10:00 AM - 12:00 PM
[JG04] ミュージアム・エデュケーションでの学びと評価
Keywords:博物館教育, 評価
〈企画の趣旨〉
本シンポジウムは,ミュージアム・エデュケーションが教育心理学とどのように協働し得るかを念頭に,心理学にとっていかに興味あるフィールドであり,いかなる貢献が可能かを議論する。(ミュージアムとは博物館,美術館,科学館等をさす。)
ミュージアムの活動の従来のイメージは,資料の収集保管,研究,展示が主たるものだろう。しかし近年,来館者や地域の人たちの学びを促す教育学習活動の充実が要請されるようになった。学芸員は地域の人々の「参加」を前提にした事業を行う教育普及担当(エデュケーター)としての役割が求められるようになった。2011年から2014年にかけて4回,文化庁主催の研修が行われ,学芸員を含む多くのエデュケーターが参加した。
ミュージアムは学校とは別のアプローチによる教育活動によって地域づくりを担う主体として位置づけられる。そこでは学校の教科に代表されるような知識の習得が目指されているわけではない。作品や資料と出会いエデュケーターと話をすることで,「自ら考えること」「自由な学び」(三重県立博物館の布谷知夫氏)が保証され促されることが目指される。したがっていわゆるテストによる評価はなじまないが,実践の成果に関する何らかの評価(参加者が何を学んだか)は必要である。ミュージアム・エデュケーションにおいてどのような学びの理論が必要であり,それに対応してどのような評価のしかたが必要かを議論したい。
シンポジウムでは鈴木が企画の趣旨を説明した後,ミュージアム教育の普及と向上のための活動をしている染川香澄氏にお話しいただく。氏は文化庁主催の研修の企画運営会議のメンバーである。日本での現状や課題などをお話いただく。
ミュージアム教育の学びを考える際にはベースとなる学習の理論が必要である。続いて鈴木が,発達心理学の知見をもとに「ゆらぎ」という概念を取り上げて人の学びについて議論する。
次に愛媛県美術館学芸員の鈴木有紀氏に実践をご紹介いただく。氏は小学校教諭の吉﨑文子氏とともに,小学校1年生に10回にわたる「対話型鑑賞法」による授業を行った。出張授業はミュージアムの教育活動の一形態だが,その実践は学校教師との文字通りの協働実践の試みである。授業内容の紹介と成果(子どもたちの変化),それを踏まえての現在の問題関心などをお話しいただく。
指定討論は,小学校を中心にたくさんの学校の授業を見てこられた白百合女子大学の宮下孝広教授にお願いした。
〈話題提供1〉
ミュージアムと言う場で展開される学び
染川香澄
ミュージアムでの学びは,その場であるいは帰宅後の生活の中で,どのように息づいて行くのだろうか。ミュージアムでプログラムに参加したこども達がその経験をどのように自分のものにしたのか,学びの効果としてどのように現れるのかを事例で紹介する。
学校では一般に同じ年齢の集団が指導要領に従って学習する。一方,ミュージアムは多様な利用者が自分の好きなペースで自由に選択しながら自律的に学ぶ環境にある。自由な学びが担保されてこそのミュージアムだと言える。
学校に学校教育の専門家がいるように,ミュージアムには歴史や美術,科学などを専門に学び,研究している学芸員がいる。その昔,外国に容易に渡れない頃のミュージアムは収集・保存と研究が最重要課題であった。「博物館」の名の通り「物」・資料が中心だった時代と言える。しかし現代では地球規模で情報共有されるなか,収集や研究を根幹としながらも,利用者の学びを支援する役割がミュージアムに求められる。
学校での学習指導者は教員として専門教育を受けてきている。では「物」の専門家がいるミュージアムでは誰が教育を担っているのか,その現状を文化庁が調査した。平成22年度『博物館の教育機能に関する調査研究』によると,国内の博物館で教育普及事業を担当する専門の部署を設け,専任の正規職員を雇用している事例は少ない。兼任や異動により数年間だけ教育普及事業を担当する職員が多く,安定した教育普及活動を継続するためには,館内の多様な職員で博物館教育の理念と方針に関する論議をすることと,実際の普及事業がその方針に沿っているかを評価検証することが重要であることがわかった。
ミュージアムでは「評価」と言っても学校で行われる到達度の評価よりも,そこで伝えたいこと学んでほしいことが正しく伝わっているのか,より良いエデュケーション活動を実践するためにどう改善すれば良いかの「検証」が大切であると考えている。
〈話題提供2〉
「ゆらぎ」としての学び
鈴木 忠
社会認知の発達研究は,人間が乳児期から他者の意図にいかに敏感であり,他者の視点を自らのうちに取り込むことを通して新しいことを学習していくことを明らかにした。人間は他者による足場掛けに助けられながら,他者の製作物(文化的所産)に込められた作り手の意図を学び取ることができるのである。
他者の視点をとることは自分の考え方とは別の見方をもたらす。理解や学習が進む過程ではしばしば表象の多重化が伴う。R.S.シーグラーは,数の保存が確立していない幼児を対象に訓練実験を行い,大人(教え手)の視点をあえてとらせることで数の理解が進むことを示すと同時に,異なる考え方が生じている子ほど学習が進むことを示した。また英知(wisdom)についての研究では,成人が人生についての複雑な問題を考える際,一人で考えるよりも親しい友人やパートナーとともに考えること,但しその後で一人になって内省し異なる視点を統合することで英知ある回答が得られることを明らかにした(P.B.バルテスら)。これらは発達や加齢を進めるものとして個人内多様性(within-individual variability)への注目を促した。理解が生じ学習が進む際には異なる表象の間でゆらぎが生じているのである。作品や資料との出会いやエデュケーターとの対話を通じて多様な見方をもち,ゆらぎが保証され促されるのがミュージアムでの「自由な学び」の役割ではないか。
〈話題提供3〉
「何を知ったか」ではなく,「知っていることを使う」学び
鈴木有紀
「対話型鑑賞」について少し解説しておきたい。対話型鑑賞は,1980年代,ニューヨーク近代美術館の教育部長,フィリップ・ヤノウィン氏率いる開発チームが創った「VTS(Visual Thinking Strategies)」という鑑賞プログラムを源流とする,グループ学習による美術作品鑑賞法である。日本でも美術館を中心に広がりをみせ,愛媛県美術館でも鑑賞の初期段階に該当する来館者を主な対象に,平成14年度より対話型鑑賞の司会進行役を担うナビゲーター(ファシリテーターともいう)の育成を行いながら活動を行っている。
対話型鑑賞の背景には主に3つの教育理論(ピアジェの発達理論,ヴィゴツキーの構成主義,ハウゼンによる美的発達の理論)があり,特に前の二つの教育理論はミュージアム・エデュケーションの基礎理論でもある。対話型鑑賞はこれらの教育理論と開発時に実施された来館者研究に基づいて,①司会役を担うナビゲーターの学習者への関わり方(発問の仕方)や ②学習者にみせる作品,みせる作品の順番が慎重に選ばれている。そして③,1年を通して10回の授業(頻度は月に1回で良い)を行うことで学習者に『思考力』と『言語力』が身についていく。
「学校現場からの声」をきっかけに一昨年度からスタートした郡中小学校1年1組吉﨑学級(30名)との連続授業では,クラスによる集団の「ゆらぎ」の中で上に掲げた能力を向上させていく子どもたちや,ミュージアム・エデュケーションの中で,ゆっくりと「学ぶこと」への自信を回復させていく子どもの姿を確認している。本報告ではこれらの子どもたちの成長を紹介しながら,「学ぶこと」の意味について,今一度振り返る材料になればと考えている。
本シンポジウムは,ミュージアム・エデュケーションが教育心理学とどのように協働し得るかを念頭に,心理学にとっていかに興味あるフィールドであり,いかなる貢献が可能かを議論する。(ミュージアムとは博物館,美術館,科学館等をさす。)
ミュージアムの活動の従来のイメージは,資料の収集保管,研究,展示が主たるものだろう。しかし近年,来館者や地域の人たちの学びを促す教育学習活動の充実が要請されるようになった。学芸員は地域の人々の「参加」を前提にした事業を行う教育普及担当(エデュケーター)としての役割が求められるようになった。2011年から2014年にかけて4回,文化庁主催の研修が行われ,学芸員を含む多くのエデュケーターが参加した。
ミュージアムは学校とは別のアプローチによる教育活動によって地域づくりを担う主体として位置づけられる。そこでは学校の教科に代表されるような知識の習得が目指されているわけではない。作品や資料と出会いエデュケーターと話をすることで,「自ら考えること」「自由な学び」(三重県立博物館の布谷知夫氏)が保証され促されることが目指される。したがっていわゆるテストによる評価はなじまないが,実践の成果に関する何らかの評価(参加者が何を学んだか)は必要である。ミュージアム・エデュケーションにおいてどのような学びの理論が必要であり,それに対応してどのような評価のしかたが必要かを議論したい。
シンポジウムでは鈴木が企画の趣旨を説明した後,ミュージアム教育の普及と向上のための活動をしている染川香澄氏にお話しいただく。氏は文化庁主催の研修の企画運営会議のメンバーである。日本での現状や課題などをお話いただく。
ミュージアム教育の学びを考える際にはベースとなる学習の理論が必要である。続いて鈴木が,発達心理学の知見をもとに「ゆらぎ」という概念を取り上げて人の学びについて議論する。
次に愛媛県美術館学芸員の鈴木有紀氏に実践をご紹介いただく。氏は小学校教諭の吉﨑文子氏とともに,小学校1年生に10回にわたる「対話型鑑賞法」による授業を行った。出張授業はミュージアムの教育活動の一形態だが,その実践は学校教師との文字通りの協働実践の試みである。授業内容の紹介と成果(子どもたちの変化),それを踏まえての現在の問題関心などをお話しいただく。
指定討論は,小学校を中心にたくさんの学校の授業を見てこられた白百合女子大学の宮下孝広教授にお願いした。
〈話題提供1〉
ミュージアムと言う場で展開される学び
染川香澄
ミュージアムでの学びは,その場であるいは帰宅後の生活の中で,どのように息づいて行くのだろうか。ミュージアムでプログラムに参加したこども達がその経験をどのように自分のものにしたのか,学びの効果としてどのように現れるのかを事例で紹介する。
学校では一般に同じ年齢の集団が指導要領に従って学習する。一方,ミュージアムは多様な利用者が自分の好きなペースで自由に選択しながら自律的に学ぶ環境にある。自由な学びが担保されてこそのミュージアムだと言える。
学校に学校教育の専門家がいるように,ミュージアムには歴史や美術,科学などを専門に学び,研究している学芸員がいる。その昔,外国に容易に渡れない頃のミュージアムは収集・保存と研究が最重要課題であった。「博物館」の名の通り「物」・資料が中心だった時代と言える。しかし現代では地球規模で情報共有されるなか,収集や研究を根幹としながらも,利用者の学びを支援する役割がミュージアムに求められる。
学校での学習指導者は教員として専門教育を受けてきている。では「物」の専門家がいるミュージアムでは誰が教育を担っているのか,その現状を文化庁が調査した。平成22年度『博物館の教育機能に関する調査研究』によると,国内の博物館で教育普及事業を担当する専門の部署を設け,専任の正規職員を雇用している事例は少ない。兼任や異動により数年間だけ教育普及事業を担当する職員が多く,安定した教育普及活動を継続するためには,館内の多様な職員で博物館教育の理念と方針に関する論議をすることと,実際の普及事業がその方針に沿っているかを評価検証することが重要であることがわかった。
ミュージアムでは「評価」と言っても学校で行われる到達度の評価よりも,そこで伝えたいこと学んでほしいことが正しく伝わっているのか,より良いエデュケーション活動を実践するためにどう改善すれば良いかの「検証」が大切であると考えている。
〈話題提供2〉
「ゆらぎ」としての学び
鈴木 忠
社会認知の発達研究は,人間が乳児期から他者の意図にいかに敏感であり,他者の視点を自らのうちに取り込むことを通して新しいことを学習していくことを明らかにした。人間は他者による足場掛けに助けられながら,他者の製作物(文化的所産)に込められた作り手の意図を学び取ることができるのである。
他者の視点をとることは自分の考え方とは別の見方をもたらす。理解や学習が進む過程ではしばしば表象の多重化が伴う。R.S.シーグラーは,数の保存が確立していない幼児を対象に訓練実験を行い,大人(教え手)の視点をあえてとらせることで数の理解が進むことを示すと同時に,異なる考え方が生じている子ほど学習が進むことを示した。また英知(wisdom)についての研究では,成人が人生についての複雑な問題を考える際,一人で考えるよりも親しい友人やパートナーとともに考えること,但しその後で一人になって内省し異なる視点を統合することで英知ある回答が得られることを明らかにした(P.B.バルテスら)。これらは発達や加齢を進めるものとして個人内多様性(within-individual variability)への注目を促した。理解が生じ学習が進む際には異なる表象の間でゆらぎが生じているのである。作品や資料との出会いやエデュケーターとの対話を通じて多様な見方をもち,ゆらぎが保証され促されるのがミュージアムでの「自由な学び」の役割ではないか。
〈話題提供3〉
「何を知ったか」ではなく,「知っていることを使う」学び
鈴木有紀
「対話型鑑賞」について少し解説しておきたい。対話型鑑賞は,1980年代,ニューヨーク近代美術館の教育部長,フィリップ・ヤノウィン氏率いる開発チームが創った「VTS(Visual Thinking Strategies)」という鑑賞プログラムを源流とする,グループ学習による美術作品鑑賞法である。日本でも美術館を中心に広がりをみせ,愛媛県美術館でも鑑賞の初期段階に該当する来館者を主な対象に,平成14年度より対話型鑑賞の司会進行役を担うナビゲーター(ファシリテーターともいう)の育成を行いながら活動を行っている。
対話型鑑賞の背景には主に3つの教育理論(ピアジェの発達理論,ヴィゴツキーの構成主義,ハウゼンによる美的発達の理論)があり,特に前の二つの教育理論はミュージアム・エデュケーションの基礎理論でもある。対話型鑑賞はこれらの教育理論と開発時に実施された来館者研究に基づいて,①司会役を担うナビゲーターの学習者への関わり方(発問の仕方)や ②学習者にみせる作品,みせる作品の順番が慎重に選ばれている。そして③,1年を通して10回の授業(頻度は月に1回で良い)を行うことで学習者に『思考力』と『言語力』が身についていく。
「学校現場からの声」をきっかけに一昨年度からスタートした郡中小学校1年1組吉﨑学級(30名)との連続授業では,クラスによる集団の「ゆらぎ」の中で上に掲げた能力を向上させていく子どもたちや,ミュージアム・エデュケーションの中で,ゆっくりと「学ぶこと」への自信を回復させていく子どもの姿を確認している。本報告ではこれらの子どもたちの成長を紹介しながら,「学ぶこと」の意味について,今一度振り返る材料になればと考えている。