[PG015] 小学校と連携した美術館の鑑賞プログラムの長期的な効果
キーワード:美術, 鑑賞, 美術館
問題と目的
近年,全国の多くの美術館が,教育普及活動の一環として小・中学校と連携したプログラムを実施している。多くの場合,児童/生徒は美術館に1,2時間程度滞在し,その間に教育普及担当の学芸員や美術館のボランティアスタッフによるファシリテーションのもと,展覧会場の作品を鑑賞していく。美術館側には,将来美術館を訪れる来館者を獲得するというメリットがあり,学校側にとっても,教室では難しいホンモノの美術作品を通じた,貴重な学びの機会となっている。
ところで,このような美術館を訪れての学びは,どの程度児童/生徒の中で維持されるのだろうか。また,古くより子どもの美術への興味や学習意欲は中学に入って急激に低下することが指摘されてきたが(金子, 2003),果たして先のようなプログラムは,それに歯止めをかけ,美術への興味を持続する契機としてどの程度機能するのだろうか。
本論文では,千葉市美術館にて実践された鑑賞教育のプログラムが,実施から1,2年後の時点でどの程度児童に影響しているのかを,追跡調査から検証する。
方法
調査は,千葉大学や千葉市美術館などが連携した組織,千葉アートネットワーク・プロジェクト(WiCAN)が行う鑑賞プログラムの中で実施された。WiCANのプログラムは,美術館を訪れての作品鑑賞の他,その準備と発展を目的とした,教室での事前・事後授業により構成される,極めて贅沢なプログラムとなっている。また美術館での鑑賞及び事後授業は,大学生がファシリテーターとなって,グループでの「対話」を積極的に取り入れながら学びのサポートを行っている。
WiCANは,2012年に開催された「須田悦弘展」の中で,千葉市内の公立小学校に通う5~6年生を対象とした鑑賞プログラムを企画・実践した(WiCAN, 2013)。その2年後の2014年11月,参加者が中学1~2年生になった時点での質問紙調査の回答が,本研究の中心的なデータとなる。この中学校には,2012年のプログラムの対象になった小学校の他,別の小学校1校に通っていた児童が進学する。したがって,2つの出身校の生徒の回答を比較することで,鑑賞プログラムに参加した長期的な効果が検証できると考えられた。また,2012年のプログラムの直前・直後に実施した質問紙調査の回答も,分析に加えた。
なお中学2年生は,2012年のプログラムを1度経験したのみであるが,1年生は2013年にも「ジョルジュ・ルオー展」を利用したWiCANによる別のプログラムにも参加しており,計2つの鑑賞プログラムを経験している。そこで,2つの学年を一緒に分析するのではなく,それぞれの学年を別々に検討した。
調査は中学校の美術の担当教員により,授業内に実施された。2014年の調査に参加したのは,中学2年生49名(うち,2012年のプログラムに参加したのは25名),中学1年生53名(同15名)であった。質問紙は,表現や鑑賞,美術という教科への好意度等を尋ねる5件法の項目の他,美術館来訪回数を尋ねる項目や,美術館のイメージについて尋ねる自由記述の項目によって構成された。
結果と考察
中学2年生の回答について,出身校間でt検定による比較を行った結果,「美術は好きか」「鑑賞は好きか」「美術館来訪回数」「美術へのイメージ」など,あらゆる指標において,両群の間に差異はなかった。同時に,6年生の時点では美術鑑賞への好意度の平均は4.3(SD=0.77)であったのが,中学2年生時には3.0(SD=1.02)になっているなど,その得点は著しく低下している。すなわち,鑑賞プログラムに参加していようといまいと,中学生になって美術離れが顕著に進んだと言える。
他方,中学1年生について同様に分析した結果,鑑賞に対する好意度について差が見られ,プログラムに参加した生徒の方が得点が高い傾向が認められた(4.0 vs. 3.5, t (51)=1.86, p<.10)。その他,「アートや美術の鑑賞を,どのように楽しめばよいのか分からない」など,美術へのイメージを尋ねたいくつかの項目でも有意差が見られ,プログラムに参加した生徒の方が,全般的にポジティヴなイメージを形成していた。
以上のように,得られた結果は1,2年生で大きく異なる。2013年のルオー展のプログラムがよかったのか,1度ではなく2度プログラムに参加させることが重要なのか,単に中学2年生という年代の難しさなのか,今回のデータのみからは同定できないが,それでも「長期的に全く意味がない」というわけではないことは確認できたと言える。
近年,全国の多くの美術館が,教育普及活動の一環として小・中学校と連携したプログラムを実施している。多くの場合,児童/生徒は美術館に1,2時間程度滞在し,その間に教育普及担当の学芸員や美術館のボランティアスタッフによるファシリテーションのもと,展覧会場の作品を鑑賞していく。美術館側には,将来美術館を訪れる来館者を獲得するというメリットがあり,学校側にとっても,教室では難しいホンモノの美術作品を通じた,貴重な学びの機会となっている。
ところで,このような美術館を訪れての学びは,どの程度児童/生徒の中で維持されるのだろうか。また,古くより子どもの美術への興味や学習意欲は中学に入って急激に低下することが指摘されてきたが(金子, 2003),果たして先のようなプログラムは,それに歯止めをかけ,美術への興味を持続する契機としてどの程度機能するのだろうか。
本論文では,千葉市美術館にて実践された鑑賞教育のプログラムが,実施から1,2年後の時点でどの程度児童に影響しているのかを,追跡調査から検証する。
方法
調査は,千葉大学や千葉市美術館などが連携した組織,千葉アートネットワーク・プロジェクト(WiCAN)が行う鑑賞プログラムの中で実施された。WiCANのプログラムは,美術館を訪れての作品鑑賞の他,その準備と発展を目的とした,教室での事前・事後授業により構成される,極めて贅沢なプログラムとなっている。また美術館での鑑賞及び事後授業は,大学生がファシリテーターとなって,グループでの「対話」を積極的に取り入れながら学びのサポートを行っている。
WiCANは,2012年に開催された「須田悦弘展」の中で,千葉市内の公立小学校に通う5~6年生を対象とした鑑賞プログラムを企画・実践した(WiCAN, 2013)。その2年後の2014年11月,参加者が中学1~2年生になった時点での質問紙調査の回答が,本研究の中心的なデータとなる。この中学校には,2012年のプログラムの対象になった小学校の他,別の小学校1校に通っていた児童が進学する。したがって,2つの出身校の生徒の回答を比較することで,鑑賞プログラムに参加した長期的な効果が検証できると考えられた。また,2012年のプログラムの直前・直後に実施した質問紙調査の回答も,分析に加えた。
なお中学2年生は,2012年のプログラムを1度経験したのみであるが,1年生は2013年にも「ジョルジュ・ルオー展」を利用したWiCANによる別のプログラムにも参加しており,計2つの鑑賞プログラムを経験している。そこで,2つの学年を一緒に分析するのではなく,それぞれの学年を別々に検討した。
調査は中学校の美術の担当教員により,授業内に実施された。2014年の調査に参加したのは,中学2年生49名(うち,2012年のプログラムに参加したのは25名),中学1年生53名(同15名)であった。質問紙は,表現や鑑賞,美術という教科への好意度等を尋ねる5件法の項目の他,美術館来訪回数を尋ねる項目や,美術館のイメージについて尋ねる自由記述の項目によって構成された。
結果と考察
中学2年生の回答について,出身校間でt検定による比較を行った結果,「美術は好きか」「鑑賞は好きか」「美術館来訪回数」「美術へのイメージ」など,あらゆる指標において,両群の間に差異はなかった。同時に,6年生の時点では美術鑑賞への好意度の平均は4.3(SD=0.77)であったのが,中学2年生時には3.0(SD=1.02)になっているなど,その得点は著しく低下している。すなわち,鑑賞プログラムに参加していようといまいと,中学生になって美術離れが顕著に進んだと言える。
他方,中学1年生について同様に分析した結果,鑑賞に対する好意度について差が見られ,プログラムに参加した生徒の方が得点が高い傾向が認められた(4.0 vs. 3.5, t (51)=1.86, p<.10)。その他,「アートや美術の鑑賞を,どのように楽しめばよいのか分からない」など,美術へのイメージを尋ねたいくつかの項目でも有意差が見られ,プログラムに参加した生徒の方が,全般的にポジティヴなイメージを形成していた。
以上のように,得られた結果は1,2年生で大きく異なる。2013年のルオー展のプログラムがよかったのか,1度ではなく2度プログラムに参加させることが重要なのか,単に中学2年生という年代の難しさなのか,今回のデータのみからは同定できないが,それでも「長期的に全く意味がない」というわけではないことは確認できたと言える。