日本教育心理学会第57回総会

講演情報

ポスター発表

ポスター発表 PH

2015年8月28日(金) 13:30 〜 15:30 メインホールA (2階)

[PH013] 「精神的充足・社会的適応力」評価尺度の学級経営への活用(5)

同一年度内の繰り返し測定による検討

綿井雅康1, 加藤陽子2 (1.十文字学園女子大学, 2.十文字学園女子大学)

キーワード:精神的充足, 学級経営, 生徒指導

猪熊ら(2012)は「精神的充足・社会的適応力」評価尺度(綿井・菅野,2002)の回答結果から作成した学級ごとの二次元布置図を学級経営に活用すること目的として,中学1年から2年へ学年変化と布置図に基づく担任教諭による生徒理解を検討した。その結果,2年になると「精神的充足」「社会的適応力」ともに低下する傾向が強いこと,精神的充足の下降に対して,担任教諭は具体的な特徴や行動傾向を的確に把握していることを明らかにした。この先行研究では2年次の年度終盤に実施した尺度回答の結果から,1年間を振り返って生徒理解を求める形式であり,二次元布置図の様子を学級経営の取り組みに活用する機会が十分にあったとは考えにくい。積極的な活用には,学年途中に尺度回答を実施して,二次元布置図などの結果を担任教諭にフィードバックする必要があると考える。
そこで本研究は,年度途中に実施した尺度回答結果を担任教諭にフィードバックすることで,二次元布置図などの結果を生徒理解や学級経営にどのように活用したのか,さらに学級全体および個別の生徒がどのように変化したのかについて検討することを目的とする。
方法
[対象] 首都圏にある中学校の1年6学級・計188名の生徒を対象とした。7月初旬と12月中旬の2回,いずれもHRの時間を利用して学級ごとに回答させた。
[手続き] 回答の処理は次の通りである。生徒ごとに尺度への回答から特性得点を算出して段階点に変換した。さらに,段階点に基づいて,学級単位で二次元布置図(「精神的充足」の合計段階点を縦軸,「社会的適応力」を縦軸)を作成した。
回答結果について,研究者2名の合議により,学級ごとに予備的な分析を実施した。予備的分析は,学級ごとの二次元布置図,生徒ごとの9特性の段階得点・6つの臨床尺度項目への回答・全項目への回答状況一覧,担任教諭から得た個別生徒に関する情報を同時並行的に活用しながら行った。予備的分析により,二次元布置図からみた学級全体の特徴,布置図内の位置や個々の回答資料からみた個別の生徒の特徴を特定した。
その後,1年の担任団(学級担任と副担任など計10名)との協議会を開催した。7月の回答については10月に,12月の回答は2月に実施した。協議会では,研究者が予備的分析の結果を報告した後に,学級担任からの学級全体の様子や個々の生徒について報告し,学級・生徒の実態と回答の特徴との結びつきなどを相互に検討した。
結果と考察
7月の回答から作成した二次元布置図では,6学級ともに,大半の生徒が「精神的充足」「社会適応力」の両側面ともに合計得点範囲の中央よりも高い第一象限にプロットされていたものの,一部の生徒は両側面またはいずれか一方の合計得点が中央より低く位置にプロットされ,学校または家庭生活に課題がある可能性が示唆された。そこで10月の協議会では,まず,学級全体の様子について,予備的分析の報告と担任からの実態(1学期末までの出来事や人間関係など)報告を行い,学級の特徴や課題を共有した。前述の生徒について,担任が把握している具体的な状況と予備分析の結果とを照合しつつ指導や支援について検討した。さらに,学年全体として,生徒が「認められる体験」を実感できる働きかけや取り組みの重要性を確認した。
12月の回答結果に対する予備的分析では,二次元布置図をもとに,7月の結果からの変化を確認した。その結果,①2側面ともに上昇した生徒と下降した生徒が同程度の人数で存在する学級,②2側面または一方が下降する生徒よりも2側面ともに上昇する生徒の方が多い学級,③一方の側面が下降する生徒が多く,上昇した生徒が少数であった学級,④半数以上の生徒が2側面ともに下降した学級に分類され,学級によって生徒たちの心の状態の変化に違いがあることを示された。
この結果を踏まえた2月の協議会では,担任教諭から,10月の協議会を踏まえた学級経営および生徒への対応の取り組み,2学期の学級全体と個別生徒の様子について報告がなされた。どの教諭も,担任する学級内の両側面ともに得点の低い生徒に対して,7月の回答結果と10月の協議会を踏まえた個別的な働きかけを行っていた。そして,得点が上昇した場合もしなかった場合ともに,その理由などに関する言及がなされた。次に,前述の②・④の学級の担任は,多くの生徒が変化した理由を学級全体の様子や出来事に基づいた説明を行った。変化の背景には,教師と学級の生徒全体がもたらす力動性が大きく関与していることが示された。
以上から,年度途中に尺度回答を実施し,担任教諭にフィードバックすることが,学級の理解・経営と個別生徒の対応に活用しうることが示されたと考える。