[PB058] 回顧法による「擬似内発的動機づけ」のエピソード
興味の他者喚起と自己喚起という視点から発達的変容を探る
Keywords:内発的動機づけ, 自己動機づけ方略, 大学生
問題と目的
伊田(2015)は,学習内容との関連が薄い(あるいは無関係な)表層的なおもしろさによって生じる動機づけ像に着目し,これを「擬似内発的動機づけ」(quasi-intrinsic motivation)として概念化を試み,その表層的なおもしろさを他者が与える場合を「他者喚起型擬似内発的動機づけ」(以下,他者喚起型),学習者自身が作り出す場合を「自己喚起型擬似内発的動機づけ」(以下,自己喚起型)と呼ぶことにした。波多野・稲垣(1971)や速水(1998)において言及されていた擬似(疑似)的な内発的動機づけは,例えば受験勉強が楽しい(と思い込む)といったエピソードが挙げられ,否定的に論じられている側面が強かったが,擬似内発的動機づけが自己動機づけ方略(伊藤・神藤,2003)を含みつつ,自律的動機づけの形成に寄与している可能性もあるように思われる。
そこで本研究では,大学生を対象に小学校・中学校・高校時代に経験した擬似内発的動機づけのエピソードを回顧法により収集し,学校段階別に整理した上で,他者喚起型と自己喚起型の観点から発達的変容の傾向を描き出したい。
方 法
(1)調査時期:2014年7月。(2)対象:国立4年制大学の教育学部において,教職に関する科目を受講していた学生76名(主に3年生)。(3)内容:他者喚起型(他者が用意した楽しさ)と自己喚起型(方略使用による楽しさ)それぞれの「擬似内発的動機づけ」に関するエピソードを自由に記述するよう求めた。その際,記入例を提示し,時期(学年等)および教科等を可能な範囲で記すこと,そして,他者喚起型および自己喚起型のいずれについても複数のエピソードを記入して構わないことを示した。なお,回答内容は授業の成績評価に一切関係ないことを明示した。
結果と考察
記述されたエピソードの総数は125で,他者喚起型が86,自己喚起型が39であった。それぞれのエピソードについて,記述された時期をもとに,小学校・中学校・高校・その他の4つの学校段階に区分した。その結果,他者喚起型は,小学校段階が24,中学校段階が22,高校段階が22,その他が18であったのに対して,自己喚起型は,小学校段階が1,中学校段階が5,高校段階が15,その他が18であった。その他に分類されたのは,学校段階が明示されていないエピソードや複数の学校段階にわたるエピソードであった。
擬似内発的動機づけの型(他者喚起型・自己喚起型)と学校段階(小学校・中学校・高校)によるχ2検定を行ったところ,有意な偏りが認められた(χ2(2)=11.604,p<.01)。残差分析の結果,小学校段階においては他者喚起型が有意に多く,自己喚起型が有意に少ないこと,そして高校段階においては他者喚起型が有意に少なく,自己喚起型が有意に多いことが明らかになった(Table)。
他者喚起型の内容として,小学校段階ではシールやポイント,検定制度,ゲームや競争などのエピソードが多く見られた。中学校段階では英語の事例が半数余を占め,初学者への動機づけとしてゲーム性のある工夫が目立ったほか,留学体験談など,授業内容に関係する教師の「雑談」を挙げる回答も複数見られた。高校段階では,語呂合わせ等の学習方法の例示やマンガの活用など,ゲーム性以外の面での教師の工夫が多かった。
自己喚起型の内容として,小学校段階ではシールを活用した事例,中学校段階ではノート整理や語呂合わせ,自分でルールを定めて自己強化を行う方略,高校段階ではそうした自己強化ルールの精緻化に加えて,付箋の使用や空白を埋めることでの視覚的な達成感,学習内容のキャラクター化,他者との共同など,より自律的に行動していた。
以上のように,全般的傾向として,自己喚起型が発達につれて増加していくこと,それでも他者喚起型が減少するわけではないことが見出されたと言える。ただし,他者喚起型の中には,擬似的というよりも真正の内発的動機づけに近いケースもあり,エピソードに時間的な幅を持たせて縦断的に紆余曲折の記述を求めるなど,調査方法を改善した上でさらなる検討を行いたい。
本研究はJSPS科研費25380865の助成を受けた。
伊田(2015)は,学習内容との関連が薄い(あるいは無関係な)表層的なおもしろさによって生じる動機づけ像に着目し,これを「擬似内発的動機づけ」(quasi-intrinsic motivation)として概念化を試み,その表層的なおもしろさを他者が与える場合を「他者喚起型擬似内発的動機づけ」(以下,他者喚起型),学習者自身が作り出す場合を「自己喚起型擬似内発的動機づけ」(以下,自己喚起型)と呼ぶことにした。波多野・稲垣(1971)や速水(1998)において言及されていた擬似(疑似)的な内発的動機づけは,例えば受験勉強が楽しい(と思い込む)といったエピソードが挙げられ,否定的に論じられている側面が強かったが,擬似内発的動機づけが自己動機づけ方略(伊藤・神藤,2003)を含みつつ,自律的動機づけの形成に寄与している可能性もあるように思われる。
そこで本研究では,大学生を対象に小学校・中学校・高校時代に経験した擬似内発的動機づけのエピソードを回顧法により収集し,学校段階別に整理した上で,他者喚起型と自己喚起型の観点から発達的変容の傾向を描き出したい。
方 法
(1)調査時期:2014年7月。(2)対象:国立4年制大学の教育学部において,教職に関する科目を受講していた学生76名(主に3年生)。(3)内容:他者喚起型(他者が用意した楽しさ)と自己喚起型(方略使用による楽しさ)それぞれの「擬似内発的動機づけ」に関するエピソードを自由に記述するよう求めた。その際,記入例を提示し,時期(学年等)および教科等を可能な範囲で記すこと,そして,他者喚起型および自己喚起型のいずれについても複数のエピソードを記入して構わないことを示した。なお,回答内容は授業の成績評価に一切関係ないことを明示した。
結果と考察
記述されたエピソードの総数は125で,他者喚起型が86,自己喚起型が39であった。それぞれのエピソードについて,記述された時期をもとに,小学校・中学校・高校・その他の4つの学校段階に区分した。その結果,他者喚起型は,小学校段階が24,中学校段階が22,高校段階が22,その他が18であったのに対して,自己喚起型は,小学校段階が1,中学校段階が5,高校段階が15,その他が18であった。その他に分類されたのは,学校段階が明示されていないエピソードや複数の学校段階にわたるエピソードであった。
擬似内発的動機づけの型(他者喚起型・自己喚起型)と学校段階(小学校・中学校・高校)によるχ2検定を行ったところ,有意な偏りが認められた(χ2(2)=11.604,p<.01)。残差分析の結果,小学校段階においては他者喚起型が有意に多く,自己喚起型が有意に少ないこと,そして高校段階においては他者喚起型が有意に少なく,自己喚起型が有意に多いことが明らかになった(Table)。
他者喚起型の内容として,小学校段階ではシールやポイント,検定制度,ゲームや競争などのエピソードが多く見られた。中学校段階では英語の事例が半数余を占め,初学者への動機づけとしてゲーム性のある工夫が目立ったほか,留学体験談など,授業内容に関係する教師の「雑談」を挙げる回答も複数見られた。高校段階では,語呂合わせ等の学習方法の例示やマンガの活用など,ゲーム性以外の面での教師の工夫が多かった。
自己喚起型の内容として,小学校段階ではシールを活用した事例,中学校段階ではノート整理や語呂合わせ,自分でルールを定めて自己強化を行う方略,高校段階ではそうした自己強化ルールの精緻化に加えて,付箋の使用や空白を埋めることでの視覚的な達成感,学習内容のキャラクター化,他者との共同など,より自律的に行動していた。
以上のように,全般的傾向として,自己喚起型が発達につれて増加していくこと,それでも他者喚起型が減少するわけではないことが見出されたと言える。ただし,他者喚起型の中には,擬似的というよりも真正の内発的動機づけに近いケースもあり,エピソードに時間的な幅を持たせて縦断的に紆余曲折の記述を求めるなど,調査方法を改善した上でさらなる検討を行いたい。
本研究はJSPS科研費25380865の助成を受けた。