日本教育心理学会第57回総会

講演情報

ポスター発表

ポスター発表 PH

2015年8月28日(金) 13:30 〜 15:30 メインホールA (2階)

[PH001] 教師の学習の契機としての校種間連携(3)

新任教師の語りにみる自己・文化・制度の輻輳

藤江康彦1, 石島照代2, 柿原賢二#3, 楠見友輔#4, 遠山裕一郎#5, 安江紗那子#6 (1.東京大学大学院, 2.東京大学大学院, 3.東京大学大学院, 4.東京大学大学院, 5.東京大学大学院, 6.東京大学大学院)

キーワード:小中一貫教育, 教師の学習, 新任教師

【問 題】
小中一貫の取り組みが,異なる教師文化,学校文化の結節点において双方の実践,子どもの学習や発達,学校や教育のあり方を語る言語や子どもの学習への発達的視点の獲得を可能にする教師の学習の機会となることが示唆されている(藤江, 2013,2014)。しかしそのような学習の契機となるための学校の文化的制度的背景については検討されていない。そこで,小中一貫校に在職する新任教師の実践についての語りの分析を通して,特定の校種への在職経験がない状態で小中一貫教育が文化的制度的にどのような場として経験されているのか,その特質を検討する。
【方 法】
対象:関東地方にて小中一貫教育に取り組んで5年目となる公立の施設一体型小中一貫校。9学年が同一校舎で生活している。小中の教師は職員室を共有し,校務分掌や職員会議など学校運営には常に合同で取り組む。調査:教師への質問紙調査(自由記述:「小中一貫教育の長所と短所」,「新たな発見」,「戸惑いや違和感」など)。小学校教諭14,中学校教諭10,養護教諭2,管理職2の計28名が対象。教師への半構造化面接(内容は質問紙調査と同様)。小学校教諭5,中学校教諭4,養護教諭2,管理職2の計13名が対象。本発表では教職歴5年以内の教諭(小中各2名)が対象。分析:質問紙の記述と面接の発話の質的分析。発話は内容に着目し[個人(個人としての自分)],[教師(教師としての自分)],[学園(対象校)],[一貫(小中一貫校)]に分類し検討した。なお,教師の名前表記はすべて仮名である。結果の公表にあたっては学校長と本人の了承を得た。
【結果と考察】
質問紙調査から明らかになるのは以下の点である。小中の教諭はともに,教師間の交流を通して実践や子どもの課題が共有できること,小学生が見通しをもって学校生活を送り中学生が下学年の世話をすることで自己効力感を高めることの可能性を利点と感じ,互いの学校の特徴や子どもの実態,小中間の教育活動の連続性について新たに学んでいる。他方で,小学校教諭は小中合同の行事などへの戸惑いや6年生の最高学年としての自覚の薄さへの危惧を,中学校教諭は小中間の子どもの発達的違いや7年生の緊張感の低さへの危惧,組織的な多忙感などを感じながら過ごしている。一般的な小中一貫校の状況が示された。
新任教師4名(小:淡野教諭⑸,篠塚教諭⑶,中:吉村教諭⑶,長瀬教諭⑵,()内は教職経験年数)に対する面接調査から明らかになるのは以下の点である。全体的には[個人]や[教師]といった自分自身についての発話よりも[学園]や[一貫]についての発話が中心であった。また,[一貫]の発話は多くの場合,対象校の事例のかたちをとって示された。対象の新任教師のうち3名は対象校が初任校である。彼らにとっては一貫校である対象校が学校のモデルとなっているためであろう。[個人]は,自身の学生時代の活動(長瀬教諭)や理想の教育(篠塚教諭)に加え,教職年数の比較的長い淡野教諭には,かつて自身が指導し進級させた子どもの発達や当時からの自身の変容を軸とした発話がみられた。[教師]では,自身の専門性を活かした部活動の開設や子どもの特性に合わせた授業の構想(長瀬教諭),現在担任している学級の子どもたちとの関係(吉村教諭)など,より具体的な子どもの姿が想起されている。[学園]は,中学校の2名においては学校の多忙さを述べるに止まっているが,小学校の2名は,小中間の文化的差異(淡野教諭),教師間の交流を通した学習の効用(篠塚教諭)など,在籍する小中一貫校での実践にもとづく発話が示された。さらに[一貫]では,教科指導における小中間の連携(長瀬教諭),9年間の幅を念頭においた子どもの発達とカリキュラムの関連(吉村教諭),小中一貫教育の対象化(篠塚教諭),小中相互の文化の対象化,子どもにとっての小中一貫教育の意味(淡野教諭)など自分が籍を置く学校種についてではなく,小中一貫校を対象化し,学校の特性を前提とした発話がみられた。
新任教師の発話には,[個人]や[教師]にみられた教師としての人間的,専門的変容への省察や言及と,[学園]や[一貫]にみられた対象校の文化や小中一貫教育という制度に規定されつつ,一貫校の教師として自らの実践を構想し遂行していこうとする意思が輻輳している。また,淡野教諭に示されるように経験を経ることで自己の変容への言及が小中一貫教育の文化的制度的文脈に位置づけて語られるようになることも示唆的である。藤江(2007)は,校種に固有の文化に基づく談話が,話し合いの進展につれて,複数の共同体に同時に属するという多重成員性(multimembership)を帯びることを指摘したが,本研究の対象教師は当初より小中一貫校の教師としての成員性を獲得している可能性もある。教師たちが小中一貫校の教師としてのアイデンティティや成員性をどのように獲得していくのかを探究することが今後の課題である。

本研究は,科学研究費補助金(基盤研究(A))「ガバナンス改革と教育の質保証に関する理論的実証的研究」(代表:大桃敏行)(研究課題番号:26245075)の助成を受けた。