[PG070] AD/HD児の実行機能が家庭における社会的スキルの遂行に及ぼす影響
Keywords:AD/HD, 実行機能, 社会的スキル
【問題と目的】
児童期のAD/HD児は,学校場面のみならず,家庭場面においても,年齢相応の社会的スキルを有していないことから,問題行動の頻度が増加してしまうとされている(上林,2008)。このような家庭における社会的スキルは,母親の攻撃的で拒否的な養育態度,また,学校における友人からの社会的受容と,それぞれ深い関係があることが指摘されており(戸ケ崎・坂野,1997),AD/HD児において,家庭における社会的スキルを遂行することは重要であると考えられる。
これまでこのようなAD/HD児に対して,社会的スキルの獲得を目的とした社会的スキル訓練(以下,SST)が行なわれてきており,一定の効果が確認されてきた(上林,2008)。しかしながらAD/HD児は,SSTによって知識の獲得がなされても,実際に社会的スキルを遂行することは困難であることが指摘されている(Daly et al.,2007)。
Barkley(2000)は,このような社会的スキルの遂行を阻害する原因として,実行機能の問題があることを指摘している。しかしながら,そのような実行機能と家庭における社会的スキルの遂行との関連は検討されていない。そこで本研究では,AD/HD傾向を呈する児童に対して,実行機能を測定し,実行機能が家庭における社会的スキルにどのような影響を及ぼしているかを検討することを目的とした。
【方 法】
実験参加者:民間グループの発達障害児親の会に所属し,医療機関によってAD/HDの診断を受けている児童(小学校4~6年,男子20名;平均年齢10.20±0.93)およびその保護者を対象とした。
測度:(a)子どものAD/HD症状:ADHD-Rating Scale-Ⅳ日本語版(市川他,2008),(b)社会的スキル:家庭における社会的スキル尺度(戸ケ崎・坂野,1997),(c)報酬の遅延ができる程度:Iowa Gambling Task(Bechara et al.,1994),(d)選択的,転換的注意機能:Trail Making Test(TMT;高岡,2009),(e)ワーキングメモリ:数唱(Lezak et al.,1995),(f)行動抑制:Continuous Performance Test for Windows Kiddie Version(K-CPT;Conners et al.,2004)。
手続き:保護者に対して(a)への回答を求めた後,児童に対して(b)への回答を求め,(c)~(f)を測定した。なお,本研究は,早稲田大学人を対象とする研究に関する倫理審査委員会の承認を得て行なわれた。
【結果と考察】
まず,AD/HD症状の程度と,家庭における社会的スキルの各下位尺度との相関係数を算出した。その結果,いずれの下位尺度においても,相関の程度は小さく,AD/HD症状と社会的スキルの関連性はみられなかった。
そこで,各実行機能と社会的スキルの各下位尺度との相関係数を算出した結果(Table),TMT得点と,関係維持行動との間に有意な中程度の相関がみられた(r = .45,p < .05)。すなわち,選択的注意機能が低下すると,関係維持行動がとれなくなることが示された。また順唱,逆唱得点と,主張行動との間に有意な中程度の相関がみられた(それぞれr = .45,p < .05;r = .70,p < .01)。このことから,ワーキングメモリが低下すると,主張行動が遂行されにくくなる傾向にあることが明らかとなった。しかしながら,他の実行機能と社会的スキルとの関連は見られなかった。
本研究の結果から,AD/HD症状の程度よりも,実行機能のうち,選択的注意機能の低さが関係維持行動に,ワーキングメモリの少なさが主張行動にそれぞれ影響を与えていることが示された。これは,AD/HD児がその場における必要な情報に注意を向けることが難しいため,置かれた状況下において,適切な家族との関わり方を考えて行動することが困難であった可能性が考えられる。また家族に対して主張行動を遂行する際に行なわれる,話しかけるタイミングを考えながら,話しかける言葉を選択するなどの高次な処理が,主張行動へ影響したと考えられる。なお,本研究は基礎的知見にとどまっていることから,今後は,実行機能トレーニングをはじめとする実行機能への介入が,家庭における社会的スキルの遂行に及ぼす影響を検討するなどの実践的研究が必要であると考えられる。
謝 辞
本研究のデータ収集にご協力いただいた加瀬瑠未奈さんに厚く御礼申し上げます。
児童期のAD/HD児は,学校場面のみならず,家庭場面においても,年齢相応の社会的スキルを有していないことから,問題行動の頻度が増加してしまうとされている(上林,2008)。このような家庭における社会的スキルは,母親の攻撃的で拒否的な養育態度,また,学校における友人からの社会的受容と,それぞれ深い関係があることが指摘されており(戸ケ崎・坂野,1997),AD/HD児において,家庭における社会的スキルを遂行することは重要であると考えられる。
これまでこのようなAD/HD児に対して,社会的スキルの獲得を目的とした社会的スキル訓練(以下,SST)が行なわれてきており,一定の効果が確認されてきた(上林,2008)。しかしながらAD/HD児は,SSTによって知識の獲得がなされても,実際に社会的スキルを遂行することは困難であることが指摘されている(Daly et al.,2007)。
Barkley(2000)は,このような社会的スキルの遂行を阻害する原因として,実行機能の問題があることを指摘している。しかしながら,そのような実行機能と家庭における社会的スキルの遂行との関連は検討されていない。そこで本研究では,AD/HD傾向を呈する児童に対して,実行機能を測定し,実行機能が家庭における社会的スキルにどのような影響を及ぼしているかを検討することを目的とした。
【方 法】
実験参加者:民間グループの発達障害児親の会に所属し,医療機関によってAD/HDの診断を受けている児童(小学校4~6年,男子20名;平均年齢10.20±0.93)およびその保護者を対象とした。
測度:(a)子どものAD/HD症状:ADHD-Rating Scale-Ⅳ日本語版(市川他,2008),(b)社会的スキル:家庭における社会的スキル尺度(戸ケ崎・坂野,1997),(c)報酬の遅延ができる程度:Iowa Gambling Task(Bechara et al.,1994),(d)選択的,転換的注意機能:Trail Making Test(TMT;高岡,2009),(e)ワーキングメモリ:数唱(Lezak et al.,1995),(f)行動抑制:Continuous Performance Test for Windows Kiddie Version(K-CPT;Conners et al.,2004)。
手続き:保護者に対して(a)への回答を求めた後,児童に対して(b)への回答を求め,(c)~(f)を測定した。なお,本研究は,早稲田大学人を対象とする研究に関する倫理審査委員会の承認を得て行なわれた。
【結果と考察】
まず,AD/HD症状の程度と,家庭における社会的スキルの各下位尺度との相関係数を算出した。その結果,いずれの下位尺度においても,相関の程度は小さく,AD/HD症状と社会的スキルの関連性はみられなかった。
そこで,各実行機能と社会的スキルの各下位尺度との相関係数を算出した結果(Table),TMT得点と,関係維持行動との間に有意な中程度の相関がみられた(r = .45,p < .05)。すなわち,選択的注意機能が低下すると,関係維持行動がとれなくなることが示された。また順唱,逆唱得点と,主張行動との間に有意な中程度の相関がみられた(それぞれr = .45,p < .05;r = .70,p < .01)。このことから,ワーキングメモリが低下すると,主張行動が遂行されにくくなる傾向にあることが明らかとなった。しかしながら,他の実行機能と社会的スキルとの関連は見られなかった。
本研究の結果から,AD/HD症状の程度よりも,実行機能のうち,選択的注意機能の低さが関係維持行動に,ワーキングメモリの少なさが主張行動にそれぞれ影響を与えていることが示された。これは,AD/HD児がその場における必要な情報に注意を向けることが難しいため,置かれた状況下において,適切な家族との関わり方を考えて行動することが困難であった可能性が考えられる。また家族に対して主張行動を遂行する際に行なわれる,話しかけるタイミングを考えながら,話しかける言葉を選択するなどの高次な処理が,主張行動へ影響したと考えられる。なお,本研究は基礎的知見にとどまっていることから,今後は,実行機能トレーニングをはじめとする実行機能への介入が,家庭における社会的スキルの遂行に及ぼす影響を検討するなどの実践的研究が必要であると考えられる。
謝 辞
本研究のデータ収集にご協力いただいた加瀬瑠未奈さんに厚く御礼申し上げます。