[PB028] 具体物を用いた教授場面における学習者の思考過程の検討
積極的効果をもたらす条件について
キーワード:教授法, 思考過程, 大学生
問題と目的
具体物による教授は学習者にとって抽象的世界の理解を容易にするという利点がある反面,後続の課題解決を阻害してしまう側面があることが近年の研究により示されている(Kaminski, Sloutsky, & Heckler, 2008, 2009など)。このことは,相似拡大・縮小図形の面積ルールの学習においてもみられる。佐藤(2010)は大学生を対象に,拡大図形の面積の2乗倍ルール(図形をk倍に相似拡大すると,拡大後の図形の面積はもとの図形の面積のk2倍になる)について,粒シールを拡大前後の図形にそれぞれ敷きつめその個数を数えるという具体物操作をとおして教授した。その結果,不規則図形の拡大場面にはルールの適用が促進されたものの,縮小場面では比例判断や試行錯誤的判断が多くみられた。このような教授効果が生じる要因として,教授条件(教材や教授法)だけでなく,学習者は具体物をどのように理解しているのか等といった学習者の理解や思考過程についても検討する必要がある。そこで本研究では,佐藤(2010)と同様の課題を用いて大学生を対象にインタビューをおこない,その理解の様相について探索的に検討する。
方法
手続き 私立大学生4名(A,B,C,D)を対象に,個別面接方式で実施した。対象者の発言および課題解決の様子はビデオカメラにて記録した。
課題構成(学習セッション) (0)拡大コピーの意味と粒シールの説明 (1)長方形拡大予想:拡大前の長方形に,同じ大きさの丸粒シールが12個貼れたとき,3倍に拡大コピー後の長方形には粒シールがいくつ貼れるかについて,a.抽象レベル(拡大前の長方形のみ図示),b.図形レベル(拡大前と拡大後の長方形を図示),c.具体物レベル(拡大前の長方形のみ実際に粒シールを12個貼付)でたずねた。(2)長方形の面積比確認:(1)の長方形について,3倍に拡大すると粒シールは108個(9倍)貼れることを提示した。これを用いて,3倍に拡大コピー後は,縦・横とも粒の個数が3倍になっていることを確認し,面積は9倍になること(2乗倍ルール)を説明した。(3)長方形以外の図形の面積比予想:a)ハート3倍拡大(長方形の複合図形),b)木の形3倍拡大(台形と長方形の複合図形)について,拡大後の図形に貼れる粒シールの個数は元の図形に貼れるシールの個数の何倍かを予想させた。(4)長方形以外の図形の面積比確認 a),b)いずれかの図形に実際に粒シールを貼り,その個数を確認させた。拡大後の図形に貼れるシールの数は拡大前の2乗倍になるということを説明し,シールの個数すなわち面積は縦と横の掛け算によって決まるということを示した。
直後テスト ①不規則図形3倍拡大,②台形4倍拡大,③不規則図形0.8倍縮小からなる。
結果と考察
ここでは対象者4名のうち,(1)から(3)の課題において比例判断(k倍に相似拡大すると面積もk倍になる)から2乗倍ルールによる判断に変容したA,Dの2名について分析する。直後テストをみると,Dは3問とも2乗倍ルールを適用できた一方で,Aは3問中2問(①,②)で適用に失敗していた。そこで,対象者AとDについて,学習セッション(1)~(4)における理解の様相にどのような違いがあるかを分析したところ,以下のような特徴がみられた。Aは,(1)の各段階でも比例判断を変えなかった。拡大後の図形や粒シールが判断の手がかりとして与えられた際((1)のb,c),Aは「違うのかな」と発言しつつも「3倍に拡大だから」という理由で比例判断を行っていた。2乗倍ルールが説明された後,(3)ではいずれの図形でも2乗倍ルールによる判断を行ったが,その根拠は「平面上の図形だから(形は関係ない)」というものであった。(4)の粒シール貼付で確認していたのは,全体のシールの個数結果のみであった。それに対して,Dは(1)b(図形レベル)で拡大後の長方形はもとの長方形3個分よりも多そうだということに気づいて比例判断がゆらぎ,c(具体物レベル)では,縦・横それぞれ3倍だから3×3=9倍になると判断した。その後,(3)でも2乗倍ルールによる判断を行い,その根拠としては「(拡大後はどの長さも)全部3倍になるのは変わらないので」「長方形に直したら9倍になるから」と答えていた。(4)の粒シール貼付では,全体のシールの個数だけでなく,図形の各辺が実際に3倍に拡大されていることを確認していた。
以上より,具体物による積極的効果は,単にルールの理解を容易にすることにあるというよりも,学習者自身が,具体物などの外的な手がかりによって自身の直観的判断を否定し,ルールの適用結果が具体物によって確認できるという活動の中に表れることが示唆される。
謝辞:本研究はJSPS科研費25780384の助成を受けた。
具体物による教授は学習者にとって抽象的世界の理解を容易にするという利点がある反面,後続の課題解決を阻害してしまう側面があることが近年の研究により示されている(Kaminski, Sloutsky, & Heckler, 2008, 2009など)。このことは,相似拡大・縮小図形の面積ルールの学習においてもみられる。佐藤(2010)は大学生を対象に,拡大図形の面積の2乗倍ルール(図形をk倍に相似拡大すると,拡大後の図形の面積はもとの図形の面積のk2倍になる)について,粒シールを拡大前後の図形にそれぞれ敷きつめその個数を数えるという具体物操作をとおして教授した。その結果,不規則図形の拡大場面にはルールの適用が促進されたものの,縮小場面では比例判断や試行錯誤的判断が多くみられた。このような教授効果が生じる要因として,教授条件(教材や教授法)だけでなく,学習者は具体物をどのように理解しているのか等といった学習者の理解や思考過程についても検討する必要がある。そこで本研究では,佐藤(2010)と同様の課題を用いて大学生を対象にインタビューをおこない,その理解の様相について探索的に検討する。
方法
手続き 私立大学生4名(A,B,C,D)を対象に,個別面接方式で実施した。対象者の発言および課題解決の様子はビデオカメラにて記録した。
課題構成(学習セッション) (0)拡大コピーの意味と粒シールの説明 (1)長方形拡大予想:拡大前の長方形に,同じ大きさの丸粒シールが12個貼れたとき,3倍に拡大コピー後の長方形には粒シールがいくつ貼れるかについて,a.抽象レベル(拡大前の長方形のみ図示),b.図形レベル(拡大前と拡大後の長方形を図示),c.具体物レベル(拡大前の長方形のみ実際に粒シールを12個貼付)でたずねた。(2)長方形の面積比確認:(1)の長方形について,3倍に拡大すると粒シールは108個(9倍)貼れることを提示した。これを用いて,3倍に拡大コピー後は,縦・横とも粒の個数が3倍になっていることを確認し,面積は9倍になること(2乗倍ルール)を説明した。(3)長方形以外の図形の面積比予想:a)ハート3倍拡大(長方形の複合図形),b)木の形3倍拡大(台形と長方形の複合図形)について,拡大後の図形に貼れる粒シールの個数は元の図形に貼れるシールの個数の何倍かを予想させた。(4)長方形以外の図形の面積比確認 a),b)いずれかの図形に実際に粒シールを貼り,その個数を確認させた。拡大後の図形に貼れるシールの数は拡大前の2乗倍になるということを説明し,シールの個数すなわち面積は縦と横の掛け算によって決まるということを示した。
直後テスト ①不規則図形3倍拡大,②台形4倍拡大,③不規則図形0.8倍縮小からなる。
結果と考察
ここでは対象者4名のうち,(1)から(3)の課題において比例判断(k倍に相似拡大すると面積もk倍になる)から2乗倍ルールによる判断に変容したA,Dの2名について分析する。直後テストをみると,Dは3問とも2乗倍ルールを適用できた一方で,Aは3問中2問(①,②)で適用に失敗していた。そこで,対象者AとDについて,学習セッション(1)~(4)における理解の様相にどのような違いがあるかを分析したところ,以下のような特徴がみられた。Aは,(1)の各段階でも比例判断を変えなかった。拡大後の図形や粒シールが判断の手がかりとして与えられた際((1)のb,c),Aは「違うのかな」と発言しつつも「3倍に拡大だから」という理由で比例判断を行っていた。2乗倍ルールが説明された後,(3)ではいずれの図形でも2乗倍ルールによる判断を行ったが,その根拠は「平面上の図形だから(形は関係ない)」というものであった。(4)の粒シール貼付で確認していたのは,全体のシールの個数結果のみであった。それに対して,Dは(1)b(図形レベル)で拡大後の長方形はもとの長方形3個分よりも多そうだということに気づいて比例判断がゆらぎ,c(具体物レベル)では,縦・横それぞれ3倍だから3×3=9倍になると判断した。その後,(3)でも2乗倍ルールによる判断を行い,その根拠としては「(拡大後はどの長さも)全部3倍になるのは変わらないので」「長方形に直したら9倍になるから」と答えていた。(4)の粒シール貼付では,全体のシールの個数だけでなく,図形の各辺が実際に3倍に拡大されていることを確認していた。
以上より,具体物による積極的効果は,単にルールの理解を容易にすることにあるというよりも,学習者自身が,具体物などの外的な手がかりによって自身の直観的判断を否定し,ルールの適用結果が具体物によって確認できるという活動の中に表れることが示唆される。
謝辞:本研究はJSPS科研費25780384の助成を受けた。