[PA076] 自己愛的脆弱性の対人不安と無気力感に影響を与える側面の検討
Keywords:自己愛的脆弱性, 対人不安, 無気力感
問題と目的
自己愛における「誇大的側面」と「過敏的側面」が論じられるようになり(e.g., Gabbard, 1994),発達臨床の視点から後者に焦点を当てた研究や考察が行われ,その一つとして高い理想自己を抱く青年は批判や挫折によって無力さを感じやすい側面があるとして,無気力感との関連性が指摘されてきた(小此木, 1981)。このプロセスについては,他者に対して承認を求めながらも傷つきへの恐れからかかわりを避けようとするアンビバレントな対人関係の持ち方による説明が多くの症例,事例考察に基づいてなされている。
本研究では自己愛における「過敏的側面」として自己愛的脆弱性(上地・宮下, 2005)に着目し,無気力感に影響を与えるプロセスにおける,他者との距離感をめぐる対人不安との関連について,大学生・大学院生を対象とした質問紙調査による検討を行った。
方 法
対象者 大学生・大学院生201名に調査を実施し,その内回答に不備のない182名(男性59名,女性102名,不明21名)のデータを分析の対象とした。平均年齢は20.84歳(SD=1.68)であった。
調査内容 ①自己愛的脆弱性上地・宮下(2009)による自己愛的脆弱性尺度(Narcissistic Vulnerability Scale: NVS)短縮版,20項目,5件法。②無気力感下坂(2001)による無気力感尺度,19項目,6件法。③他者との距離感をめぐる対人不安落合(2001)による山アラシ・ジレンマ尺度,「近づくことへの不安」19項目,「離れることへの不安」17項目,また「山アラシ・ジレンマへの心理的対処」について先行研究における因子負荷量が.40以上を示した31項目,5件法。
結果と考察
NVS短縮版の確認的因子分析を行ったところ,互いに相関関係を持つ4因子構造(「自己顕示抑制」「自己緩和不全」「潜在的特権意識」「承認・賞賛過敏性」)が確認された。無気力感尺度については先行研究に基づいた3因子構造(「自己不明瞭」「疲労感」「他者不信・不満足」)に高次因子として「無気力感」を仮定した確認的因子分析を行い,各尺度からはα=.846~.684の信頼性が得られた。また,山アラシ・ジレンマ尺度については「近づくことへの不安」と「離れることへの不安」両尺度間に相関関係を仮定した因子分析を行い,「距離を縮めることへの葛藤」「孤独への不安」「距離をとることへの葛藤」「自己防衛感情」の4因子解が得られ,各尺度とも十分な信頼性が確認された。「山アラシ・ジレンマへの心理的対処」に対しては因子分析を行い,「相手に対する萎縮」「相手への自己確認」「関係の拒絶」の3因子解が得られ,各尺度とも十分な信頼性が確認された。
上記結果を基に各尺度間の相関係数を求めた。有意な相関が見られたものについて,NVS短縮版の各尺度を説明変数とし,山アラシ・ジレンマの各尺度と無気力感全体及び各尺度へのパス,山アラシ・ジレンマにおける各不安尺度から各心理的対処尺度へのパス,また山アラシ・ジレンマの各尺度から無気力感全体及び各尺度へのパスを設け,共分散構造分析を行った(Figure 1)。その結果,「自己顕示抑制」「承認・賞賛過敏性」は共に「無気力感」「距離を縮めることへの葛藤」「相手に対する萎縮」へ,また「自己顕示抑制」は「自己防衛感情」へのパスを経て「相手に対する萎縮」「他者不信・不満足」へ,「承認・賞賛過敏性」は「相手への自己確認」へそれぞれ正の影響を与えていた。無気力感,対人不安に影響を与えていた自己愛的脆弱性の2つの側面は他者からの目線を通した自己評価による傷つきやすさであり,その傷つきへの不安から他者との関わりへの回避,また困難状況からの退却であるアパシー(笠原, 1973)としての無気力状態へと陥る可能性が示唆された。
主要引用文献
上地雄一郎・宮下一博 (2005). コフートの自己心理学に基づく自己愛的脆弱性尺度の作成 パーソナリティ研究, 14, 80-91.
自己愛における「誇大的側面」と「過敏的側面」が論じられるようになり(e.g., Gabbard, 1994),発達臨床の視点から後者に焦点を当てた研究や考察が行われ,その一つとして高い理想自己を抱く青年は批判や挫折によって無力さを感じやすい側面があるとして,無気力感との関連性が指摘されてきた(小此木, 1981)。このプロセスについては,他者に対して承認を求めながらも傷つきへの恐れからかかわりを避けようとするアンビバレントな対人関係の持ち方による説明が多くの症例,事例考察に基づいてなされている。
本研究では自己愛における「過敏的側面」として自己愛的脆弱性(上地・宮下, 2005)に着目し,無気力感に影響を与えるプロセスにおける,他者との距離感をめぐる対人不安との関連について,大学生・大学院生を対象とした質問紙調査による検討を行った。
方 法
対象者 大学生・大学院生201名に調査を実施し,その内回答に不備のない182名(男性59名,女性102名,不明21名)のデータを分析の対象とした。平均年齢は20.84歳(SD=1.68)であった。
調査内容 ①自己愛的脆弱性上地・宮下(2009)による自己愛的脆弱性尺度(Narcissistic Vulnerability Scale: NVS)短縮版,20項目,5件法。②無気力感下坂(2001)による無気力感尺度,19項目,6件法。③他者との距離感をめぐる対人不安落合(2001)による山アラシ・ジレンマ尺度,「近づくことへの不安」19項目,「離れることへの不安」17項目,また「山アラシ・ジレンマへの心理的対処」について先行研究における因子負荷量が.40以上を示した31項目,5件法。
結果と考察
NVS短縮版の確認的因子分析を行ったところ,互いに相関関係を持つ4因子構造(「自己顕示抑制」「自己緩和不全」「潜在的特権意識」「承認・賞賛過敏性」)が確認された。無気力感尺度については先行研究に基づいた3因子構造(「自己不明瞭」「疲労感」「他者不信・不満足」)に高次因子として「無気力感」を仮定した確認的因子分析を行い,各尺度からはα=.846~.684の信頼性が得られた。また,山アラシ・ジレンマ尺度については「近づくことへの不安」と「離れることへの不安」両尺度間に相関関係を仮定した因子分析を行い,「距離を縮めることへの葛藤」「孤独への不安」「距離をとることへの葛藤」「自己防衛感情」の4因子解が得られ,各尺度とも十分な信頼性が確認された。「山アラシ・ジレンマへの心理的対処」に対しては因子分析を行い,「相手に対する萎縮」「相手への自己確認」「関係の拒絶」の3因子解が得られ,各尺度とも十分な信頼性が確認された。
上記結果を基に各尺度間の相関係数を求めた。有意な相関が見られたものについて,NVS短縮版の各尺度を説明変数とし,山アラシ・ジレンマの各尺度と無気力感全体及び各尺度へのパス,山アラシ・ジレンマにおける各不安尺度から各心理的対処尺度へのパス,また山アラシ・ジレンマの各尺度から無気力感全体及び各尺度へのパスを設け,共分散構造分析を行った(Figure 1)。その結果,「自己顕示抑制」「承認・賞賛過敏性」は共に「無気力感」「距離を縮めることへの葛藤」「相手に対する萎縮」へ,また「自己顕示抑制」は「自己防衛感情」へのパスを経て「相手に対する萎縮」「他者不信・不満足」へ,「承認・賞賛過敏性」は「相手への自己確認」へそれぞれ正の影響を与えていた。無気力感,対人不安に影響を与えていた自己愛的脆弱性の2つの側面は他者からの目線を通した自己評価による傷つきやすさであり,その傷つきへの不安から他者との関わりへの回避,また困難状況からの退却であるアパシー(笠原, 1973)としての無気力状態へと陥る可能性が示唆された。
主要引用文献
上地雄一郎・宮下一博 (2005). コフートの自己心理学に基づく自己愛的脆弱性尺度の作成 パーソナリティ研究, 14, 80-91.