[PG034] 学術論文の読みを通したリサーチリテラシー育成の試み
Keywords:批判的思考, リサーチリテラシー, 大学教育
問題と目的
大学教育では,2~3年生になるとゼミや演習が始まり,研究に触れ始める。それゆえ,この時期に,研究を遂行するために必要な基礎的能力である「リサーチリテラシー」(谷岡(2007)を参考に概念を拡張)を教える機会が必要と考えられる。
そこで,筆者らはリサーチリテラシーを育成するテキストを執筆し(山田・林,2011),これまで授業実践とその効果の測定も行ってきた。具体的には,「短期集中」のゼミ形式の授業でリサーチリテラシーを指導することで,大学生の批判的思考の態度が向上することを示した(林・山田,2012)。
本研究では,通常の半期の授業(演習)で,学術論文を素材に批判的思考(クリティカルシンキング/クリシン)のスキルを明示的に教えることで,現実的な課題に対処できる力が向上するかに焦点を当てる。具体的には,欠陥を設けた架空の論文を用意し,その欠陥を見つけるトレーニングをさせる(沖林,2004)ことで,批判的思考態度の向上や,現実的な課題についてクリティカルな指摘ができるようになるかを検討した。
方 法
受講者 教授群として神戸大学発達科学部「心理発達論演習B」の受講生25人(主として3年生),および非教授群として同大学の別の授業の受講生33人(2~4年生)を分析対象とした。
課題 「現実的課題」は,楠見・子安・道田・林・平山・田中(2010)などを参考に作成した。具体的には,「飲料メーカー社員が,自社商品の購買意欲を高めるために実証研究を行った」という状況を設定した。その研究には,要因の交絡など4つの欠陥を設け,それらをクリティカルに指摘できるかどうかを調べる課題とした。「批判的思考態度尺度」は,平山・楠見(2004)を用いた。
手続き 教授群/非教授群の双方に対して,授業の初期(1回目)と末期(2回目)に,現実的課題と批判的思考態度尺度を実施した。各群とも2回の測定での間隔はほぼ同じになるようにした。
教授群では,1回目から2回目の間に,心理学に関する(1)ケーススタディでのクリシン,(2)学術論文でのクリシン,という順序で指導した。
まず(1)では,大野木・中澤(2002)のテキストより,欠陥のある研究例について,「教授からのコメント」(解答と解説)は隠して問題を配布し,学生に欠陥を考えてもらい,議論した後,教員がクリシンのポイントを解説した。
次に(2)では,心理学の日本語論文と英語論文を講読する中で,論文の研究の問題点や改善点を考えてもらい,議論した。その後,教員がクリシンのポイントを解説した(例:独立変数・従属変数の設定は妥当か/条件や正誤の基準の設定は妥当か)。
結果と考察
現実的課題では,4つの欠陥について,それぞれクリティカルに指摘できていた場合に1点,不十分な指摘の場合に0.5点を与えるとともに,合計点も算出した。1回目から2回目への変化量に対して対応のないt検定を行った結果,現実的課題では,4つの欠陥の合計点で群間に10%水準の差があり,教授群で得点が上昇する傾向が見られた。批判的思考態度尺度でも,客観性と尺度全体の合計点で群間に10%水準の差があり,教授群で尺度得点が上昇する傾向が見られた。
以上より,半期にわたる比較的長いスパンの授業(演習)でも,リサーチリテラシーを指導する一定の効果が見られた。とくに,学術論文の欠陥を見つけるトレーニングをさせる(沖林,2004)有効性が追認され,現実的な問題をクリティカルに考える能力が部分的に高まる傾向も示唆された。
謝 辞
本課題はベネッセ教育総合研究所アセスメント研究開発室との共同研究を参考にしたものです。アセスメント研究開発室のみなさまに感謝申し上げます。
大学教育では,2~3年生になるとゼミや演習が始まり,研究に触れ始める。それゆえ,この時期に,研究を遂行するために必要な基礎的能力である「リサーチリテラシー」(谷岡(2007)を参考に概念を拡張)を教える機会が必要と考えられる。
そこで,筆者らはリサーチリテラシーを育成するテキストを執筆し(山田・林,2011),これまで授業実践とその効果の測定も行ってきた。具体的には,「短期集中」のゼミ形式の授業でリサーチリテラシーを指導することで,大学生の批判的思考の態度が向上することを示した(林・山田,2012)。
本研究では,通常の半期の授業(演習)で,学術論文を素材に批判的思考(クリティカルシンキング/クリシン)のスキルを明示的に教えることで,現実的な課題に対処できる力が向上するかに焦点を当てる。具体的には,欠陥を設けた架空の論文を用意し,その欠陥を見つけるトレーニングをさせる(沖林,2004)ことで,批判的思考態度の向上や,現実的な課題についてクリティカルな指摘ができるようになるかを検討した。
方 法
受講者 教授群として神戸大学発達科学部「心理発達論演習B」の受講生25人(主として3年生),および非教授群として同大学の別の授業の受講生33人(2~4年生)を分析対象とした。
課題 「現実的課題」は,楠見・子安・道田・林・平山・田中(2010)などを参考に作成した。具体的には,「飲料メーカー社員が,自社商品の購買意欲を高めるために実証研究を行った」という状況を設定した。その研究には,要因の交絡など4つの欠陥を設け,それらをクリティカルに指摘できるかどうかを調べる課題とした。「批判的思考態度尺度」は,平山・楠見(2004)を用いた。
手続き 教授群/非教授群の双方に対して,授業の初期(1回目)と末期(2回目)に,現実的課題と批判的思考態度尺度を実施した。各群とも2回の測定での間隔はほぼ同じになるようにした。
教授群では,1回目から2回目の間に,心理学に関する(1)ケーススタディでのクリシン,(2)学術論文でのクリシン,という順序で指導した。
まず(1)では,大野木・中澤(2002)のテキストより,欠陥のある研究例について,「教授からのコメント」(解答と解説)は隠して問題を配布し,学生に欠陥を考えてもらい,議論した後,教員がクリシンのポイントを解説した。
次に(2)では,心理学の日本語論文と英語論文を講読する中で,論文の研究の問題点や改善点を考えてもらい,議論した。その後,教員がクリシンのポイントを解説した(例:独立変数・従属変数の設定は妥当か/条件や正誤の基準の設定は妥当か)。
結果と考察
現実的課題では,4つの欠陥について,それぞれクリティカルに指摘できていた場合に1点,不十分な指摘の場合に0.5点を与えるとともに,合計点も算出した。1回目から2回目への変化量に対して対応のないt検定を行った結果,現実的課題では,4つの欠陥の合計点で群間に10%水準の差があり,教授群で得点が上昇する傾向が見られた。批判的思考態度尺度でも,客観性と尺度全体の合計点で群間に10%水準の差があり,教授群で尺度得点が上昇する傾向が見られた。
以上より,半期にわたる比較的長いスパンの授業(演習)でも,リサーチリテラシーを指導する一定の効果が見られた。とくに,学術論文の欠陥を見つけるトレーニングをさせる(沖林,2004)有効性が追認され,現実的な問題をクリティカルに考える能力が部分的に高まる傾向も示唆された。
謝 辞
本課題はベネッセ教育総合研究所アセスメント研究開発室との共同研究を参考にしたものです。アセスメント研究開発室のみなさまに感謝申し上げます。