徒の対処力を高める方策をSCに相談し,SCがレジリエンス心理教育授業の提案を行い,導入となった。今回実施したプログラムは,英国で開発された「SPARKレジリエンスプログラム」(Boniwell&Ryan, 2009)を授業回数,内容等においてローカライズしたものである。「レジリエンスの育成」をテーマとした本授業では,ポジティブ心理学,レジリエンス研究,PTG(心的外傷後の成長),認知行動療法,の4つの実証研究に基づいて,レジリエンスについての知識を教えながら,ワークを通して生徒自らが自分のこととして考え自分自身のレジリエンスを向上させていくことをねらいとし,6回の授業を1タームとするカリキュラム構成とした。さらに,研究者,教師との協働を通して,生徒たちのレジリエンスに焦点をあてた心理評定をもとにコンサルテーションを行う等の予防的心理支援を行った。本発表では,日本で実践した「レジリエンスプログラム」の内容を,ワークショップも実施しながら紹介する。また,生徒や教員の反応や変化についても報告したい。

【心理教育の測定評価:実証ベースの実践のために~効果評価の立場から】
岐部智恵子
学校現場における心理教育の導入を困難にする一因は効果が見えづらいという点が挙げられるだろう。個人の人格形成期に適切な心理支援・教育を提供することの重要性は,経験的に認識され理論的背景をもちながらも,制度的には保障されていない。しかし,学習意欲や対人関係能力など生徒たちの心理的側面は学習効果や学校適応などを左右する要因ともなり,問題が起こってから対処する方略では,生徒支援の効果は局所的にならざるを得ない。そのような観点から,近年,予防的心理支援・教育の必要性が提唱されてきている。本発表では,予防的心理教育として導入されたレジリエンス教育の実践に当たり,生徒たちの心理測定を継続的に行い実証ベースの生徒支援に活用している協働的取り組みを報告する。学校,SCとの連携によりコホート研究的手法によるデータ収集が可能になり,豊かな質的・量的データが蓄積されつつある中,教師や生徒たちへの還元方法,タイミングなど多忙な学校現場との連携が包括する課題もある。また,実践と研究の間に位置する本実証研究が持つ可能性と限界も提起し,日本の学校における心理教育と実証研究の展望について検討していきたい。

【レジリエンスの測定から伝えられるメッセージ~尺度開発の立場から】
平野真理
レジリエンスは,ストレス状況下における回復や適応を導く個人の能力特性として量的に測定されることの多い概念である。そのため,尺度で測定されるレジリエンス得点が高ければ高いほど,個人の精神的健康度の高さをあらわすという認識につながりやすい。しかしながらレジリエンスが実際に発揮される場面を想定すれば,その回復や適応のあり方や道筋は非常に個別性の高いものであり,その能力は本来,量的に他者と比較できるものではない。レジリエンスの評価を教育の文脈で用いる場合,単純に「レジリエンス得点を高くすることが望ましい」という誤解が生徒や教師の中に生じないような評価が重要であり,そのためには,個人間の相対的な比較よりも,個人内のレジリエンス特徴を描き出せる尺度であることが必要となる。一方で,そのようなプロフィール式の評価を用いる場合,個人の特徴が固定的なものであるとみなされやすい側面もあり,成長可能性を見通しにくい。本実践を通して,個人の資質の特徴を描きつつ,獲得可能性を合わせた評価を行う可能性について検討したい。

【スクールカウンセラーから教員へのフィードバック:実証と実感を行き来する還元のあり方~現場SCの立場から】
中根由香子
心理教育等プログラムの効果測定として生徒へ質問紙調査を実施することがある。しかし,得られた結果を現場にどう還元していくかについては十分検討されているとは言い難い。本実践では,留学という大きな課題を持つ生徒への支援を目標の一つとして,スクールカウンセラーから教師へ,量的・質的データを活用したフィードバックを行った。現場で活かせる還元の形を検討することは,学校現場のニーズに適合したサービスをいかに提供するか,ということにも関わっている。本発表では,スクールカウンセラーから教師・生徒へ,量的・質的データをフィードバックという形でどのように還元していったか,その実践例を報告する。フィードバック時には,主にハイリスクと考えられる生徒をピックアップし,データと共に学年団の教師に提示した。ハイリスク生徒の中には,学年団が既に気がかりな生徒として把握していた生徒もいれば,想定外の生徒もいた。すでに把握していた生徒でも,担任らの実感とデータとをすりあわせることで,生徒の強みと弱みが明らかになり,生徒に対する教師の見立てが明確化された。想定外だった生徒については配慮すべき点やサポート方法をSCからの助言も含めて話し合い,留学までの時間や留学中にサポートできることなどを検討していった。これらについて報告した上で,現場にデータを還元していく上での配慮点,工夫等について議論したい。