10:00 AM - 12:00 PM
[JG03] 授業デザインの最前線
知識基盤社会に対応する授業をいかにデザインするか
Keywords:知識基盤社会, 授業のデザイン, 理論と実践
【企画趣旨】
学校で学んだ知識がすでに古くなってしまうような変化の激しい今日において,その社会を生き抜く子どもたちに求められる能力を育むための「授業デザイン」とはいかにあるべきか?教育心理学の立場から,その具体の姿を明らかにしていく必要がある。知識基盤社会では,「教科内容に関する知識を蓄積する学び」から「教科の枠を越えた知識を体系化し活用する学び」へと学力観を変換すること,さらには,様々な心理的・社会的・技術的ツールを相互作用的に活用して,多様な他者や社会に関わりながら,複雑な課題に対応できることが求められている。しかしながら,従来,こうした知識基盤社会に対応するための授業デザインが,教育心理学研究によって,具体的な姿になって十分に提示されているとは言い難い。
平成30年頃の学習指導要領の全面改訂,教員養成の高度化に向かう趨勢を踏まえつつ,本シンポジウムでは,来るべき「知識基盤社会」に焦点を当てた,授業デザインの具体的な提案を行いたいと考える。話題提供者には,知識基盤社会に対応する授業をいかに実践と対峙して協働的に創り出し,理論と実践の双方をダイナミックに改善して独自の研究スタイルを生み出していったのかを,内側から論じていただく。さらに,実践的な授業研究に含まれる多義性を鑑み,「知識構築・創出型授業」,「知識基盤社会に応じた学習への動機づけ」,「学ぶという実践を支える知の獲得」といった多様な研究領域を対象とした話題提供を試みる。これらの参照枠で議論を深める中で,知識基盤社会に対応するための新たな授業デザインを検討していきたい。
【話題提供】
「知識社会に要請される教育心理学研究」
白水 始(国立教育政策研究所)
知識基盤社会(知識社会)は,教育心理学研究を,知識と心に関する新しい理論に基づいた極めて工学的な実践研究へと刷新することを要請している。当日は,この要請を「知識をモノと見る見方」「知識≒疑問の創出」「前向きデザイン」「意図的学習」「学習科学ポータル」の順に話して描出したい。
知識社会とは,知識が物ではなく既存の知識や情報に適用されることで価値が生み出される社会である。銀細工師に銀を渡すと銀製品が生み出されていた産業社会に対して,知識労働者に市場調査結果を渡せば新製品のプランが生まれ,仕様を渡せば新しいソフトウェアのアプリケーションが生まれるのが知識社会である。この時各主体の知識が適用される対象の知識をモノとして見るのが知識社会の肝である。もしこの見方が取れれば,知識は社会的に吟味し議論し構成される対象となり,授業が変わる(Bereiter, 2002)。授業は知識を頭に入れたり活用したりするだけのものではなく,既存の知識を組み合わせてまとめて新しい知識を生みだす練習の場になる。
その点でこれからの教育心理学研究は,知識創出の第一歩としての「疑問」研究をもっと充実させるべきだろう。そして授業の成果として各学習者がそれぞれ追求したい多様な疑問が生まれる「前向き(目標創出型)授業」をどれだけデザインできるかが問われることになる。それは,正解に到達すれば終わりになる「後向き授業」と根本的に異なり,新しい授業デザインと変容的な評価のサイクルを要請する。学習者にも,既定のゴールによりうまく到達する自己調整学習ではなく,ゴールのクリアで得た理解とスキルを使って「その先」のゴールを見つける意図的学習が求められる。
我々研究者・実践者のコミュニティにも,どこかにある「授業デザインの具体的な姿」を探して適用するのでなく,どれだけ新しく多様に生み出せるかに挑むメンタリティが要る。そのためには,豊富な授業デザイン例とそれを支える知識と心に関する理論に触れられる強力な知識ベースと,議論できるフォーラムがあるとよいだろう。当日はその一例として開発中の学習科学ポータルを紹介し,持続的な議論に参加くださる方を募りたい。
「知識基盤社会に応じた学習への動機づけ
~実社会に活きる知識や学びへの興味・意欲を高めるには~」
中谷素之(名古屋大学大学院)
知識が社会・経済の発展を駆動する基本的な要素となる知識基盤社会(文部科学省, 2014)では,従来学校教育において重視される傾向にあった固定的,定型的な知識の獲得を越えて,得た知識を生活のさまざまな場や状況によりよく適用し,活かしていく能力とスキルが求められる。いわゆる活用力や思考力・判断力・表現力などの学力の諸側面において,単なる知的な能力だけでなく,何に興味をもち,持続的,発展的に取り組もうとするかという動機づけの力が重要な役割を果たす。授業デザインの視点で考えれば,課題選択や単元立案,毎回/学期ごとの授業計画,評価など,さまざまな側面において,興味や関与などの動機づけ変数が大きな意味をもつと考えられる。
従来の動機づけ研究を概観すると,比較的理論主導型の研究が多く,実際の教科や課題の特徴に即した検討はあまりみられなかった。そのため近年では,授業における教授や指導のなかで,認知的側面だけではなく動機づけの側面での変化にも焦点を当てた研究も現れており(例えば高垣他,2011など),理論から実践への挑戦が始まっているといえる。教科教育や教育工学などの領域では,特定の教科や課題に特有の動機づけへの介入をモデル化する試みもある(例えばKeller, 2009)。
また,自己調整学習研究の領域では,学習における目標や達成度を自ら予見し,学習過程をモニタリングし,その結果を省察するに至る3段階モデルなどの枠組みが提案され,数学や読解などさまざまな実践的研究も蓄積されてきている(例えばZimmerman & Schunk, 2011)。これらの知見は,いわゆる21世紀型スキルなどのような新たな学力観の形成にもつながるものであろう。
知識基盤社会に求められる能力はきわめて幅広く多様であるが,なかでも重要な視点として,近年の学校教育における学習観の変容に関わるキーワードだと考えられる,真正性(Authenticity)や学習者の相互作用(Peer interaction/ Peer learning)などの考え方から,知識基盤社会における動機づけの役割を考えることは有意味だろう。動機づけが学習過程のどの側面に焦点を当てているのかを考慮しながら,最近の理論や研究知見に基づいて,知識基盤社会における動機づけの役割について論じていく。
「学ぶという実践を支える知の獲得」
松尾 剛(福岡教育大学)
知識基盤社会に生きる子どもたちに求められるのは,いわば「実践を支える知」ではないだろうか。様々な状況で主体的に学び続けるためには,各領域の内容に関する知識や技能を習得することは不可欠である。ただし,子どもたちが学ぶべきことはそれにとどまらない。獲得した知識を活用したり,批判的に検討して,新しい知識を創出したりするためには,例えば,いつ,なぜ,どのように,その知識を用いるのか,といったメタ認知的知識を獲得することも重要となる。
このような知識の重要性については,多くの学校現場において共通した認識が得られはじめているのではないだろうか。そのような現状にあって,知識基盤社会に対応する授業を考えた場合に,これからの学校教育の課題として「人が学ぶとは(学校における授業とは)どのような営みか?」「(個々の教科領域において)価値を持つ,理解の仕方とはどのようなものか?」といったような,(学校で)「学ぶ」という社会・文化的実践そのものに対する知識,信念,態度(e.g., Edwards & Mercer, 1987; Cobb et al., 2001)を子どもたちに獲得させていくことが,強く求められていくのではないだろうか。例えば,他者に対して自分の主張を論理的に説明したり,それらに対する検討を行なったりするような授業が多くの学校で取り組まれている。その際に,どのような論理や考え方に価値があるのか,といった基準は,個々の活動の文脈に埋め込まれている。教科の違いによる多様性はもちろん,国語という特定の教科を考えた場合であっても,教科書の言葉という根拠に対してどのように推論(読解)すれば,強力な論証になりうるのかといったことは,教材のジャンルや活動の目的などに応じて異なってくると考えられる。そして,このような,しばしば暗黙の前提となっているような側面に気づき,理解し,自分のものとし,必要に応じて調整していくような能力が,多様な他者や社会に関わりながら,複雑な課題に対応する(=多様な実践の主体的な構成員として育っていく)ことに資するのではないだろうか。
では,このような「実践を支える知」の学びは日々の授業の中でどのように生じているのだろうか。本話題提供では,このような視点から授業における子どもたちの学びのプロセスについて分析していくことで,知識基盤社会に対応する授業をデザインする視点を提供したい。
学校で学んだ知識がすでに古くなってしまうような変化の激しい今日において,その社会を生き抜く子どもたちに求められる能力を育むための「授業デザイン」とはいかにあるべきか?教育心理学の立場から,その具体の姿を明らかにしていく必要がある。知識基盤社会では,「教科内容に関する知識を蓄積する学び」から「教科の枠を越えた知識を体系化し活用する学び」へと学力観を変換すること,さらには,様々な心理的・社会的・技術的ツールを相互作用的に活用して,多様な他者や社会に関わりながら,複雑な課題に対応できることが求められている。しかしながら,従来,こうした知識基盤社会に対応するための授業デザインが,教育心理学研究によって,具体的な姿になって十分に提示されているとは言い難い。
平成30年頃の学習指導要領の全面改訂,教員養成の高度化に向かう趨勢を踏まえつつ,本シンポジウムでは,来るべき「知識基盤社会」に焦点を当てた,授業デザインの具体的な提案を行いたいと考える。話題提供者には,知識基盤社会に対応する授業をいかに実践と対峙して協働的に創り出し,理論と実践の双方をダイナミックに改善して独自の研究スタイルを生み出していったのかを,内側から論じていただく。さらに,実践的な授業研究に含まれる多義性を鑑み,「知識構築・創出型授業」,「知識基盤社会に応じた学習への動機づけ」,「学ぶという実践を支える知の獲得」といった多様な研究領域を対象とした話題提供を試みる。これらの参照枠で議論を深める中で,知識基盤社会に対応するための新たな授業デザインを検討していきたい。
【話題提供】
「知識社会に要請される教育心理学研究」
白水 始(国立教育政策研究所)
知識基盤社会(知識社会)は,教育心理学研究を,知識と心に関する新しい理論に基づいた極めて工学的な実践研究へと刷新することを要請している。当日は,この要請を「知識をモノと見る見方」「知識≒疑問の創出」「前向きデザイン」「意図的学習」「学習科学ポータル」の順に話して描出したい。
知識社会とは,知識が物ではなく既存の知識や情報に適用されることで価値が生み出される社会である。銀細工師に銀を渡すと銀製品が生み出されていた産業社会に対して,知識労働者に市場調査結果を渡せば新製品のプランが生まれ,仕様を渡せば新しいソフトウェアのアプリケーションが生まれるのが知識社会である。この時各主体の知識が適用される対象の知識をモノとして見るのが知識社会の肝である。もしこの見方が取れれば,知識は社会的に吟味し議論し構成される対象となり,授業が変わる(Bereiter, 2002)。授業は知識を頭に入れたり活用したりするだけのものではなく,既存の知識を組み合わせてまとめて新しい知識を生みだす練習の場になる。
その点でこれからの教育心理学研究は,知識創出の第一歩としての「疑問」研究をもっと充実させるべきだろう。そして授業の成果として各学習者がそれぞれ追求したい多様な疑問が生まれる「前向き(目標創出型)授業」をどれだけデザインできるかが問われることになる。それは,正解に到達すれば終わりになる「後向き授業」と根本的に異なり,新しい授業デザインと変容的な評価のサイクルを要請する。学習者にも,既定のゴールによりうまく到達する自己調整学習ではなく,ゴールのクリアで得た理解とスキルを使って「その先」のゴールを見つける意図的学習が求められる。
我々研究者・実践者のコミュニティにも,どこかにある「授業デザインの具体的な姿」を探して適用するのでなく,どれだけ新しく多様に生み出せるかに挑むメンタリティが要る。そのためには,豊富な授業デザイン例とそれを支える知識と心に関する理論に触れられる強力な知識ベースと,議論できるフォーラムがあるとよいだろう。当日はその一例として開発中の学習科学ポータルを紹介し,持続的な議論に参加くださる方を募りたい。
「知識基盤社会に応じた学習への動機づけ
~実社会に活きる知識や学びへの興味・意欲を高めるには~」
中谷素之(名古屋大学大学院)
知識が社会・経済の発展を駆動する基本的な要素となる知識基盤社会(文部科学省, 2014)では,従来学校教育において重視される傾向にあった固定的,定型的な知識の獲得を越えて,得た知識を生活のさまざまな場や状況によりよく適用し,活かしていく能力とスキルが求められる。いわゆる活用力や思考力・判断力・表現力などの学力の諸側面において,単なる知的な能力だけでなく,何に興味をもち,持続的,発展的に取り組もうとするかという動機づけの力が重要な役割を果たす。授業デザインの視点で考えれば,課題選択や単元立案,毎回/学期ごとの授業計画,評価など,さまざまな側面において,興味や関与などの動機づけ変数が大きな意味をもつと考えられる。
従来の動機づけ研究を概観すると,比較的理論主導型の研究が多く,実際の教科や課題の特徴に即した検討はあまりみられなかった。そのため近年では,授業における教授や指導のなかで,認知的側面だけではなく動機づけの側面での変化にも焦点を当てた研究も現れており(例えば高垣他,2011など),理論から実践への挑戦が始まっているといえる。教科教育や教育工学などの領域では,特定の教科や課題に特有の動機づけへの介入をモデル化する試みもある(例えばKeller, 2009)。
また,自己調整学習研究の領域では,学習における目標や達成度を自ら予見し,学習過程をモニタリングし,その結果を省察するに至る3段階モデルなどの枠組みが提案され,数学や読解などさまざまな実践的研究も蓄積されてきている(例えばZimmerman & Schunk, 2011)。これらの知見は,いわゆる21世紀型スキルなどのような新たな学力観の形成にもつながるものであろう。
知識基盤社会に求められる能力はきわめて幅広く多様であるが,なかでも重要な視点として,近年の学校教育における学習観の変容に関わるキーワードだと考えられる,真正性(Authenticity)や学習者の相互作用(Peer interaction/ Peer learning)などの考え方から,知識基盤社会における動機づけの役割を考えることは有意味だろう。動機づけが学習過程のどの側面に焦点を当てているのかを考慮しながら,最近の理論や研究知見に基づいて,知識基盤社会における動機づけの役割について論じていく。
「学ぶという実践を支える知の獲得」
松尾 剛(福岡教育大学)
知識基盤社会に生きる子どもたちに求められるのは,いわば「実践を支える知」ではないだろうか。様々な状況で主体的に学び続けるためには,各領域の内容に関する知識や技能を習得することは不可欠である。ただし,子どもたちが学ぶべきことはそれにとどまらない。獲得した知識を活用したり,批判的に検討して,新しい知識を創出したりするためには,例えば,いつ,なぜ,どのように,その知識を用いるのか,といったメタ認知的知識を獲得することも重要となる。
このような知識の重要性については,多くの学校現場において共通した認識が得られはじめているのではないだろうか。そのような現状にあって,知識基盤社会に対応する授業を考えた場合に,これからの学校教育の課題として「人が学ぶとは(学校における授業とは)どのような営みか?」「(個々の教科領域において)価値を持つ,理解の仕方とはどのようなものか?」といったような,(学校で)「学ぶ」という社会・文化的実践そのものに対する知識,信念,態度(e.g., Edwards & Mercer, 1987; Cobb et al., 2001)を子どもたちに獲得させていくことが,強く求められていくのではないだろうか。例えば,他者に対して自分の主張を論理的に説明したり,それらに対する検討を行なったりするような授業が多くの学校で取り組まれている。その際に,どのような論理や考え方に価値があるのか,といった基準は,個々の活動の文脈に埋め込まれている。教科の違いによる多様性はもちろん,国語という特定の教科を考えた場合であっても,教科書の言葉という根拠に対してどのように推論(読解)すれば,強力な論証になりうるのかといったことは,教材のジャンルや活動の目的などに応じて異なってくると考えられる。そして,このような,しばしば暗黙の前提となっているような側面に気づき,理解し,自分のものとし,必要に応じて調整していくような能力が,多様な他者や社会に関わりながら,複雑な課題に対応する(=多様な実践の主体的な構成員として育っていく)ことに資するのではないだろうか。
では,このような「実践を支える知」の学びは日々の授業の中でどのように生じているのだろうか。本話題提供では,このような視点から授業における子どもたちの学びのプロセスについて分析していくことで,知識基盤社会に対応する授業をデザインする視点を提供したい。